何年振りだろう・・ぶらり鎌倉に行ってきましたビックリマーク


お腹が空いていたので、到着してすぐに腹ごしらえにひひ

鎌倉バーグをいただきましたニコニコ

これ、お豆腐:牛肉が1:1のヘルシーハンバーグナイフとフォーク

老舗のお豆腐屋さんがつくる濃厚豆乳もおいしかったー音譜

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その後、小町通りをお散歩していると、、

ジェラート屋さんに人だかりが出来ているのを発見!!

吸い込まれるように、並んじゃいましたべーっだ!

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食べブログでも人気なジェラテリア イル・ブリガンテは、陽気なイタリア人がつくるこだわり無添加ジェラート宝石赤
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14011873/

カスタード×ももをいただきましたソフトクリーム

思わずにんまりしてしまうお味得意げ


そのあと、ふら~っと参道が鎌倉一綺麗だという寿福寺へ。

北条政子が頼朝のために建てたお寺さんです。

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住宅地を抜けて、、途中こんなところもビックリマーク トトロがいそうニコニコ

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海蔵寺へクローバー

海棠の季節は過ぎてしまっていましたが、つつじが美しかった宝石白

もみじの季節もきっと綺麗だろうなあ・・ラブラブ


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そして、定番の鶴岡八幡宮でお参りをしました。

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半日では全然回りきらなかったので、また近いうちに・・来たいなあ合格

東京から日帰りで楽しめる小京都のような鎌倉はなかなか歩き応えがありそうですよ晴れ
小籠包の有名店 新亜飯店 芝大門店 に行ってきました音譜

とにかくおっきくて、ジューシーな肉汁がたまりません!!

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大満足ニコニコ


1つの蒸籠に8つで1,400円、他のメニューも一品2,000~5,000円と

それなりのお値段ですが、ぜひ一度ご賞味ください宝石白


新亜飯店 芝大門店 食べブログ
http://www.facebook.com/l.php?u=http%3A%2F%2Fr.tabelog.com%2Ftokyo%2FA1314%2FA131401%2F13001517%2F&h=8390d
都民ボランティアとして、1週間ばかり石巻、東松島で津波の被害を受けたお宅の家具や畳、ガレキ・ヘドロの撤去のお手伝いをさせてもらいました。

石巻も東松島も、津波の被害が及んだ地域とそうでないエリアとがはっきりと明暗を分けていて、津波の爪あとがある地域はがらっと光景が変わる。
ガレキの山が道の両側に積もり、家々は崩れ、木々は倒れ、車や船、コンテナが田畑や建物などに突っ込んだまま、信号機は止まり、電気は不通で断水・・・1ヶ月以上経った今もだ。

特に、石巻は漁港や水産加工業、工場が多いため、津波の被害を受けたエリアは、イカや重油のにおいが混じった悪臭が漂う。

梅雨、台風、極暑を控える今、もっともっと人手が必要であることを強く感じた。


活動最終日は「壊滅的な被害」と伝えられている南三陸町にも足を伸ばしたのだが、それはもう衝撃的な光景で、地獄があったならばこんな世界なのだろうかと思うほど、見渡す限り絶望的な光景が広がる。

震災から1ヶ月半が経過した今も時が止まってしまったかの様。

一筋の蜘蛛の糸さえも下がってきそうにない。

その場に立つと、何が現実なのかわからなくなってしまうようなバーチャル感を感じてしまう。

数少ない鉄筋コンクリートの4、5階の建物も、丸ごと津波に飲み込まれていて、
嗚呼、あの避難場所になっている高いビルに避難した人も助からなかったのかな・・この町の人たちは帰る場所がなくなってしまったんだ・・なんて考えを巡らしながら、

こんなコいるかな。 こんなコいるかな。 こんなコいるかな。 こんなコいるかな。 こんなコいるかな。 こんなコいるかな。 こんなコいるかな。



こんな光景を目の当たりにすると、「東北復興、日本復興」という言葉があまりに現実から掛け離れたものに思えてならなかった。この瓦礫の山からどう復旧するというのか、復興できるというのか。日本をもう一度復興させたいなんて大それたことを自分も周りも使いたがるけれど、とんでもないとさえ思ってしまった。



今回強く感じたのは、目の前にある被害はあまりに巨大で、自分ができることはあまりに小さいこと。


あの現場を見ると、もっともっと、ずっとずっと、お金も人手も必要であることを感じる一方で、大の大人が10人、20人と集まっても、1日でおうち1軒も元の家で生活できるようにしてあげられないのだ。一家族の生活復興もしてあげられないのが現実だった。

それでも、活動3日目にお手伝いしに行った石巻の日本製紙工場近くのお宅のおばあちゃんが涙ながらに「ありがとう」を頭を下げて繰り返し、おじいちゃんは「何かあったら今度は私たちが手伝いに行きますから」と言い、最後まで見送ってくれたことが頭から離れない。

本当に小さな小さなことしかできなかったけれど、それでもお手伝いさせてもらったおうちの方に
・・中には奥様やお子さん、お孫さんなど大切な人を失った方もいたけれど・・「ありがとう」の言葉をいただき、なんてすごいんだろうと感じた。

現場を見た一人として、自分の目で見たこと、体で感じたことを周りに伝える、発信する、それを継続し続けること、同じ気持ちを持った仲間を増やしていくことが、今の自分にできる精一杯のことだと思う。
それが少しでも被害を受けた人たちが元の生活に戻る助けになれば、それ以上のことはない。


最後に、今回の災害ボランティアで一緒に活動をした仲間たち。

18歳から67歳の60数名、背景はそれぞれ違うけれど、ただ何かしたい気持ちをもって巡り合った、ここでしか出会えない貴重な縁に感謝です宝石白

こんなコいるかな。

現地の衝撃的な光景を共有し、少しでも元の生活に戻れるようにと必死にお手伝いをして、被災された人からもらうありがとうに一緒に感動し、時に議論し・・
災害ボランティアだって、楽しくやっていいんだ、とわたしは思います。


東北は今、桜が見ごろを迎えています桜

こんなコいるかな。 こんなコいるかな。