先日、実家からある新聞記事が送られてきました。
今年4月の京都の教職員異動の記事です。
高校を出てからと言うもの、恩師になかなかお会いすることもなく、20年以上経ちましたが・・・
やはり、恩師の動向が気になり、親にお願いして保管してもらってたのです。
もうお辞めになってる先生も多数いらっしゃるだろうなぁ・・・と思いながら記事を読みました。
高校・・・母校は昨年少子化に伴い、近接校に統合され廃校になりました(校名も変わりました。しかしながら、母校の名前は新設校にも残されました)。今回、直接お世話になった先生の異動・退職はなかったみたいです。
中学校・・・社会科を教えていただいた先生が教育委員会に異動。あとは名前を知ってる先生が数名動いた程度でした。
小学校・・・この欄でショックを受けました。
6年生のとき、隣のクラスの担任が校長に昇格。しかし、直接担任としてお世話にならなかったものの、中学・高校生になっても地域の活動で大変お世話になった先生が校長を最後に退職。。。
これだけでもショックは大きかったのに、更に追い討ちをかけるように、3年生・1学期のみ担任(その後産休に入られたと記憶しています)だった先生と4年生のときの担任の先生が退職されました
。。。
特に4年生の時の担任の先生は、当時新任。初めての担任が僕のいたクラスでした。担任だったのは4年生のときだけでしたが、以来卒業まで僕の学年を担任されてました。
かっこよくて、音楽が大好きで、後に僕も音楽部でもお世話になり、今はやめましたが吹奏楽を始めるきっかけを作ってくださった方です。
男の先生でしたが、憧れでもありました。
確か定年はまだ先だったはず。卒業時の担任の先生に聞いたところ、「なぜ辞めたのかは長年お会いしてないからわからないけど、私より若かったわよ。まだ50代前半じゃなかったかなあ・・・」との返事が。
淋しい気持ちになりました。。。
「社会に出て、それなりの年齢になったら、恩師と一献傾けられたら・・・」就職が決まったときに描いてた夢です。
卒業以来、同窓会やクラス会の話もない状況の中、紙面を読んでそんな思いが再び込みあがってきました。
「定年になられた先生もいらっしゃるし、僕も40代。そろそろ夢をかなえてもええやろ。。。」








と思いましたが、廉ちゃんが

