今朝NHKのEテレで[生まれてきた 生きていく 山崎理恵]を見た。お散歩の準備をしながらだったので途中途中しか見ていない。重症障害児のお子さんを1人で育てていらっしゃる。その言葉のひとつひとつがとても重たい。甘ちゃんの私なんかが感想を述べるのもおこがましい。お子さんが生まれた時の 罪悪感と絶望感  とおっしゃっていた。全部を見ていた訳ではないので、その罪悪感とは何なんだろう?と思った。人は思いがけない苦しみにあった時自分が悪かったのだ。自分がいけなかったのだ。と自分を責める。神が自分に罰を与えているのだとさえ思う。しかし食べるのにも困る程に困窮し周りの人達に助けられ生きる希望を得て同じような子供達の力になりたいと思うようになり活動を広げていく。そして今子供は宝だと、自分の先生だと言う。子供によって生きる喜びを感じている。あゝそうなんだな。本当に人って全ての人が尊く命は輝いているのだな。と思った。主人は癌になり68歳で亡くなってしまったけど、主人が病気になったのも主人の罪でも罰を受けた訳でもなく輝く主人の人生を生き切ったのだな。と思えた。私も結婚し、親になり、親の子に対する愛を親の気持ちを少なからず理解した。そして子が親に対する愛や思いも又理解できる。主人の全存在は私にあらゆる影響を与えてくれた。私は小さな世界しか見聞きしていない。私自身が重症障害児だったらどうだっただろうか?私がダイアナ妃だったら?私がミトちゃんだったら?どんな景色を見ていたのだろうか?どんなに困難な状況にあると思っていても必ずその道に光がさしてくる。その苦しさにさえ感謝したくなる時がくるやもしれない。


今日の夜ご飯は昨日予約した鰻と久しぶりの肝吸い。いつ食べても美味しい。ご馳走様でした。