THE.Ds <妄想ワ~ルド>

THE.Ds <妄想ワ~ルド>

浪人生の現実逃避ブログです。
恋の妄想や泣ける話を書いていきます。
作り話なのでヘタクソかもしれませんが
お付き合いください。

自分の話で少しでも皆さんの気持ちを動かせたら
いいなと思っています。

よろしくお願いします!

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こちらに移転することにしました。

大学に進学したので時間に余裕がもて

これからは投稿することができるようになると思います。


よろしくお願いします!

酒好きな親父 


俺は親父とあまり仲がよくなかった。喧嘩したとか、お互いの性格が合わない、とかではなくて
ただ親父は無口な人でいつも怒ってるような表情をしていてたので、少し恐くて俺はあまり親父と会話をしなかった。

俺たちはそんな仲だったが、たまに親父と一緒に居酒屋に行っていた。
ちゃんと言うと「連れていかれていた」と言うほうが正しいのかもしれない。
その時俺は高校生だったが、よく友達の家で酒を飲んでいたこともあって酒の強さには少し自信があった。
だけど親父は「お前が外で酒を飲んでいいのは二十歳からや」と言って居酒屋では一切飲ましてくれなかった。
そんなこともあって、俺は居酒屋に行くのが嫌だったが親父に無理やり連れていかれていた。

居酒屋ではなぜか自然と親父と会話が出来る。親父は酒を飲みながら会話をするのが好きな人だったから親父のほうから
よく会話を持ち出してきた。「学校は楽しいか?」とか「進路はどうするんだ?」とか普通の話しなんだけど
あまり家で親父と話さない俺にとっては楽しかった。親父も家とは違うニコニコとした表情で俺と接してくれる。
それが嬉しかった。


親父は居酒屋に行くたび「俺はお前の妻となる人と2人で酒を飲みたいんや」と言っていた。
俺のお袋は酒が一切飲めない人だったから親父はいつも家では1人で飲んでいた。
「俺より女かよwww」と言うと「男同士で飲んでも楽しいねぇわ」と言ってガハハ~と笑う。

「お前の顔は俺と一緒で残念やから、結婚できるかどうか心配やわ・・・」
と言われると俺はいつもムカっとした。事実なだけあって・・・。だけどその台詞の最後に言う、「俺が生きているうちに頼むで」と言う時の親父の表情がとても寂しそうで、俺のムカっとした気持ちをスーっと冷まさせる。

そんな親父が俺が21歳の時に死んだ。心筋梗塞での突然死だった。
俺はその時大学生で19歳のころから家を離れて1人暮らしをしていた。
親父の連絡が入ってきたのはちょうど就活をしている時だった。

俺は1人暮らしをするようになってからは1度も両親に会っていなかった。
病院に駆けつけたとき、親父とお袋の姿を見て凄く驚いたことを覚えてる。
2人とも白髪が増え、お袋は腰が曲がってるし、親父は顔の皺が増えていた。
親父の死が突然過ぎてその時は悲しくもなかったし涙も出なかった。
親父のベットの横でただ呆然としていた。



親父の葬式が淡々と済まされていった。
親父の棺おけに花を添える時に親父の顔を見ても実感が沸かなかったし、涙も出なかった。
そして葬式が終わり、俺はお袋と一緒に家で親父の遺品を整理していた。
俺は親父の部屋の押入れからワインを見つけた。するとお袋が

「覚えてるかい?そのワインはあんたが修学旅行で買ったやつやで。お父さんな、それをあんたと一緒に飲むのをずっと楽しみにしてたんやで」

思い出した。これは中学生の沖縄の修学旅行で親父のために買ったものだった。
俺はてっきりもう飲んだものだと思っていた。親父も「不味かったけど仕方なく飲んでやったぞ」
とか言ってたし。けど本当は俺と飲むために残して置いてくれていたんだ。

親父が死んでから初めて涙が出た。涙が止まらなかった。もういい大人だったけどお袋の膝で泣きまくった。

俺は結局、1度も親父と飲むことが出来なかった。俺が二十歳の誕生日の日、親父から初めて俺に電話をくれた。
「今日は家に帰ってこないか?」って。だけど俺はただめんどくさいと理由だけでその誘いを断った。
たぶんその時にあのワインを飲もうとしていたんだろうなぁ。親父、楽しみにしていただろうに。


俺は翌年の親父の命日の日に、親父の墓に行った。親父が取っておいてくれたワインを持って。俺は親父の墓の前でそのワインを開け、それを飲んだ。親父と初めて交わした酒。俺はゆっくりとそのワインを1人で飲んだ。今までの出来事、お袋のことを墓に向かって話しながらゆっくりとワインを飲んだ。何故か俺は親父と2人で居酒屋に来てる時のような感覚に陥った。目の前に親父が本当にいるような気がした。親父が「そうか、そうか」とニコニコとしながら聞いていてくれてるような気がした。あの時に戻れたような気がした。

ワインを飲み切ると現実に引き戻された感じがした。目の前には親父の墓がポツンとあった。
親父は満足してくれたかな・・・。俺と一緒に飲めて。

次は同じ大学で出来た彼女を連れて親父の墓に行ってきます。今度結婚する報告を持って。
ちゃんと親父の好きな酒も持っていくよ。3人で一緒に飲もうな?
親父は喜んでくれるだろうか・・・




ちょっとでも感動したらいいねとか感想くださいニコニコ





ではこのへんで。 ノシ




俺の母親は俺が2歳時に死んだ。
だからあまり母親の顔を覚えていない。

俺が小学生3年生になった時、父が再婚した。新しく来てくれた母(かーちゃん)は俺にとても優しくしてくれた。だから血は繋がっていなくても俺はかーちゃんが大好きだった。

俺が中学1年生の3学期の時、父が交通事故で死んだ。当時の俺は父が大手の会社に務めていたこともあって、裕福な暮らしをしていた。塾に通っていたり、色んなお稽古をさしてもらっていた。当時は塾に通っていたこともあって勉強はそこそこ出来るほうだった。だから父が死んだことによって今ままでの裕福な暮らしができなくなりドン底の生活になった。父が生きていた当時はマンションで暮らしていたのだが家賃が払えなくなって、かーちゃんと一緒にボロのアパートに住むことになった。

それからかーちゃんは毎日昼から夜までずっと働いていた。家に帰ってたらクタクタなのに

「勇介(俺の名前)お腹空いたろ?今からご飯作ってあげるからね!」

といつも上手い飯を作ってくれた。自分のことはいつも後回しだった。かーちゃんは父が死んでも俺に優しくしてくれた。

ある日俺はクラスのやつに

「お前の家汚いし、ほんま貧乏よなー」

と馬鹿にされた。「貧乏」って言われたことが物凄く腹が立って、本当ならそいつに怒りをぶつけばよかったのに俺はかーちゃんに怒りをぶつけてしまった。

「お前が全然働かないせいで俺は貧乏って言われたじゃ!」

かーちゃんは凄く悲しそうだった。言い過ぎたかな?と思うとかーちゃんは

「ごめんね。かーちゃんもっと頑張るから」 と言ってきた。

一週間後、かーちゃんは朝から夜まで働くようになった。



俺は勉強の成績が下がって勉強をするのが嫌になってしまって、俺は恥ずかしながらも不良になってしまった。 万引きや喧嘩は当たり前。万引きで何回も警察や学校の先生にかーちゃんと一緒に呼び出された。その度にかーちゃんは「すいません。しません。」と頭を下げていた。そして、彼らの説教が終わって家に帰ったらいつも

「ごめんね。かーちゃんのお給料が少ないから...。かーちゃんもっと頑張るから!」

・・・知ってたよかーちゃん。かーちゃんが俺のために必死で働いてくれていたことを。けれど俺は素直になれなかったんだ。

かーちゃんは頑張り過ぎてか、俺が中学3年生のなりたてのころに倒れた。過労だった。俺はその時今まで自分がしてきたことを後悔した。

「中学卒業したら働くから!」

と言ったら顔をビンタされた。初めてかーちゃんに叩かれたから凄く焦ったのを覚えている。

「働かなくていい!だから勉強をしなさい!お金のことは...かーちゃん もっと頑張るから」

俺は泣いた。かあちゃんのその言葉に。もうめっちゃ泣いた。そして心の底から感謝をした。

(ありがとう・・・。かーちゃん。」


俺が生まれ変わろうと思わせてくれた母の言葉だった。


俺はそれから猛勉強して偏差値の高い公立高校に合格することができた。かーちゃんも泣いて喜んでくれた。そして高校生になった俺はバイトを始めた。それから初給料でエプロン買ってあげたら、かーちゃんは泣き出した (笑)

「ありがとう。かーちゃんもっと頑張るからね!」

(いやいやwwwもうそんなに頑張らなくてもいいから!!)

かーちゃんは大学にも行かしてくれた。そして無事大学も卒業することができて就職もできた。これから親孝行して行こうと思った矢先、かーちゃんが病気で倒れた。癌だった。しかも末期で余命3ヶ月を宣告された。


医者曰く  「ずっと苦しかったはずだ。どうしてもっと早く来なかったんだ。」と。

かーちゃんは俺のために歩くことも辛いはずなのにずっと頑張ってくれていたんだ。医者の話を聞いた時、いい歳なのに先生と看護婦の前で大泣きしちゃったよ。

俺は仕事が終わった後毎日かーちゃんの見舞いに行った。抗がん剤で日に日に弱っていくかーちゃんを見るのが物凄く辛かった。


かーちゃんが入院して2ヶ月経ったと時、医者から連絡があった。




「お母様の容体が急変しました」

俺は仕事を抜け出して急いで病院に行った。かーちゃんは辛うじて生きている状態だった。そして俺が病院に来て5分後くらいにかーちゃんは死んだ。泣いた。もう自分が立っているのかわからないほど泣いた。少し落ち着いて医者と話した時、医者から「君を待っていたんだろう」と言われて、また泣いてしまった。

かーちゃんは死ぬ寸前に

「今までありがとう」

って言って死んでいった。
俺が一番かーちゃんに伝えたかった言葉。なのにかーちゃんが俺に言ってきた。俺はかーちゃんに何もしてあげてない。むしろ迷惑をかけただけ。なのに何でかーちゃんが俺にありがとうって言うんだよ。何であの時、俺はもっとかーちゃんに親孝行できなかったんだろうって今だに後悔している。

俺はかーちゃんが死んで何ヶ月も立ち直れなかった。けど、かーちゃんが死んで半年後、今の奥さんと出会って付き合うようになった。そしてその1年後に結婚。今は中学2年の男の子と小学6年の女の子がいる。子育ては大変だけど奥さんと協力して何とかやっていけている。

俺は子どもができて子育ての辛さがわかった。かーちゃんは一人で俺を育てるのに凄く苦労したんだね。今ならはっきりわかるよ。かーちゃんが俺のためにどれだけ頑張っていてくれていたかを。

俺はかーちゃんに育てられて本当に幸せだった。でも一つ気になることがあるんだ。

かーちゃんは幸せだったのかな~って。

かーちゃんはとーちゃんが死んでから再婚せずにずっと育てくれた。かーちゃんは若かったから再婚することもできたのに、かーちゃんは自分の女としての幸せを捨ててまで俺を育ててくれた。赤の他人である俺を。

親孝行したい。肩を揉んであげたい。旅行に連れて行ってあげたい。けどもうかーちゃんはいない。

だから今これを見ている皆さんは今のうちにしっかり親孝行してあげてください。そしてたまにでいいから、「ありがとう」っていってあげてください。俺みたいな親不孝者にならないでください。

~かーちゃんへ~

また会える日まで、僕はこっちでかーちゃんのように頑張ります。だから俺がそっちに行ったとき今度こそ親孝行するね。 かーちゃんと血は繋がっていないけどあなたは 世界一のそして最高の僕の母です。





いかがでしたか?