始めて会社に勤めたのは、大学卒業後。


すぐは就職せず、数ヶ月してから初めて就職活動をしました。

そして1番最初に履歴書を送って面接を受けた会社に採用してもらい、正社員で総合事務として働き始めました。

九州熊本に本社があり、九州中心に全国展開をしている医療器具を扱う会社です。


初めての社会人。


働いてみて、意外に事務の仕事にやりがいを感じました。


会社の商品を覚える、受注発注、電話対応、営業マンとのやり取り、パート社員たちをリードすること、社内のムードへの影響、求められたら情報を出せる引き出しを頭に入れて置く、
失敗した時のリカバーの仕方、
他営業所とのやり取り、

会社の全てを把握し上手く回転させるのを支える大切なポジション。
として事務の事を認識して魅力を感じれて、向上心をもって働いてました。


そして、働いて初めて頂くまとまったお金。


貰えてるだけに見合う仕事を、自信持って貰える様に早くなるように…と考えていました。

思ってたよりも、仕事に対して真面目でしたね。



うちの父は自営業を営んでいて、それなりに羽振りの良い時期もありましたが、経営が振るわなくで受難な時期もありました。


お金のことを家計に母は常に心配を抱え、その事で父と口論が耐えなかったです。

理由はそれだけではないですが、私は両親がケンカや口論をしてる姿をみては本当に心痛めてました。

だからついつい話の間に入っては、母を怒らせてしまってましたね。



兄弟の中で私だけでしたね、二人のケンカに口を挟んで、衝突していたのは。


兄は寄りつかないし、妹弟はまだ幼いというか。。



そんな感じもあってか、お金の事は知らずと心配の種に感じていました。




大学卒業後、留学したいな沖縄から出てみたいなという思いはありましたが、行動に移せずに私が沖縄を離れるに離れられなかったのは何か心配だったからです。


そして、社会人になってお給料を貰って数ヶ月経って、そんな無駄にお金も使わないので自然と貯まってゆくわけです。

そして、貯まって、自分の為に旅行をしたり、何か買おうとする前に、
父からローン返済の為に緊急で貸してくれと頼まれました。

私も嫌とは言わないですし、しょうがないのでそうしてあげました。


何度かそのたびに頼まれました。



そして、理由合って(前に書いたことある)その会社は辞めて、花屋でバイトをしてました。

でも、もう少しまとまったお金が貰える所で働かないと困るかもなぁと考えて、今の所に面接を受けて社員塾講師として働き始めました。

子供が好きとか教えるのが好きだとかじゃなく、大学の時に父の塾でバイトをした経験もあり慣れててイメージしやすかった事で、生活の為にです。


そして働き始めてから、暫くして、家のローンの事でまとまったお金が必要になりました。

その時には貯金もないので、私は初めて銀行でローンを組んでお金を借りました。

そして、それでも、家計が回らなくて、また相談を受けました。

まだ別の銀行でローンで借りました。

そしてまだ続き、
その時は緊急で2.3日で必要と迫られて、私はすごく慌てて焦りました。
どうしたらいいのかパニックになって、付き合っていた彼に打ち明けました。

そして、彼は自分のお金を貸してくれました。
親が彼の為にと積み立てて貯めたお金でした。

私は昔から人からお金を借りたりなんかしないと決めていました。

それを破ってお金を所望したのです。

自分が成りたくないと思った事をしたんです。

恥じました。



彼には、本当に私は助けて貰いました。

たくさん愛情かけてもらいました。

自由にさせてくれ、色んな事何でも語り合い、人を許すこと、感謝する気持ち、楽しみ、感性、、様々なことを引き上げてくれたと思います。


お互いに魂の部分で絆があると分かっています。


別れた今でも、私の良さを認め応援してくれてるかけがえのない理解者です。


彼もまた今年は、別れ、愛犬の死、事件、宿の事、自分と向き合う歩みでした。

一から再スタートを歩み始めてます。

今までよりも風通しよく、彼に流れがちゃんと循環する事を願っています。彼には幸せが似合うからね。



そう…


話を戻すと、私は気が付いたらその事で常にお金の心配が頭の片隅にあり不自由さと理不尽さを抱えちゃってました。


そして、311をきっかけにして
自分と向き合う様になり、掘り下げていくとその壁に出会いました。


一昨年去年は、それを乗り越りこえる為に、エネルギーを注ぎ混んでました。


母や父に、何度か思いをぶつけました。

自分は自由に成りたいと、思うように生きてない、傷付いた、私に謝れ、と怒り訴えました。

母は申しわけないと言いましたが、父は困惑してましたが、謝りたくないと言いました。謝ることは出来ないといいました。


また私は長い手紙を書き渡しました。


母はしばらくは読むのを怖がって封を開けずにいたみたいですが、ちゃんと読んでくれました。


そして、私が望む様な返答はなかったけれども、何かは感じてくれているのが分かります。

それから、少しずつ何と無くだけど変わった気がします。



私も変化しました。


本当はずっとやりたかった好きな歌をもう一度習い始め、ハーレー歌大会に出たり、父も出たりして面白かったです。

この前はミニコンサートで歌を聴きに来て貰ったり。


今では、兄が家を助けてくれて、私の好きな事をするのにも頼んだら援助してくれるくらい稼ぎがあります。
妹は夢だった小学校の教師になれ、弟も社会人です。

銀行から借りたローンも今年妹の助力あって一つ返し終わりました。


多分これからも、波はあるし問題はあるんだけれど、だいぶ私の肩の力が抜けました。

地に足がついて動けるようになってきた。


もっともっと自由になれるはず。


。。。。

こうやって両親とのお金にまつわる話を書いたけれど、

私は高校生の頃から変わらずずっと、
尊敬する人は誰ですか?の質問には
お父さん、お母さん、
と素直な思いで書いています。

誰よりも、私にとっては当たり前に答えられることです。