懐かしい、という言葉には色々あって、大人の階段を上る中で見た鮮烈な景色、というものに対する愛着?なのかな。

どの時代のどの年齢でも生きるのはつらかったけど、振り返ってみて、中学に入ったばかりのあの頃が、1番幸せだったような。
とりあえずだけど親友と呼べそうな友達はいて、とりあえずまぁ勉強はできなくなかったし。

中学に入ったばかりの頃は、高校生の先輩たちがものすごく大人に見えた。
中学生であることがちょっと気恥ずかしくなるくらい素敵で、それは自ずと憧れに変わっていって、同時に自分の幼さが不甲斐なく見えて。

下校中、バスを降りてから駅ビルの本屋さんで小説を手にした時のあの感覚、新しいCDやアルバムを発売日に買った時のあの感覚、友達とティーン向けのファッション雑誌を読んでモデルに憧れた時のあの感覚。
これまでとは違う世界に、手を伸ばせば触れられそうなところにとっても美しい人が立っていて。
背伸びしながら、憧れながら、いつか大人になったら、と心で思い描きながら。

後れ毛をそのままにバレッタで髪をまとめて、すっぴんメイクに赤いリップだけつけて。
洗い立てのデニムに、素足でバレエシューズを履いたパリジェンヌのように、力の抜けた、エフォートレスな出立ちがとても美しくて。
雑誌や写真を通して見る世界はどこも素敵なところばかりで、どこでもいいから行ってみたくて。
残像のように脳裏に刻まれている憧憬は、一瞬蘇って消える。
魔法みたいに。
大人になった今でも、その景色を時々振り返り、思い出し、反芻する。

小説世界に自分の居場所を探して、同じページを何度もなぞるように。
一度も行ったことのない外国の島に憧れるなんてバカらしいけど、それが思春期、ああいう感覚の中で自分の世界を生きられることは、やっぱり救いだった。

自分を生かしてくれた。

思春期を越えられなかった少女は大人になっても自分探し。
あの頃憧れた、あの美しい女性の背中を今も追いかける。

あれ、あの人はどこに行ったのかしら?と。

そうこうしているうちに時間は過ぎて、社会も自分も変わっていって。
それでも慰めなんだよな、行ったことのない外国の島を今でも追っている。

そこは憧れであるのと同時に逃げ場で、いつの日か、という「いつの日」は永遠にやって来ない、ともう知ってる。
それでもあの時のあの風景に、今も救われる、あぁ、あの時見たあの景色に帰ろう、と時々心が痛くなる。
振り返るとそこにはいつもあの人がいて、今もその人を追いかけてる。

そしてね、お礼を言いたいんだ。
あの頃の私を救ってくれたあの人に。
あの景色に。
夢を見ながら夢から醒めずに、歳を重ねても、あの頃のまま。

胸が苦しくなる。

世界は広いのに、自分だけが孤独。

遠くからあの景色を追いながら、追いつけそうな場所にすら辿り着けていないのに。

それでも十分、しあわせ。

まだ夢から醒めずに、夢の中でふわふわ。

雲に乗ってふわふわ、ここが最高。