ベトナムレポートー4 開発地区
旧サイゴン・ホーチミン市はオートバイ
自動車、自転車の洪水でこれ以上
町の発展は出来ないと思っていました。
しかし昨日新都心計画地区を
視察して一気に考え方がかわりました。
10キロ先に広大な湿地帯があり
その地区をすでに開発して
道路の幅も14車線の幅広い
通りで中央には電車が開通する
計画になっています。
新開地を動画でお見せします。
20年ちかく前の上海浦東地区を
視察したときの様子に似ていました。
上海地区で言えば浦東地区全部と
外高橋を加えた広さがあります。
数年後には再開発された新都心が
間違いなく出来上がります。
この開発は台湾の丁善理氏が
オーナーでPhu My Hung社で
政府と共同開発をしています。
これほどの開発は現地を見るのと
話を聞くのとではとても
大きなひらきがありました。
サイゴン株式証券取引所の
内部で現在は180社が取引の
対象になっております。
市内の証券会社には一般市民が
その日の売り買いに血眼になっています。
博打場とかわらない雰囲気ですが
まだ始まったばかりの市場で
これから日本人にもチャンスはあります。
今回の視察は日本の証券会社で
一部上場のオーナー会長が
わざわざ先生の案内でこの地区を
視察しその後
サイゴン株式証券取引所を
視察し、銀行、証券会社等を
見学していきました。
ところで南国の割には女性の
肌はスベスベしていて可愛い子が
多く現地で単身赴任するには
天国に近いところで間違いなく
新天地になる事はうたがいありません。
私がサラリーマンで転勤命令がでたら
直ぐに単身赴任しています。
ベトナムレポートー3 サンドイッチ
ホーチミン市路地裏の道に
台車に載せてフランスパンを
山積みにしていたワゴンで
移動サンドイッチ屋を見つけました。
薪を焚いて石、レンガの輻射熱で
焼いた遠赤外線熱で焼いたパンと
判断しました。(美味い!!)
砂ほこりの多い道端にいきなり
並べているのが
不衛生で少し気になりました。
中年のオヤジが薄汚い手で
フランスパンを錆びた包丁で
スライスして背割りにしました。
パンの中の柔らかいところを
汚い手でつぶしてそこにハンバークに
近い炒め物をハサミで切り崩し
大根の酢漬け、キュウリの縦切り
レバーペーストを塗って終わりです。
このオッサンが作る美味しい
サンドイッチの作り方は動画を
見て参考にしてください。
このオヤジはトイレ使用後は
手を洗っているか
少し心配しましたが・・・
レバーペーストを入れたアルミの
弁当箱は酸化して上ブタの
角が溶け出していました。
気にはなっていましたが
食べてみるととても美味く
東京の有名店にあるサンドイッチよりも
美味しくクセになります。
フランスパンの工場は
見学していませんがパンの皮が
パリパリで中がふわふわしています。
窯はレンガ作りの石窯で
遠赤外線効果が
間違いなくでていました。
昨日ディナーで食べた
フレンチレストランの電気窯の
パンより屋台で食べる石窯の
パンの方が断然美味しいです。
見た目には観光客は
寄り付きにくいですが
慣れてしまえば問題なく
腹もこわさず食べ終わって得したと
満足感がわいてきました。
皆様も通り一遍の物見遊山でなく
地元庶民が食べている美味しい
食べ物を探しながら地元密着で
楽しんでください。
ホテルとツアー客のレストランだけでは
海外旅行しなくても
日本で食べても代わりがありません。
ベトナムレポートー2 究極のグルメ「ホピロン」
2日目のベトナム・ホーチミン市で
夕方3時間近く自由時間が
出来ました。
道端で売っている
サンドイッチ、ホピロンが
目に付きました。
早速ホピロンを食べて
美味しかったので追加して又買って
近くの居酒屋(露天)に持込んで
道端の歩道でビールのつまみに
致しました。
ホピロンの食べ方のマナーをこの
動画を参考にして召し上がってください。
日本の玉子より数段以上美味いです。
数年ぶりに湯でたてのホピロンは
感激するほど美味しかったです。
海塩にチリソースを加え緑の
ハーブ葉を添えてたべました。
しかし同室のH氏は気持ちが悪いと
見ているだけで食べませんでした。
世界中で生卵を食べるのは
蛇と日本人だけなのにどうして
ゆで立ての高価なホピロンが
嫌いか理解できません。
ベトナムは食材が豊富で食事に
好き嫌いがない方は住みやすい
国と感じました。
夕食は近くで本来ならば
フォーマルでないと
入れない高級フレンチ料理に
なっていましたので、
私はあまり好きでないので
屋台料理で腹ごしらえをして
参加しましたが
フランス料理の豚肉も堅く
スープもイマイチでパンも不味く
ガッカリしました。ほとんど手を
つけませんでした。
道端で台車の上で売っている
フランスパンのサンドイッチの方が
とても美味く腹ごしらいをしてから
夕食にいってよかったと思います。
上記に書きましたがこの店は
入店すと時はフォーマルな服装が
基本と言われましたが
うまくもない料理に正装とは
いやですね。
ベトナムレポートー1 又お酒で失敗しました。
今回のベトナム香港考察団は
参加者が多く
にぎやかな視察になりました。
以前、北京で帰国便に持込もうとした
シングルモルトウイスキー
「白州」を税関で取り戻した
Blogを書きました。
私の友人鈴木食品のドレッシングが
とても美味しかったです。
機内食はキャセイパシリックALで
コスモケータリングが提供していました。
ビジネスクラスの前菜とパンです。
ガーリックトーストのフランスパンは
抜群の美味しさです。
今回は成田から香港経由の
ベトナム行きのトランジットでしたが
乗換えの手荷物検査で
又免税店で買った白州を没収され
悔しいのでその場で
ラッパ飲みすると食い下がりましたが
相手は役人なので
勝てませんでした。(涙、涙、涙)
今回はこんな事もあると思って
機内で飲んだ分が
得したと思ってあきらめました。
本来ならば持込の酒は
機内での飲酒は禁止されているので
飲んだ分が得したとあきらめました。
ブログにも書きましたが
同級生もアル中で2人も
亡くなりましたので
気にしていますが
禁酒は中々難しいです。
その内に私も横須賀の
国立アル中センター送りに
なる可能性もあります。
同級生が3人この病院で
お世話になり、その後死亡して
してしまったら
11/20朝7:30、ホテルの17階から
逆光で写したサイゴン河。
「玉子屋」のお弁当
昨日の船場吉兆の無責任
後継者(経営者)と違って
今回は身近な
話でブログを書きます。
セガレの仲の良い友人で
父親の事業を引き継いだ
菅原勇一郎氏がいます。
オヤジが創った会社を息子が
大きく伸ばして
日本一にしてしまいました。
大田区大森のベースキッチンで弁当を
毎日70000食作っています。
日本では一番多く作っている
弁当の数量です。
飛行機で言えばジャンボ機満席の
機内食400人前、180機分です。
この数字は国際線成田飛行場にある
機内食会社以上の生産量です。
今は年商70億以上の会社です。
当時富士銀行に勤めていた
サラリーマンから脱サラ(28歳)して
トンカツ屋さんから始めた仕事です。
昼食時間に店が混んで
食べられないお客様用に
トンカツ弁当を始めたのが
きっかけでした。ここからが
普通の商売人と違うところで
本業から弁当事業に切りかえて
現在に至っています。
玉子屋の経営哲学は1冊の本
(発売元文藝春秋)に
なっていますが
3年前に発売されました。
本の中に
「事業に失敗するこつ十二箇条」
第一条 旧来の方法が一番よいと
信じていること。
第二条 餅は餅屋だとうぬぼれていること。
第三条 ひまがないといって本を
読まぬこと。
第四条 どうにかなると考えていること。
第五条 稼ぐに追いつく貧乏なしと
むやみやたらと骨をおること。
第六条 よいものはだまっていても
売れると安心していること。
第七条 高い給料は出せないといって人を
安く使うこと。
第八条 支払いは延ばすほうが得だと
なるべく支払わぬ工夫をすること。
第九条 機械は高いといって
人を使うこと。
第十条 お客はわがまま過ぎると
考えること。
第十一条 商売人は人情は禁物だと
考えること。
第十二条 そんなことはできないと
改善せぬこと。
2代目の社長はまだ30歳後半ですが
立教大学野球部出身で
長嶋茂雄と同じサードを2年生から
レギラーで守っていたそうです。
会って直ぐに元体育会系硬派の
代表とハッキリ判ります。
勝組に入る企業は
社長の強い信念と
実行力で決まり、初心貫徹の心を
持ち続けることです。
表示偽装事件
私はB級グルメの専門家(?)
気どりで食べ歩いていましたが
まだ吉兆には入ったことが
ありません。
中小企業のパン屋には
こんな高級料亭に
誘われる機会は先ずありません。
まして食べ歩きが好きでも
身銭を切って
入る料理屋ではありません。
銀座にある吉兆は一見客は
相手にしないプライドの高い
高級料亭です。自前の金で
食べる店ではないし
会社の経費で利害関係のある
商社、官僚、建築会社、
上場会社を接待交際費として
多く利用していると思います。
今回吉兆グループの船場吉兆が
表示偽装事件で同族会社の役員が
責任をとらない陰湿な
体質がもろにでていました。
中小企業ならば本来、食材にこだわる
社長、専務(息子)が仕入材料を
知らないと言う事は本当のバカ殿です。
私はウソをついて従業員に
責任を押し付けていると感じました。
私も食品業界の一人ですが
ここまででたらめな事が
見過ごされたのは
自分達の仕事はエリート(高級店)で
全てが許されると思う変なプライドが
あったと感じました。
又お客も料理評論家を含めて
ブランド志向の成金好みが
味について知ったかぶりする傾向が
今回の偽装事件と
関係ないとは言えません。
役員になっている息子の
(人のことは言えませんが・・)
顔をテレビで見ていると視線が
視聴者に伝わらず温室育ちの
ボンボンそのものでした。
船場の親父、息子は取り巻きも
似たり寄ったりに思え
車、服装、持物、趣味、遊びには
金をかけても仕事には苦労知らずに
育ったとみえたからです。
私も他山の石と心得て経営には
気を抜かず元気の間は現役で
頑張りたいと思っています。
高校時代のクラス会
ベトナム香港考察団に
参加する2日前の土曜日
昭和33年度卒業の高校時代の
恒例のクラス会が(珍友会)
ヨコハマ中華街、市場通りの
四五六菜館で行われました。
四五六菜館のオヤジは
雇われコックのころ
マージャン仲間の店主が
負けが込んで最後に
店を勝負に賭けてきたのを
マージャンで勝ち取ったと聞いています。
同級生と先生の顔も映っていますが
ブログの意味も知らないしPC操作も
できないので堂々と載せました。
ハゲている男性は元生徒で
右にるふさふさした髪の毛がある
人が83歳の先生です。
その縁起をかついでマージャンで
上がった四五六の萬字を店の名前に
したそうです。現在は中華街に
数店舗あり繁盛しています。
高校在学中、担任二人の
恩師(73歳、83歳)をお招きして
昔話に花が咲きましたが55人の
クラスですでに7名死亡しています。
今回の参加者は先生を
加えて21名でした。
昨年はアル中になったK君が
亡くなり驚きました。
同級生で3名が40歳代のころ
下記の病院に御世話になり
2名の友人がなくなりました。
その2名は病院に入院中、
偶然にも同室になりビックリしたそうです。
今は2人とも天国で毎日酒を
飲み交わしていることっでしょう。
http://www.kurihama-alcoholism-center.jp/D-1-2.html
神奈川県横須賀市野比5-3-
独立行政法人国立病院機構
久里浜アルコール症センター
私も最近は上記の病院に
お世話にならないように
酒の量を少し減らしています。
それにしても高校時代は
落ちこぼれ組の生徒が多い
クラスで先生も適当に気を抜いて
教えてもらった思い出がたくさんあります。
明日はベトナムに行ってきます
「お詫び」昨日銘源を損切りしたと
書きましたが買い増しの誤りです。
東瑞を損切りして
銘源医療を1.14ドルで買ました。
明日からベトナム香港考察団に
参加します。最近は旅支度には
あまり時間が掛らなくなり
就寝前の僅か数分で
終わってしまいます。
しかしこのごろ特に
物忘れがひどく
勘違い、間違いが多くなりました。
添乗員の佐藤さんには時々
迷惑をお掛けしていますので
持物は全てヒモ付きにして
首からさげています。
昨年、家内に撮ってもらった写真です。
この歳になると人前で恥ずかしいと
思った事はありません。
ベトナムに行ったら久しぶりに
食品市場で酒の肴にホピロンが
食べられますので楽しみにしています。
ネット回線の状態がよければ
写真、動画をリアルタイムに近い
状態でお送りいたします。
損切りが終わりました。
今週は株の入替えに今年で一番
いそがしい思いをしました。
これで持株の東瑞製薬は
全部損切りし売りつくしました。
しかし売った後からいつも
上がっていく経験を
何回もしてきて悔しい思いをしています。
ついこの間も全部売ったつもりの
中海コンテナーが高値の時、
購入価格の5倍以上していたのには
ビックリしました。
でも忘れたお蔭で儲けたのは
あまり自慢が出来ません。
今回の買い増しは
中国人寿、七星購物でしたが
15日~16日は棟華石油が
有償増資して株価が値下がたところを
思い切って1.12~1.13ドルまで
買に入りました。
しかし指値をしたので予定株数が
買えず仕方なしに安くなった
銘源医療を1.14ドルで
有り金全部をつぎ込みました。
持株銘柄が少しずつ少なくなり
ゴルフで言えばシングル(片手)になり
計算しやすくなりました。
銘柄を少なくする事を勧めてくれたのは、
尊敬する北京のMさんでした。
非実務研修に入りました。
寧夏回族自治区の銀川市より
9月に面接した研修生の
研修ビザか北京の日本大使館より
発行されて
第2陣が日本に着ました。
現地の料理学校を卒業して
社会人になり経験をつんだ
19歳~23歳の若者が当社の
近くにある千鳥町会館で
非実務研修を行なっています。
↑
上記の写真は動画になっています。
左三角の記しをクリックすると動き
音もでます。
会場は公共施設使用が
条件になっています
非実務研修とは就労に入る前の
20日間講習会をさします。
2年前に初めて銀川市を訪問して
こんなに順調に研修生制度が
たち上がるとは
思ってもいませんでした。
きっかけは邱先生が
自動車整備専門学校を
視察する時に
ついでに料理学校を兼任している
校長先生に案内してもらう事から
話が出てきたもです。
先生に声を掛けて頂いたのが
日本中のパン業界の
人手不足の解消に役立つ
結果に必ずなると思っています。
それに関してパン業界では1年しか
滞在できませんでしたが
パン技術取得の国家試験、
外国人基礎 1、2級制度を作りました。
厚労省を動かして3年制度が
実現できたのは
パン業界にとって画期的な
改革で自画自賛しています。









