昭和21(1946)年1月末に川崎車両(現川崎重工業)の兵庫工場で竣工し、新鶴見機関区に配属になり、国府津、名古屋、大阪を経由して、昭和35(1960)年10月から函館本線の五稜郭機関区に移籍となり、最後まで函館⇔室蘭間を貨車だけでなく、旅客列車も牽引して走り続け、動力近代化としての無煙化(ディーゼル機関車化)により運用休止となり、約半年後の昭和48(1973)年5月に廃車となりました。
昭和50(1975)年11月から鹿沼公園で公開されました。