浅草の「三岩」で食事 | 下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog

浅草の「三岩」で食事

浅草のすし屋通りにある「三岩」で

昼食をしました。


私が50年前(昭和33年)高校生の時、

手伝いで配達の助手をしていました。

浅草で昼食を度々していました。


健保組合の帰りに懐かし浅草に

立ち寄りましたが

相変わらず泥臭い雰囲気は残っていました。



和服を着た厚化粧の花魁姿(?)は浅草でないと

見られません。観光客の為のサービスのつもりでしょう。





天麩羅、刺身つきで900円台は安いですが

さすがに刺身はイマイチでした。


「三岩」は食堂と居酒屋が一緒になっている

店で近くに場外馬券場があるので一人客が

多く冬は湯豆腐がよく売れていました。

店の中は酒とビールの発酵した匂いで

ムンムンとしていました。


私はここの天丼が好きで2匹の大きな海老が

丼からはみ出ていました。


50年前にはお客が座っているテーブルに

白墨で品名、個数を書き込み

頼んだ料理がそろうと雑巾で消していました。






昭和33年当時の雰囲気は少しだけ

残っていました。


当時は未成年者だったので丼物しか

頼みませんがドライバー(身内)は

日本酒一合を飲み終わってから

軽い食事をしていました。

ドライバーは会社に着くころまでには

アルコールも抜けて又一仕事していました。


当時はアルコール検知器も無い時代で

警察署もうるさく言ってませんでいた。


無免許運転で捕まってもその後

運転試験場で合格したら月遅れで

貰えた時代です。


当時はホロ付オート三輪全盛時代で

飲酒運転と言う

言葉はあまり耳にしませんでした。

小型4輪車は値段が高く小商人は

なかなか買えない時代でした。


数年後トヨタからトヨエース4輪車が

安く発売されて

三輪車の時代の幕が下りました。


配達が終わってから稲荷町の問屋で

集金した日銭で22,5キロ入りの

パン用粉を買って帰ったものです。


死んだ親父も満州(ハルビン)から

無一文で引揚てきてピンチの連続を

よくここまで頑張ってきたと感心します。