映画館に行くのはせいぜい年間5回ぐらいですが、映画を見るのはリピートも含めて年間50〜60本ぐらいでしょうか
テレビ番組を見ない代わりに何か映画がついています
なかなか2時間連続で見れないのでとぎれとぎれですが
ここ最近、というよりは本当に面白かったとおもえる映画って本当に少なく、最近見た映画も長編ドラマみたいな感じばかり
これはわざわざ見に行かないなって思います
その中で最近見た映画の中で抜群に良かったのが「博士の愛した数式」です
交通事故で80分しか記憶が持たない数学の天才だった博士と、その家政婦、そしてその息子「√(ルート)」との間で繰り広げられる感動の話です
私自身が数学が好きだったということもあり、数字と自然界との関わり、自然を数字で表そうとした人類の歴史と偉大さを感じています
映画の中で生徒から「数字って人間が発明したものじゃないですか?」という疑問に対して、大人になって数学の先生をやっている√が
「数字は人間が生まれるずっと前からあった」
という話をします
これに関して私も昔から思っていた事がありました
「なぜ一日は24時間なのか」
この24という数字が不思議でした
一日を10時間とか20時間のように切りを良くすれば分かりやすいのに
しかし12、60といった数字が世界中で同じように発生して使われてきました
それはこの数字に自然の法則が隠されているからです
歴史上、天体観測と農業は密接な関係があることはすでに分かっています
太陽が上っている時間と沈んでる時間を分けることで2という数字を見つけました
そして、いつ種を撒くか、いつ収穫をするかを一年を4つに分けることで管理し、どこに撒くかを方角を決めるために8という数字を見つけました
こうやって2.4.8という数字を基本にして、12.24.60という4の倍数が生活の中に取り入れられました
太極拳が24式、48式、56式、108式など4の倍数でできているのもそのためと言われています
こうやって人間は数字を操るようになり、とうとう0を見つけ出しました
これにより数学が格段に発展したと言われています
その後、建築分野、宇宙、量子力学の分野を数字で表すようになり、π、eなどの永遠に続く数字を発見します
そしてその中で見つけ出したのがi(虚数)です
同じものを掛けるとマイナスになるという矛盾した概念を取り入れないとこの宇宙は数字で表せません
この映画の中の題名である「博士の愛した数式」もオイラーの定式
eiπ + 1 = 0
という不思議な数式に魅せられた博士と、家政婦、息子とのやり取りは人との関わり方、子どもとの関わり方を考えさせられます
eもπも自然の中に存在する数字です
iは人間が感知できる数字ではありません
しかし、このiが無いとこの数式が成り立たないというのは、この宇宙が目に見えるもの以外も存在しないと成り立たないということの証明じゃないかと思います
オイラーの数式の1が人間とするなら、iはその矛盾を調整するための人間を超越した存在であり、それがあってはじめて0になります
しかし、この場合の0はアラビア数字の0ではなく「無」というのが正しいのではないかと思いました
eiπ + 1 = 無
映画の中でもiを愛、0を無と表現します
愛はキリスト教でいう神の愛
仏教では慈愛、慈悲です
無は何もないということではなく、執着や我が0という事、つまり無我であり悟りです
この映画を見てその数式からどう感じるかは人それぞれですが、私にとっては人間と宇宙を繋ぐものの存在の証明のように感じました