香港・重慶大厦はエスニック・レストラン街です。
年末に急きょ香港で年越ししたのですが大晦日は泊まっている
ホテル周りは人ごみで真っすぐ歩けない状態になっていました。
ホテル内のレストランは数日前から予約でとれない。
二階バス、ミニバス、タクシーは半径2キロ以内は乗り入れ禁止。
夕食に地下鉄に乗るのも一苦労で家内と二人だけで出かけても
離れ離れになることは間違いなし。迷子になったら日本語しか
しゃべれない私は路頭に迷ってしまいます。
群衆がアリに見えるほどの人混みでいったん離れ離れになれば
見つけ出すことは不可能、ホテルの部屋で花火を見ながら食べる事に決定。
所帯を持ってから世間様の前で家内と手に手を握りしめて歩いたことは
一度もありません。(今の若者は羞恥心がない,人目が気にならない)
そのほかの理由として
学生時代は硬派の部類に入っていたので彼女をつくる気持ち全くなし。
(・・・・処理の仕方は水商売・玄人相手やいろいろある)
今思えば硬すぎて損した気持ちもありますが時代が時代なので・・
男女間の行動には照れもあり、なよなよとした
「差別用語で女の腐ったような男」と見られたくない気持ちもありました。
話がソレましたが
地下鉄、歩行も大変なので私一人で夕食用食材を買いに行くことにしました。
香港人が一番嫌って避けている重慶大厦の中にあるインドカレーを持ち帰りと
出かけたわけです。普段はホテルから歩いて7~8分のところです。
重慶大厦内は写真の通りアフリカ、中近東、インド、バングラデッシュなど
皮膚の浅黒い、民族衣装をまとった集団を目にする事が多いです。
重慶大厦はA~Dまでの五つのビルが一つになって建てられた不思議な
建物です。日本式に3階以上の建物はA座からB座には継っていません。
B~C C~Dと同じフロアーからは行けませんが非常階段を使えば
通り抜けられるフロアーもありますが、人けがないので非常に危険です。
事実追い剥ぎ、カッパライ、脅かしにあった人もいます。
それに必ず通り抜けられるとは限りませんので不便です。
一階のパキスタン田舎料理屋でタンドリーチキンを持ち帰り予定に
していましたが・・次回は店内で食べることにしてパスしました。
「HALAL」とはイスラム法上で食べられる物のことを表す印なのです。
豚だけでなく、犬や虎などの獲物を捕獲するための牙や爪がある動物、
啄木鳥、ロバ、ラバを食べることが禁止されているが、それ以外の肉であっても
殺し方が正規の手順に従ったものでなければ食べられないのです。
アフリカ・中近東・インド・バングラデッシュ・諸国の異民族の食堂がこれだけ
集まっている場所は重慶大厦以外には見かけることはできません。
重慶大厦内をぐるぐる回って持ち帰り食料品を決めたのは、ここ数年問題の
北部のインドのタンドリーチキンとイランの食料品にすることにしました。
イスラム原理主義国家のイラク料理は食べたことがありませんが「HALAL」の
料理は興味があります。イラクには観光旅行には当分行く機会がないので
丁度良い機会だと判断、イラク民族田舎料理を買出しすることに決定。
同じく「HALAL」の料理がズラリと置かれています。私のB級グルメ志向の
肥えた口に合うか合わないかは食べない限りわかりません。
チキンの色付きも美味そうに見える、早速買うことにしました。
インド料理のタンドリーチキンと食べ比べることに決定。
2014年午前0時の花火大会前に普段呑んだ事のないスパークリングワインを
呑みましたが一杯目は旨く感じましたが後は甘ったらしくてダメ。
同じく重慶大厦内で買ってきたハイネッケンビール、食後は白州を
オンザロック・ダブルで4~5杯呑んで新年を祝いました。
初めて持ち帰りして食べたイスラム原理主義国家イラン料理は合格。
次回は友人を連れて重慶大厦内で一席設けて初体験してみるのも
よいと思いますが家内をはじめ ついてくる人がいるかが悩みです。
邱永漢先生の誕生会にいつも来ていた先生と仲の良い作家、
沢木耕太郎のロングベストセラー「深夜特急」黄金宮殿の香港、
重慶大厦の安宿,黄金宮殿に30日近く泊まった面白い出来事を
書き綴った事を思い出しました。
いつの日にか一人で香港に行く機会が出来たら重慶大厦A座の
黄金宮殿並みの各階にある一泊200~300香港ドル部屋で
過ごしたいと真剣に考えています。
2011年の誕生会でお祝いの挨拶をされた沢木耕太郎様とテーブルの
席にいる司会のアナウンサーの生島ひろしさん右端の作家 林真理子様です。
(2011年、先生の誕生会で沢木耕太郎氏との記念写真)
十数年前に読んだ沢木耕太郎著者・クレーになれなかった男は
「一瞬の夏 」モハメド・アリの前の名前カシアス・クレーからつけた。
カシアス・内藤のボクシング人生敗者の生き方、今は横浜市石川町で
ボクシングジム経営者としての人生。
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(ウィキペディアより)
沢木耕太郎 はカシアス内藤と練習等の日常生活から実際の試合まで
行動を共にし、1976年 に『クレイになれなかった男』(『敗れざる者たち』に収録)と
(同じくウィキペディアより)
「カシアス・クレイ」にあやかって船橋ジムの石川昭二会長(暴力団石川睦会長で
住吉連合 の常任相談役)
ボクシング業界に多大な貢献をした布戸酉三 大親分の一門)が命名した。
(同じくウィキペディアより)
アリス の『チャンピオン 』はカシアス内藤のことを歌ったものである事を、
「24時間テレビ 28」の「生きるチカラ」というコーナーで
内藤と同じステージに立った谷村新司 が明かした。
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重慶大厦・パックパッカー宿泊の黄金宮殿の話からカシアス内藤までの
横道にそれた話題で申し訳ありません。
香港2014年前の夕食買出しは一生の思い出に残ることでしょう。











