地元市役所の「安全・安心メール」からは、防災や不審者に加え、行方不明者の情報が日常的に届く。先日は「88歳の女性が行方不明」に。寒空の下、一人で歩く女性の身を案じたが、幸いにも、次の日に「見つかりました」

 ふと小説の情景が思い浮かんだ。有吉佐和子さんの『恍惚の人』(1972年発表)。認知症のお年寄りが不意に家からいなくなり、夜通し捜したものの見つからず、翌朝、警察に保護されたシーンである

 同著は、認知症を社会問題として先駆的に提起した大ベストセラー。50年前の描写は色あせるどころか、今の世をより鮮明に映し出す。一人で外出したり、道に迷ったりして行方不明になった認知症の人は、昨年1年間で1万7565人に上る(警察庁まとめ)

 認知症はかつて「痴呆」と呼ばれた。それを「侮蔑的な表現」などとし、厚生労働省が「認知症」と改めたのは2004年。認知症医療の第一人者で、17年に自身が認知症になったことを公表、先月に92歳で亡くなった長谷川和夫医師が、その中心的役割を果たした

 「心は生きています」などと長谷川さんは当事者の心情を著書や講演で語り続けた。「みんな違うし、みんな尊い。それは認知症の人も同じ」とも。認知症高齢者が推計600万人超という時代を生きる上で、心に刻みたい言葉である。 

【12/17 公明新聞・北斗七星】