二年ちょっとだったみたいで驚き。

我が家の猫達の命日を忘れずに済むブログなので残っててよかった。

この二年ほどで変わったことといえば、性自認とかいうやつが固まってきたことだろうか。



私は無性愛者である。

他者と他者が恋愛していることに関しては好きにすれば良いと思うが、対私になると話は別だ。


気持ちが悪い。


正直言うと、恋愛相談及びそれを隠れ蓑としたノロケも、気持ちが悪くて辛い。

そういうのが好きな人にしてくれ。

現実での恋愛が見えるのが気持ち悪くて、特に自分に降りかかるとより顕著。

その辺でも起こり得そうな恋愛ドラマもうっかり観た日にはリモコンが砕けるかと思う勢いで電源をおとした。


自覚してから避けるようにしていたから、たまに遭遇すると不快。驚いた。


一番困るのは、圧倒的大多数と思われる感覚が欠如しているらしいこと。
結婚式に招待される事が怖いのである。

なぜ怖いかと言うと、他参列者がほぼ毎回必ず言う「良いお式だったね」「花嫁さん綺麗だった」が全くわからないからである。

披露宴といえば着飾った主役の二人がいて、大抵馴れ初めの話と写真たちが編集された映像を見ることになるだろう。

私の感覚はここで止まる。

「着飾った主役の二人組がいるなぁ」「あぁ、ただ恋愛を彷彿とされる動画を半強制的に見せられているなぁ、苦痛だ…」である。ツライ。

ただ、そんな事本人達どころか周囲にも言えるわけなどなく、ただただ表面を取り繕って「綺麗だねー」には『そうだねぇ』と返し、「いいよねー、結婚式ー!私もしたーい!」には笑って頷く。

本心では『着飾ってますね』と『私自身はお断りだな…』しかないのが本当にツライ。

ただ間違って欲しくないのは、「本人達の幸せを願って祝福する気持ちはある」ということ。


私には『性愛』がないだけであって、親愛や友愛などの情はある。


恋をしないし、性的接触もしない。
友人が大好きだったり、大好きな友人の子どもを大変可愛がったり、動物達を愛してみたり、そういうのはある。

完全にフィクションの、二次元の恋愛ものであれば読んで楽しむことが出来る。
少なくとも私は絶対に巻き込まれないから。架空の登場人物と、架空の街で繰り広げられたお話だから。

架空の人物たちにとって本物の恋愛でも、現実世界に飛び出してきて、突然『対私』にはならないから、楽しめる。

心が元気なときはまぁ、ドラマも観られるのだけど、好んで観はしない。


今後も上手に付き合って、他者になるべく迷惑をかけないように生きていこうと思う。

とりあえず、親より先には死なない。

趣味を楽しむ。




最近カメラを新調して、近所の猫とかストロベリームーンとか、花火とか撮って楽しんでる。

夕焼け空の上手な撮り方、設定があったら教えて欲しいと思うくらい。


最近はインスタで遊んでます。

もしよかったら見てみてください。
インスタは美味しかったものも含めて雑多に上げてます。




私にとっての大事な友人が、見切りをつけて先に逝ってしまって10年。

彼女の誕生日が近付くと毎年思い出す。


10年前、ふと『そろそろ誕生日だなぁ、高校卒業して会えてないしひさしぶりにあいにいこうかなぁ』そう思った翌日、高校時代の先輩からの着信が携帯電話に。



珍しいな、みんなで集まろうとかいうのかな。


そう思いつつ受けとった電話が訃報でした。


正直実感もなくて、ただ機械のように受け答えをした。


『落ち着いてきいてね?○○亡くなったって。』

「え?そうなんですか??あー、そっか、そうなんですか…」

『で、お通夜と告別式、どうする?行く?』

「行きます行きます。どっちも、行きます。」



そして帰宅すると自宅にも中学時代の部活仲間とクラスメイト、高校時代の元担任からも連絡があったらしく、不安そうな母の顔に迎えられました。

物心付いた頃から母の不安そうな顔からきっと求められてるだろう反応や表情を造るのは得意になってて、思わず何でもないフリ。
『確かに残念だけど、どうしようもないことだから、大丈夫。ちゃんとお別れしてくるよ。』って。



飛び降り…なんて最期を選んだらしく、告別式で花を棺に入れさせてもらうとき、顔は写真の引き延ばしたもので覆われて見せてもらえなかった。

最期に顔も見せてもらえないとは。

そのせいなのかはわからないけど、今でもメールを送れば返信が来そうな気がしてる。


会いたい。






会いたい人がいるなら、生きているなら、時間やお金に少し無理しても、会いに行くべきだと思う。


彼女だけじゃなくて、他に『○○さん元気してるかな、最近どうかな』って急に思った人の訃報が入ってくるから、最近この人は元気かなぁ?って考えることがとても怖い。

だから思ったときはなるべく誰かにそれを声に出してきいてみてる。

夢みたいなもので、話せば正夢にならずに済む。って信じて。


私が『元気かな?』って思ってしまったからナニカあったんじゃないか。

『元気かな?』って思ってしまったらナニカあるんじゃないか。

それを声に出せば私が『元気かな?』って思わなかったことになるはず、って自分の中でルール決めた感じ。




中3で転入してきた彼女とは、トータル4年間しか一緒には過ごさなかった。
それでも私にとって一番大事だった。



とはいえ、彼女にとっての一番は転入してくる前の友人だったし、つきあいの長さから言えば当たり前。むしろなぜたった4年でこんなに大事になったのか?って感覚だった。



彼女が13年前の私の誕生日にくれたマグカップ、壊さないように仕舞おうとも思ったけれど、忘れたくなくて、結局会社で使うカップとして毎日触ってる。


写真嫌いの私が唯一彼女と写った高校時代の部活メンバーの集合写真。
写真なんて飾らない主義の私だけど、それだけは写真立てに入れて飾ってる。

彼女の声、覚えてると思うけど、再現できないから自信はない。

声から忘れていくってこういうことかなぁ。


寂しいもんだ。



ホント、会えなくなる前に、みんなちゃんと会いに行きなよ?