紀元前の昔から、天然痘は人類を苦しめてきた。英国の医学者・ジェンナーは、この病を予防する「種痘」を開発したことで知られる。だが、彼より6年早く種痘開発に成功した日本の医師がいた。緒方春朔である

 その方法は、天然痘の患者のかさぶたを取り、健康な人の身体に入れ込むというもの。最初の治験で効果が認められたものの、多くの人が怖がり、敬遠した。しかし、緒方は諦めず、さまざまな場で、安全性を力説。種痘は少しずつ広がり始めた

 緒方は治療法を伝えるため、仮名交じりの文章で、分かりやすい解説書を作成した。彼の業績を知り、医学を志す入門者には、種痘を金もうけや売名に利用しないこと、貧富や貴賤で患者を差別しないことを誓わせた

 一方のジェンナーも、自身が発見した種痘法の特許を申請しなかったという。特許を取れば、種痘が高価になり、全ての人に行き渡らないからだ。緒方もジェンナーも、その献身は“患者のため”との一点に貫かれていた

 天然痘は、40年前の5月に根絶された。人間の歴史とは一面、感染症との闘いの歴史である。その長い闘いの中で積み上げられた労苦の果実が、コロナとの闘いにも生きている。感謝とともに、その知見に基づく「新たな日常」を築く努力を進めたい。 

【5/30 聖教新聞・名字の言】