主人の闘病していた時と同じ年齢になり、どんな気持ちで毎日を生きていたのだろうと考える時が増えた。丁度今の私の年齢の時、医師からイミフィンジが効いてなく早々に打ち切られ抗がん剤治療への移行を告げられた頃だ。うつむいて頭を垂れていすに座っていた主人を思い出す。私はただそんな主人を見つめるしかなすすべがなかった。何事も無かったかのようにコロナのワクチンを打ちに行ったり神宮前にオリンピックのブルーパレスの飛行を見にいったりしていた。私は現実を受け入れられなかった。最近意識的に楽しかった日々、幸せだった事、嬉しかった事を思い出してその時の感情に浸っている。子供達の受験の合格や就職が決まった時の喜び、ガラガラで一等の球が出た時の驚きと喜び。ビッグカメラで、10万の当たりが出た時のドキドキと喜び。その当時の思いをそのままもう一度感じてみて、幸せだったなー😃イヤこうして思い出している今現在、幸せな事なんだなぁ😃なんて思っている。主人も自分の人生を振り返る時があっただろうか?幸せだった日々を、楽しかった日々を、嬉しかった事を思い出してくれていただろうか?私達はあの日から病気について話し合う事はあまりなくなっていった。主人は充分に生きた。と思えただろうか?末期になった頃主人は目をよく擦っていた。目が気になるのかな?と思っていたが、あれはきっと泣いていたのだと今にしてみれば思う。私や子供達を置いていかなければいけない事、1人で逝かなければならない寂しさ。幸せな日々への感謝の思い。涙を見せまいと私を気遣う強さ。

  私は今日も主人の洋服を着て、娘がお腹の中にいるエコー写真を見ながら主人に 可愛いね と話している光景を思いだしている。沢山の喜びをありがとう。幸せをありがとう。ありがとうパパ👨