伊豆半島の河津桜の花見したあと下田の蕎麦屋で昼食
急坂を往復するのが嫌になり家内と連れの友人も「観たことにしよう」と
20m歩いて引きもどり上から、チョロチョロ流れる滝を見おろし中止する。
滝はアルゼンチンとブラジルに掛かっているイグナス滝を見ているので
アメリカのナイヤガラ滝をはじめ日本各地の滝を見ても感激しません。
浄蓮の滝など孫の立小便並みにしか見えません(失礼な書き方)
天城越えといっても今は新トンネルが完成していてアクセル踏むだけで
誰でも楽々運転でアッという間に通り過ぎて下り坂を通りすぎたら
河津町に到着します。
ホテルの案内板には3月5日が河津桜が満開と書かれていたので
ぐうぜんにも同じ日付に見物したことになりました(ラッキー)
国内個人旅行を兼ねた花見見物は初めてですが来年も計画をたてて
温泉旅行をする予定をたてないものです。

花見と関係なく二度目の常連の滝ですが観たことにして小便タイムで一時駐車
地元の駐車場のおじさんの話では数十年前に趣味で植えた河津の早咲き
桜を土手沿いに植えたのが始まりで現在は一年に一度の大イメントになっている。
河津桜は名称は下記の所に書きました。
先週の土曜日は車の渋滞で朝から夕方夜桜まで大渋滞で地元の車も
動けなくなったと話していました。我々は平日の午前中なので問題なし。
近くの道路に駐車することは禁止になっている。仮の駐車場は一日500円
我々が11:00ごろから花見をした時間はたったの15分しかかからない。
同乗した無粋な友人二人は「これ以上時間かけて観ても無駄だ」と
言いだして仕方なしに次の予定地、下田に行くことにした。
帰りがけに駐車場のおじさんが「もう帰るの・・ゆっくり見たら」
「こんなに早く出る車は見たこと無い」とビックリしていた。
500円の駐車料金を安くしてくれ、とダメ元で話したが
「一年に一回の町興し収入になるので個人収入にはならないので」と言われた。
(貼付け)
河津桜の由来
1955年に飯田勝美が静岡県賀茂郡河津町田中で原木を偶然発見したことが由来である。当初、発見者の飯田氏の屋号から「小峰桜」と地元で言われてきたが、その後の学術調査で今までに無かった雑種起源の園芸品種であると判明し、1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名され、1975年に河津町の木に指定された。現在も原木はこの地に存在し、2007年現在で樹齢50~60年である。また、1968年頃からこのサクラが増殖されるようになった。
(貼り付け終わり)
上記の貼付け文章をお花見駐車場の係も同じ事を話してくれた。
本職は大工と話していたが旅行中の地元の方々は親切な人が多い。
行政機関、役人、町会などと関係ない一般の方の努力で有名になった
河津桜は伊豆急行(東急電鉄)をはじめ伊豆半島の各旅館、飲食店など
経済効果は絶大な影響でうれしいことです。

河津を後にして一時間かけて下田まで行く。唐人お吉、ペリー来航場所は
一度見ているので再度見ることはないと思い東急スーパー駐車場に入り
真向いの寝姿山までの空中ケーブルカーで頂上まで行く。
ペルー来日後には見張り番も緊張の連続で監視していたのだろう。

伊豆半島は寝姿山ケーブルカー、下田東急ホテル・伊豆急電鉄・
別荘地開発は東急電鉄の後藤慶太・後藤昇の勢いのある一時代の業績でしょう。

寝姿山からの相模湾・太平洋を見渡せる絶景は好天に恵まれて
素晴らしい眺めでした。

下田は人口2万数千人と蕎麦屋のオヤジの話ですが毎年人口減で
高齢化しているそうだ。

3月4日の9時ごろまで小雨まじりでしたが出発の10:00ごろから晴間になり
3月5日満開の花見、下田街での一日は快晴で山から見る
太平洋彼方まで見える晴れ男の集団でした。

下田は地盤沈下が激しく空き店舗も目立ちひっそりとしていました。
今夜の夕食は海鮮料理になりますので昼食は軽いソバでの食事に決定する。

大通りに二軒の日本蕎麦屋を確認してどちらにするかは私が決定する。
どこで飲食するかは、だいたい店構えで分かるので感を働かして決める。

店に入って驚いたのは82歳の店主一人で切り盛りしている。
連添いのかみさんは数年前に病死してからの営業。
昼間ケーブルカーで寝姿山の散策、下田町の路地裏の飲食店探し、
天気も良く暖かいに昼間よく歩いたので先ずは一杯目はビールを注文。
驚いた事にアルコール類は店主一人では手が足りない理由で置いていない。
ビックリしたが店主にビール持込みを聞いたら「いいですよ」と返事あり。
出た先にスーパーがあるから買ってきて勝手に呑むならば持込料金は
いらないとの返事。早速早足で買い出しにに行く。
夕食の料理と重ならない様に私だけ南蛮カレーを注文する。
思ったより私の舌に合っていて満足できるが、あとの3名はザルそばを
注文し季節のフキノトウ天麩羅付でしたが旨くないと不満を口にする。

店主は昼時にも関わらず暇を持て余してお客の私どもの所で話し込む。
82歳になっても元気で働ければ幸せだ。
下田事情・過疎化・土地柄・職安ハローワーク・店主の家内の事・など
詳しく説明を聞く。
話の中で 店主は閉店は17:00で終わり、との事で再度驚く。
それでも商売が維持できれば幸せだ。自宅は道路拡張工事で
数メートルバックしたが新築して営業したのです。
家賃がないので固定資産税だけであとはいくらもかからない。

82歳の店主はパソコン・スマホとは縁がないので写真公開にふみきる。
もし次回に下田に行く機会があれば再度食べに行きたい店だ。
間違ってもファミレスと違って楽しいし会話だ楽しめて人間味があります。
60年間以上 蕎麦屋職人としての人生、いい顔しているね。
昭和の雰囲気のある昔タイプの何処にでもある めずらしくもない
普通の蕎麦屋でしたが思い出に残る店主で気にいった。

