1972年(昭和47年)より製造が開始された京成電鉄の通勤形電車で、輸送力増強と750形などの「青電」の置き換え用として登場しました。京成の通勤車では初の冷房車でしたが、浅草線内ではトンネルや駅の空調設備が不完全であるなどの排熱上の問題から冷房装置の使用も規制されていました。そして1987年(昭和62年)の協定改正による冷房装置の使用規制撤廃まで押上駅で扇風機のみ稼動に切り替えて入線していました。