早いもので父が亡くなり、1ヶ月以上が経ちました。

お盆にかかってしまうこともあり、49日法要ではなく、35日法要を行いました。


妹と携帯でやり取りをするとき、35日法要五七日法要と書いたら


「お姉ちゃん、57日ではなく35日だよ」


と、ご指摘が・・・・


意外に知らない方が多いですが、


49日七七日

35日五七日


と書き、それぞれ、しちしちにち/ななぬかごしちにち/いつなのかと読むそうです。


見ないで捨ててしまうことが多い、お香典返しの挨拶状には漢字で書かれていることがよくあります。

母の時は本当にドクターをはじめ、病院のスタッフの方々に感謝の気持ちでいっぱいでした。


でも父の死はなんとなく納得ができないスッキリとしないものになってしまいました。

突然だったということもありますが、ブログにも書いたように納得のいかない入退院、ドクターの心ない発言、いい加減な病院の対応・・・

本当はもっと長く生きられたのではないかという後悔の念が残ります。



とくに今回の主治医に関しては


高齢者だから仕方がない。

こういうことはよくあること。

患者はいっぱいいるんだからいちいち家族の顔まで覚えていられない。


などなどの暴言。


患者からしてみれば主治医にお任せするしかないのにあまりにもひどい言われかただと思いました。


先日からテレ朝でDOCTORSというドラマが始まりましたが、まるで森山先生のようです。

医者こそ人格者であることが大切だと思います。

本来医者は皆、相良先生のような医者であって欲しいものです。

病院に着いたころにはまた少し数値が安定してきました。


お互いの主人や息子たちには「しばらく大丈夫そうだから帰っていいよ」と行って返しました。


そして、また夜が明けて行きました。


朝6時過ぎ、モニターの数値がまた赤くなり始めました。


今回は次々に赤い数値が増えていきました。


時々、呼吸が止まりました。


大きくため息をつくように、「はー」と一呼吸すると一瞬目を目を閉じました。


心拍数が0になりました。


でもまだ時々少しだけ戻ります。


モニターの数値がすべて赤くなりました。


そして、妹と私が見守る中、静かに静かに息を引き取りました…



父は安定していたので夕方、妹と一度家に戻ることにしました。


二人ともほとんど寝ていませんでした。


家に帰り、お風呂に入って10時くらいにベッドに入りました。


再び電話のベルが鳴りました・・・


「お父さんの血圧が50を切ったって・・・」


夜中の2時過ぎ、再び病院に向かいました。



病院に着いたのは夜中の12時過ぎでした。


父の意識は無く、酸素マスクと点滴、モニターがつながれてました。

血圧や心肺の状態はとりあえず安定しているようでした。


病室のソファで仮眠をとりましたが、眠れませんでした。

看護師さんたちも2時間おきに様子を見に来ました。


白々と夜が開けて行きました・・・