昨年6月、ニューズウイーク誌は世界の国々で民主主義が後退していると告げています。2014年だけでもボスニア、バングラディシュ、ベネズエラ、アイスランド、カンボジア、トルコなどで民主主義の施政に不満が爆発、大規模な抗議運動や暴動が起きているそうです。民主主義のどこかが変質して受け入れ難いものになっているのでしょうか。

「民主主義が繁栄につながる時代は終ったのか」とニューズウイーク誌は問いかけています。民主主義は経年疲労という人もいます。関節固着化が始まっているというのです。暴動を起こしている国々は別にしても、アメリカや日本でも民主主義に膠着が起こっているのは衆目の一致するところです。

政権の交替はあっても政治家の交代が少なくなり、同じ顔ぶれ(同族)が数十年に亘って政治を寡占しているのです。中央政治も勿論ですが、地方政治ではその傾向が甚だしく、市長や市議会議員の無投票当選が繰り返されているところは珍しくないそうです。新人の立候補を阻止する(金銭による)仕組みさえあるといわれています。従って、人材の流動性が滞り権力の寡占が数十年にも及ぶ地方都市さえ少なくないと言われているのです。

アメリカでも、次の大統領選挙はクリントン家とブッシュ家の戦いになると予想されています。同族のトップ同士がバトンタッチして政治が堂々巡りしているかに見えます。上下両院議員の顔ぶれも然りで、その数割が一族のリレーになっているといわれているのです。

日本の状況は一層悪く、国会議員の半数が議員バッチを親から子へと受け渡し、時には配偶者であったり、未熟な兄弟姉妹であっても、必ず当選して、能力に関わりなく居座っているといわれています。当選者一区一人の小選挙区制が巧妙にその形態を維持している、と主張している野党もあります。地元の有力者(資産家・醸造家など)の一族がその地域の住民に長年影響力を持っていて、数万から十数万票を掌握して小選挙区を独占するのは容易で、(領主に対する忠誠)にも似た気風がある日本の地方都市では、このような選挙区が少なくないということです。

同じ選挙区の同じ地盤を次いで二代三代四代と(国会議員席)を私有財産のように継承して国政に参画しているのです。最早、日本の多くの選挙区で民主主義は形骸化、政治は寡占化というべき状態で、本来の民主主義との解離は大きいのです。そして、この選挙形態を変えることが司法にも行政府にも、誰にも出来ないということで、民主主義の、自由と平等のパラドックスといわれる所以です。

その昔、アメリカのペンシルベニア州ゲティスバークで宣言された民主主義の理念、人民の人民による人民のための・・・という素晴らしい文言から大きく外れたものになっているのは明らかなことです。このままではどの国も表装だけの民主主義になってしまうのかも知れません。その行き着く先は、封建制か独裁体制に近いもの、もしかすると同一の体制に収斂されていくかも知れないのです。

中国が法治国家を目指し(現にそのように宣言している)、加えて言論の自由が許容されるなら、おそらくそれは、(韓寒の言うように)現今の民主主義国家より優れた政治体制になるかも知れません。その可能性は少なくないのです。

韓寒(ハンハン)とは中国の現代作家で、若者のオピニオン・リーダー、で(3000万人以上のフォロウワーがいるという)ブロガーで民主主義についての穿った発言があるので、以下に紹介してみたいと思います。

中国が民主化しても意味はない:

「仮に中国がそうしたいと思って、完全に民主的な普通選挙をやったとしても、勝つのは共産党だよ、今の中国で共産党以上に金のあるやつなんていないから」(民主主義は金次第)

「民主主義は(先進国の)高尚な制度ではなく、多数の利害関係を調停するためのツールと思えばいいんだ、今中国では利益集団同士の衝突が激化している、去年は18万件の群集事件(デモ、ストライキ、暴動など)が起きている。その対応に治安維持費が5500億元と、軍事費なみのコストが掛かっている、それでも利害関係の衝突を押さえ込むことすら出来ていない。そこで、安くて便利なツール、民主主義の導入を推薦したい。民主主義を導入すればいろんな群集事件は、そもそも発生しない」

「そのほか、中国人の誰でも民主主義が欲しければ政府と価格交渉することだ。ぼくは文化人だから民主主義の中の言論の自由が欲しいね、それをくれたら、政府の過去の失敗、汚職についても追及しない、ダメだというなら作家協会の、次の全国大会で抗議運動を展開して嫌がらせをしてやる」(今の中国の体制は最悪ではない、言論の自由を保障するならかなり良いといえる、と言っているのです)

韓寒は民主主義を知らない国の知らない世代の若者ですが、西側民主主義の実態を見抜いて、それを揶揄しているのです。民主主義は最早どの国にとっても手本にはなり得ないのかも知れません。中国も民主主義体制になるべき、とは韓寒も、その他の誰も言っていないのです。一昔前の(天安門事件の頃の)学生運動家達が理想としていた民主主義も、今では共産主義同様色褪せて見えるのです。

中国はまだ一党独裁体制でもやむを得ず、それを大幅修正、汚職腐敗とコネ社会の改革、それに言論の自由さえ保障出来れば、かなり良くなるのは間違いないと韓寒は述べているのです。現在の中国の若者達は民主主義に期待するところは少なく、現状は革命より改革と主張しているのが大勢のようです。

昨年、中国で世界の注目を集めた事件がありました。広東省の農村が共産党組織を追出し、農民達が自治組織を設立、武装警官に取り囲まれた事件です。末端行政を支配してきた村役人が勝手に村の土地を企業に売り飛ばしたのが発端だったそうです。全国津々浦々に同様の問題はあり、共産党末端による横暴は枚挙に暇なく、広東省の問題解決には紆余曲折があって、その後解決したそうですが、どう解決したのかは不明です。しかしその後、共産党の末端組織に民主選挙を導入する話が持ち上がっているそうで、興味深いところです。そうすれば村役人の横暴が抑制されることは必定です。韓寒のいう民主主義がツールとして役立つことになるのです。

世界的な民主主義の磁力の低下は中国の台頭にある、とエコノミスト誌は書いています。アジアやアフリカ、中近東、中南米の専制主義政府の多くが中国を模倣する傾向にあると述べています。


シリアのバース党は安定持続、成長加速の社会主義経済〔意味不明瞭〕を模倣しているといいます。ベトナムは政治的に領土問題もあって中国とは不仲だが、その経済形態は学んでいると言います。イランは中国から法律と経済の専門家を招いて、西欧型民主主義を避けようと意図しているそうです。中国に友好的な(独裁体制の)国々が中国との協力に積極的なのは中国が(政治的自由や人権)について決してお説教をしない国だからという理由もあるそうです。

経済開発初期段階では穏健な独裁がベストだ、とは先頃亡くなったシンガポールのリー・クアンユー元首相が常々言っていたことだそうです。

民主主義は無秩序で非効率、経済発展や国力増強には不向きで、発展の第一歩が踏み出せない。独裁による断固とした決断がしばしば必要になるのだ。しかしこれはあくまで優れた統治者の下で可能なことで、それ以外の専制政治ではエジプトやカメルーンにみるように私欲優先で混乱し、ミャンマーや北朝鮮に至っては発展の最初の一歩など存在しない、だから、独裁政治を推奨しているのではなく、厳しい条件、私欲が寡なく理想が高い指導者の下でのみ独裁体制が有効になると述べているのです。

中国の今後に期すところはあるかも知れないのです。韓寒だけではなく世界が注目しているところでもあるのす。