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邪馬臺(台)国と邪馬壹(壱)国、臺(台)與と壹(壱)與の発音等について私の考えをお話しします。
邪馬台国の名は『後漢書』や『三国志』などの中国の史書に出てきますが、史書の表記は邪馬臺(台)国か邪馬壹(壱)国。
台は臺の新字体で壱は壹の新字体。
邪馬臺国も邪馬壹国も全国的に邪馬台国で定着していますが、私は臺も壹も「と」と発音するのが適切かと思っています。
ネットで「臺(台)」の字を中国語発音で調べると、中国福建省で「と」と発音しているのがわかります。
広東省 の中部および西南部、 広西チワン族自治区 東南部、 香港 、 マカオ を中心に各地で「とい」と発音しているのがわかります。
周縁地域や地方に古い言葉が残っていることはよくあることです。
もし江戸時代にインターネットがあったとしたら、江戸時代の国学者はネット検索で「臺または台」を検索して、「と」と発音するところがあるのを知り、迷わず邪馬台国を「やまとこく」と読み仮名をふったことでしょう。
ところで壹(壱)はどうでしょう。
壹は数字の一(いち)を表わす文字です。
「一」はトップを表わす文字であることから、中国の史書の編纂者は「とう」或は「と」と発音する「頭」を「壹」の同音同義語と認識し、「やまと」の「と」の字に「壹」を当てたのではないか、と考えられます。
また「頭」も「壹」も、「とう」とも発音する「豆」の字を含んでいることも語源的な共通性が考えられもします。
どちらにせよ「邪馬台国」は「やまとこく」と読むのが適切であることは明らかです。
と言うことは女王卑弥呼が治めた国は邪馬台国でしょうか?
いや、違います。
女王卑弥呼と女王壹與と女王国と伊都国と邪馬台国について自著『新・卑弥呼物語』(最終章:天の声)で次のように説明しています。引用します。
邪馬台国の「台」の元の字は「壹」。私の名「壹與(とよ)」の「壹」。
邪馬壹国(やまとこく)は女王国の新王都所在地。この時代の女王国は私の国。
伊都国は女王国の旧王都所在地。この時代の女王国は卑弥呼おばあさまの国。
『魏志倭人伝』に記された「(投馬国から)南、邪馬壹国に至る。女王の都とする所。(原文:南至邪馬壹國 女王之所都)」の女王とは私のことなのです。それは最後まで読めば解るはず。最後に登場する女王は私なのですからね。
ちなみに卑弥呼おばあ様は『魏志倭人伝』が完成する半世紀ほど前にお亡くなりです。お先生方、卑弥呼おばあ様は「昔話の中の女王国の女王様」なのですよ。壹與
【補記】
前述のように台でも臺でも「と」と発音。
『新・卑弥呼物語』の読者から次のようなお便りを頂きました。
「卑弥呼の女王国が九州か畿内かでいまだに論争になっていますが、伊都国出身の卑弥呼が九州で女王となり、壹與の世でヤマトへ遷都したという道筋だと、なるほどと納得がいきました」
おひとりでも私の説に納得して下さる方がいて、嬉しく思いました。
私の説はいわば「邪馬台国遷都説」ですが、実際は「女王国(伊都国から邪馬台国への)遷都説」です。
自著『古代天皇誕生記』や『卑弥呼の時代』において、様々なデータを駆使して、「女王国遷都説」を論証しています。
堀田はりい著『新・卑弥呼物語-卑弥呼と壹與の女王国』(つむぎ書房。2026年)
~伊都国王統の卑弥呼女王の生涯と伊都国から大和国への遷都の物語~
四六判 122ページ(本体1350円【税込み1485円】
※伊都国(福岡県糸島市)は老舗の「大石金光堂さん」(092-323-2659)が販売協力をしてくれています。

堀田はりい著「卑弥呼の時代-絵画で旅する倭人伝」(右文書院。2021年)
文・堀田はりい 画・梅田紀代志
B5判・104頁・オールカラー(本体2200円【税込み2420円】)

堀田はりい著「古代天皇誕生記~こうして天皇の国は生まれた」(右文書院。2019年)
きょうまりは4さいになりました。
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じまんのロングかぎしっぽでーす。


















