ある日、新幹線の中で、後ろの席に座っていた年配の女性同士の子育て談義が耳に入ってきた。
「あんなに甘やかしていたら、ろくな子にならない」
孫の子育てについてだろうか。若い者の子育ての仕方に納得が行かない様子だった。
ふと、私の父を思い出した。私の父は厳格だった。「努力は必ず報われる」が口癖で、結果が出なければ努力不足と叱られる。礼儀作法にうるさく、怠れば厳しく叱られる。
子どもの頃は大人しく従うのが正しいと思っていたが、思春期になるとその厳格さは窮屈以外の何者でもなかった。しかし、その窮屈さが、親から自立しようという原動力になっていたようにも思う。
自分が親になり、長男に対しても、shuに対しても、気がつけば私の父と同じようなことをしている。父には到底及ばないが、嘘をついたり、約束を守らなければ(shuはしゃべることができないので、嘘もつけないし、約束もできないのだが…)厳しく叱る。欲しがるものを無条件、無制限には買い与えない。
子の気持ちを察すると、自分に対する嫌悪感を覚えるときもあるのだが、冒頭の年配女性の「あんなに甘やかしたら…」という考えが私の根底にしみついているのだと思う。父の教育の賜物ということなのか。
おそらく父もそうだったのだろう。今ではすっかり丸くなり、孫たちにメロメロで、私が子どもたちを叱ると、「そんなに厳しくしなくてもいいんじゃない?」と後から言うことがある。自分が若い頃にしていたことは、忘れてしまったかのように。
年配女性の子育て談義に話を戻す。
「あんなに甘やかしていたから、あの子は発達障害になったんだ」
確かにそう聞こえた。私が勝手に聞いていた話なので、勿論、話に割って入って、反論したりはしなかったが、聞き捨てならない偏見だ。
数年前から、テレビや新聞等で、発達障害について取り上げられることが多くなった。その障害の存在や名前は広く浸透し、多くの人の知るところになった。しかし、正しい理解をしている人がどれほどいるのだろう。
かつて自閉症の原因は、「母親の愛情不足」にあるという憶測が、名だたる専門家の間で根強く主張され、そのことが多くの母親を偏見にさらし、苦悩を与えてきたという。
現在でも自閉症の原因は明らかになっていないが、「生まれつきの脳機能の障害」という認識が専門家の間で定着し、「母親の愛情不足」という説は否定されているという。
「甘やかしたら発達障害になる」という年配女性の説と、「母親の愛情不足が自閉症の原因」という説は、いずれも間違っているが、育てた親に原因を求めているという点では共通している。
さて、言葉を発しないこと、特定の物事や行為に異常なほど執着することなど、私の両親がshuの異変に気づき始めたのは、shuが2歳の頃だった。
その頃はすでに診断を受け、療育も始まっており、私たちはshuに障害があることを知っていた。同時に私の両親、妻の父(母はshuが1歳になる前に他界)にどのように伝えるかを悩んでいた。果たして理解を得ることができるのか。
「正しい知識とともに少しずつ現実を伝えていこう」
これが私たち夫婦の一定の結論だった。その決断が、正しかったか否かにわからない。
妻の父は、「まだしゃべらないのかな?」等、少しずつ不安を口にすることがあった。私への遠慮があるのか、それ以上はなかった。その都度、妻が「専門家の診察とリハビリを受けているよ」等と伝えた。
私の両親は、私には遠慮はなかった。深刻な表情で、「テレビでやっていたのだが、shuは発達障害ではないのか?」とストレートに聞いてきた。
孫を心配する思いが強かったのだが、どこかで「努力は必ず報われる」という厳格な父の姿を久しぶりに見たような気がした。「努力すれば障害は治るはず」というニュアンスも感じた。
私は、たまたまインターネット上で見つけた、発達障害と診断された子の祖父母向けのパンフレットをプリントアウトし、「読んでおいて」と伝えた。
数日後に直接会い、診断と療育を受けていること、難しいことは親が責任を持つから、今まで通り可愛がって欲しいことを伝えた。父は理解しようとしてくれてはいたが、感触としては「努力すればいつかは治るんだろう」と自分自身に言い聞かせているように見えた。
私の両親に少しずつ情報を伝える中で、二人が最も切ない顔をしたのは、「shuは特別支援学校に行くことになるかもしれない」と行ったときである。
「普通の子のように友達と遊んだり勉強したりできないのか」「何が原因なんだろうか」「どうすれば治るのか」等、考えても仕方ない、しかし考えてしまうであろう具体的な不安に支配させてしまったようであった。しかし、それが現実なのだから仕方がない。
原因がわからないということは、人を不安にさせる。そして、その不安から逃れようとして何かに原因を求める結果、偏見に繋がって行く。
私はshuが通う児童発達支援の行事や個別の言語療法に両親を誘うなど、時間をかけて理解を得ていこうとしていたが、受容とは程遠いものだったと思う。年配者が孫の障害を理解し、受容することは、親のそれよりも難しい場合が多いと思う。
私も、両親も、shuの白血病の闘病を経て、また、発達障害の療育を受ける中で、ようやくshuの障害を受容できるようになっていく。しかし、それにはまだ多くの時間が必要だった。