自分の人生に自信をつけるためのブログ

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自分に自信にない人へ。少しでも小さな成功で元気が出ればと思っています。まずは何かを始めることから始めましょう!

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本田宗一郎 
第2弾です!参考になる言葉があるといいですね!


年寄りが経営者であり続けるなら、せめて若い人の悪口を言わないという保障をしてほしい。もうひとつの注文は、時代の変化を勉強すること。やってみると、それが年寄りにとっていかに難しいかが良くわかる。徳川時代のように変化がほとんどない時代には、知恵なり経験則を持っている老人が長老として威張っていられた。現代は、あんまり世の中が進みすぎるものだから、わからないことだらけ。

ジョークを言えない人とは付き合えない。仕事だってなめらかにできない。そういうことを案外忘れているのじゃないか。借り着で表現している人は偉い人、自分の個性で表現すると下品だということになる。だから私なんかは、いつでも下品の烙印を押されてしまう。漫才みたいなことを言って、締めるところはきちっと締めるから、みんな安心して平等感を味わってくれる。

身のまわりにいくらでも転がっている幸福から、自分のものを選び出し、それを最高のものに高めることだね。時間だけは神様が平等に与えて下さった。これをいかに有効に使うかはその人の才覚であって、うまく利用した人がこの世の中の成功者なんだ。

人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。拝む心がなければ人は動かない。つねに素直に。

技能というものは、その人一人の性格にこだわるから不安定である。アイデアで解決したものは安定している

人生は『得手に帆あげて』生きるのが最上だと信じている。
【覚書き|得手に帆を上げて=風の流れ時流に沿って生きろ。順風の時はチャンスを逃さず最大限に活用しろという意味合い】

人生は『見たり』『聞いたり』『試したり』の3つの知恵でまとまっているが、多くの人は『見たり』『聞いたり』ばかりで一番重要な『試したり』をほとんどしない。ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。

耐える心に、新たな力が湧くものだ。全てそれからである。心機一転、やり直せばよいのである。長い人生の中で、そのための一年や二年の遅れは、モノの数ではない。

勇気というのは強いからとか、勇ましいから勇気があるというのではない。たとえ、自分にとってどんなに不利な結果になろうとも、自分が真実であり、妥当であると考えたことを認め、それに賛成することこそが勇気である。

発明考案にしても、人より一分でも一秒でも早ければ、特許になる。すべてスピードじゃないですか。だから、スピードを否定したら、発明的創意工夫もないし、そこにウィットもないはずです。

成功者は、例え不運な事態に見舞われても、この試練を乗り越えたら必ず成功すると考えている。そして、最後まで諦めなかった人間が成功しているのである

人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。

人間、生をうけた以上どうせ死ぬのだから、やりたいことをやってざっくばらんに生き、しかるのち、諸々の欲に執着せずに枯れ、そして死んでいくべき、という考え方だ

自分はこれが好きだと思い、自分はこれを職業としたいというものを発見させるのが、教育の主眼のひとつであろう。

私は、他人の真似をするのが大嫌いである。私は真似が嫌いだから、うちはうちの作り方でやろうということで苦労をしたわけである。しかし、かれらに追いつくまでに時間をかけて努力したことが、追いついてからのちの技術力の差になった。

私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。99%は失敗の連続であった。そして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である。私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続であった。

創意工夫、独立独歩、これをつらぬくにはたゆまぬ努力がいるし、同時に、ひとりよがりに陥らぬための、しっかりした哲学が必要となる。行動にはつねに動機があり、目的がある。動機が正義であり、目的が善であって、その行動だけが悪だということは、人間にはありえない。

我々は、最初から苦しむ方向をとったから、あとは楽になった。真似をして楽をしたものは、その後に苦しむことになる。研究者として大事なところはそこだろうと、私は今でも考えている。一度、真似をすると、永久に真似をしてゆくのである。

私は自分と同じ性格の人間とは組まないという信念を持っていた。

私は怒っても、その人間を憎むことはしない。偽りのない気持ちを相手にぶつけることが大切。

百のうち九十九は失敗する。われわれは勝負師ではない。負けても何が原因で負けたのかを追求することに意義がある。私はたえず喜びを求めながら生きている。そのための苦労には精一杯に耐える努力を惜しまない。

人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。

飛行機は飛び立つときより着地が難しい。人生も同じだよ。

人間に必要なのは困ることだ。絶体絶命に追い込まれたときに出る力が本当の力です。伸びる時には必ず抵抗がある。必死のときに発揮される力というものは人間の可能性を予想外に拡大するものである。

人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか。そして、そういう人間を育てようとする精神なのではないだろうか。

人間が進歩するためには、まず第一歩を踏み出すことである。躊躇して立ち止まっては駄目である。なぜなら、そこにどんな障害があろうと、足を踏み込んで始めて知れるからだ。失敗はその一歩の踏み込みだと思う。前進の足踏みだと思う。

天才とか聖人とかいう人を除けば、人間はみな似たりよったりの能力と、感情の持ち主である。これを悟らなければならないと思う。つまり、我も人なら、彼も人なのである。

こちらが望んでいること、こうやりたいと欲していることをスムーズに受け入れてもらうためには、まず先方の心を知らねばならない。こちらが悪ければ、悪い人間が寄ってくる。こちらが信用することによって、信用される人間が生まれる。自分の喜びを追及する行為が、他人の幸福への奉仕につながるものでありたい。

悲しみも、喜びも、感動、落胆も、つねに素直に味わうことが大事だ。

学問なり技術があるということは立派なことにはちがいないが、それを人間のために有効に使って始めて、すぐれた人間だということができるのだと思う。何よりも大切なのは人を愛する心ではないだろうか。

新しい発想を得ようと思うならまず誰かに話を聞け。仕事上の親切というのは、相手を納得させることに尽きるのではないだろうか。

チャレンジしての失敗を恐れるな。何もしないことを恐れろ。失敗が人間を成長させると私考えている。失敗のない人なんて本当に気の毒に思う。困れ。困らなきゃ何もできない。自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験である。

ホンダだけがターボ禁止なのか?違うのか、馬鹿な奴等だ。ホンダだけに規制をするのなら賢いが、すべて同じ条件でならホンダが一番速く、一番いいエンジンを作るのにな。で、なんだ話ってのは?

これからの未来は、女性が車を乗る時代が来るだろうし、女性にアピールする車を作らないといけない。世の中に女性がいなかったら、俺は毛生え薬を試す事はないだろうし、服はドンゴロスに穴を開けたもので十分だが、女性がいるからこそ、クルマも女性に注目されないといけない。

新しいことをやれば、必ず、しくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる。来年も最高のエンジンを作ってやる。

多くの人は皆、成功を夢見、望んでいますが、私は『成功は、99パーセントの失敗に与えられた1パーセントだ』と思っています。開拓者精神によって自ら新しい世界に挑み、失敗、反省、勇気という3つの道具を繰り返して使うことによってのみ、最後の成功という結果に達することができると私は信じています。