長年新聞社の特派員として東京で暮らし、十年前に定年退職して一旦帰国、数日前再来日して短期滞在しているイギリス人ジャーナリストのコリン・ジョイスは日本人というのは再会して嬉しくなる稀な民族だと言っています。イギリス人には偶に日本人好きがいるのです。ただし、少し辟易するところもあるそうです。


「日本は随分変わったでしょう」と旧知の日本人は挨拶のあと決ってそう言うそうです。「気が付きましたか」とさらに言う人もいて、しどろもどろに答える破目になるそうです。手紙文で「お変わりありませんか」と冒頭に必ず書くマニアックな日本人のこの質問にはしばしばうんざりさせられるそうです。


実のところ、十年前日本を去るにあたって、その当時の日本の状況をメモに残していたそうです。それによると:

1・経済は停滞している。2・国家の債務は増え続けている。

3・人口は少子高齢化が進んでいる。4・社会で活躍する女性が少ない。5・政治は一つの政党に偏重して政治的変化に乏しい。6・アジア近隣国と良好な関係にない。7・公共交通機関が素晴らしい。8・人々は交通ルールを守り社会秩序は安定している。9・浅草の居酒屋ではビールはアサヒスーパードライしか置いていない。


もし今イギリスの新聞社に日本の現状を通信するよう依頼されたら、このメモはそのまま役立ちそうです。空気の味も以前と変わらず、排気ガスの混合率もロンドンと甲乙つけがたい・・・年々歳々花あい似たりですね、と。

それに比べて中国の変貌は歳々年々人不同(おなじからず)です。首都の北京と商都の上海は中国を代表する二大都市ですが、これが異国間のように相克して、政治の主導権を争っているのはよく知られていることです。


1980年代に始まった改革・開放政策は資本主義への参入という中国共産党としては矛盾するスイッチバックでしたが、これを実行するため、鄧小平は、資本主義に比較的精通している(と思われた)当時の上海市長の江沢民を中央に抜擢したのです。それまで中国共産党は北京生まれの共産党幹部二世などエリート集団が上位にいたのでしたが、そこへローカルな江沢民がトップリーダーとして導入されたのです。上海派閥の始まりで、従来からのエリート集団、北京派との相克の始まりでもあったのです。



北京派:胡錦濤・温家宝

上海派:江沢民・習近平


新聞やテレビで中国共産党のNo.2や3が逮捕され裁判で敗れて政治的資格を剥奪され、人によっては家財を没収されるということも伝えられています、これが内紛の様相ですが、ここで、これ以上中国共産党内の争いに注意を向ける必要はないようです。



中国の国内権力闘争に注意を奪われると、世界の中で膨張を続ける中国の真の姿を見誤る惧れがあるからです。とくに小国日本が見るべきものは、他国の内紛などではなく、世界の中での中国の立ち位置、アフリカや中南米での、現在進行形の経済的浸潤の凄まじさ、などなどなのです。それは、いつか対岸の火事ではなくなるかも知れないからです。


中国が30年という短期間にどのようにして現在の成功を収めたのかというと、軸足の置き位置にあったと言えるようです。反米ではないが同調者でもないというスタンスを続け、アメリカや西欧・日本など〔西側〕が一致して(道義的理由で)経済制裁を加える国々を見ると、中国は(純粋に)経済的視点だけで支援の手を差し伸べたのです。

アフリカのスーダンがウサマ・ビンラディンを支援し、イスラム過激派を擁護していたとして〔西側〕が一斉に資本を引き上げスーダンの石油をボイコットすると、そのタイミングを見計らって中国が〔西側〕の肩代わりに産油量の全てを(格安)購入して、石油施設への投資も保守管理も肩代わりして継続したのです。利益は膨大で漁夫の利を得たのでした。(スーダンはイランと並ぶ大産油国)イランでも、今現在、ご承知のように中国が石油の非公式ながら最大の引き受け国になっています。中国は経済支援に留まりません、その実行に伴って膨大な人員(建設技師・労働者)をセットで送り込みます。


中国は建設工事が最も容易に利をもたらすのか、アフリカではどの国でも先ず道路を作ったようです。スーダンでも砂漠の果ての人口数百人の村落まで数百キロの舗装道路を作り、過剰なほどの延伸になっているとか、電力自給のためといって第二のアスワンと言われる巨大ダムを作って隣接国と悶着を起こしているとか、問題も少なくないようです。中国国営銀行は必要な予算を全て貸し付け、道路やパイプラインと共に学校や病院整備も行っています。


イランにどの程度中国人が浸透しているかは不明ですが、相当量の石油を購入し、老朽化した石油精製施設の更新とメインテナンスを請け負っていることは知られています。その上、アメリカが最も嫌う核開発の支援国にもなっている、と言われているのです。表面上は黙して語らずですが、具体的には核開発に必要な部材や資材の全てを香港経由で供給をしていると、これは調査済みといわれています。

それにも拘わらず、外交上手の中国は、北京に久しく無かった青空を(人為的に)作り出しAPEC首脳会議を主催しています。そのあと習近平主席は過剰な、長時間の(おもてなし)サービスをオバマ大統領に提供し、オバマ大統領は(嬉々として)受け入れていたので、それはいかにも(中国に対して)弱いアメリカを象徴するもので、レイムダック化したとは本当かと思える一場面でした。



遡って、短期間ではあったが中国が南米で得た最大の利益はベネズエラの石油だったと言われています。ベネズエラは南米一の大産油国で長年アメリカの傘下にあったのですが、1998年に大統領がウゴ・チャべスに変わるとあからさまな反米に転換、石油施設を国有化、そのため2002年に〔西側〕の経済制裁、資金引き上げ、産油引取りボイコットとなり、それを見計らって、またも中国が参入してくるのです。中国はいつものように石油利権を得て、巨額の融資を引き受け、その担保は石油埋蔵域そのものというもので、万全な融資だったのです。日本とは違って無償援助も友好支援も(小額を除くと)殆どありません。担保を取ったビジネス融資か、資源や不動産への投資があるのみです。


2013年にチャべスが病没するまで石油価格も感情的なチャべスの米国嫌いの反動で常識外の安値で中国に提供され、それを大量購入して、あろうことか、アメリカやアジアに転売してボロ儲けしていたと言われています。日本もその一部を高値でマタ買いしていたのは隠れもない事実、とのことです。

中国が資本主義のチャンピオンになる可能性は誰がみてもかなり高そうです。資本主義の仕組み(利点弱点)に精通し、古典的(非情)な商人魂と実行力を備えているからです。商機は常に紛争にありは箴言で、紛争で窮地に陥っている側を助けると利が大きいのは、中国人なら誰もでも知っている古典ともいえる手法なのです。


ユダヤ人の思想(共産主義インターナショナル)の実践は失敗に終りましたが、中国人が本気でそれを信じていたかどうか、資本主義への切り替えの素早さと、応用の巧みさは目を見張るばかりでした。中国人は古代フエニキア人と並ぶシルクロードの商人でもあったのです。根っからの資本主義者なのです。