2025年10月23日

武雄温泉秋まつり 武雄の流鏑馬

 

武雄市は

温泉で知られる 佐賀県にある市

温泉街はJR佐世保線を挟さんで 反対側

 

流鏑馬は

武雄神社の秋の例祭の一部なのか(?)

御神幸の後に行われます

 

詳しいスケジュールはわからず

〇流鏑馬行列(上り馬・下り馬)

〇流鏑馬行事

 12:00 神事・堂廻り(武雄神社)

 12:40 お下り

 13:20 お上り/馬場とう(神社下馬場)

 14:00 奉射

これが一番詳しそうです

 

起源は源平の終わり

1186年(文治2年)だったり1183年(寿永3年)だったり

謂れは 源頼朝が武雄神社に戦勝祈願し(本人ではない)結果戦勝した礼を送ったところ 武雄領主が迎えに流鏑馬を奉納 や

後鳥羽天皇が勅使を参向・源頼朝の名代が代参(平家追討祈願の御教書)それを迎えた武雄領主の歓迎で流鏑馬が 始まった

など 少し形が違いますが

源平合戦末期に始まったようです

 

12:50ころ

武雄神社境内で

「堂廻り」 拝殿前で3回まわります

 

その後 行列

御神幸?なのかいまだにわかりません

お神輿を従えて 境内を出発

一の鳥居あたりまでついて行きました

そのあとは 流鏑馬の場所に行ったのでわかりません

 

流鏑馬は 一ノ鳥居からニノ鳥居までの参道の横で行われます

一の射手の「馬場透」

射手ぶちで「宮」 の文字を書きながら疾走します

祓い・清める とのこと

「射手ぶち」は 他の流鏑馬で「射手筆(いてぶち)」とあり 同じかもしれません

 

「揚扇の儀」

一の射手が扇を投げ上げ 流鏑馬の開始(らしい)

 

「清め射ち」

3回射ます

的中すると 射手ぶち(?)投げます

 

射手奉仕:一の射手へ 弓をもっていきます

射手奉仕が役職名なのかこの儀式なのか不明

 

奉射 一の射手

弓を受け取った 一の射手

最初の流鏑馬です

 

奉射の後

射手奉仕:ニの射手 三の射手へ それぞれ弓を運びます

 

競射

3人の射手で3巡します

 

3巡目が終わると

流鏑馬の会場はサッーと終わります

 

流鏑馬奉納の外部委託をしていた時期もあったようですが

今は地元の方々がされてるようです

 

初めて流鏑馬の段取りがわかったような

流鏑馬でした

※見てる時はなにがなんだかわからず進んでます

 後日写真・ビデオを整理する中でわかりました

※「馬場透」などは 他の方のブログなどの参照です

 自治体・神社のページで詳細は見つけられませんでした

 

次は 理解しながら見れるかも