東北視察ボランティアに参加された米田さんの報告書をご紹介いたします。



石巻市内、石巻港、東松島市大曲浜地区


一日目、大学時代の後輩 雫石 浩さん(しずくいし ひろしさん 東松島市大曲浜地区にて被災)に石巻市内、石巻港、そして東松島市大曲浜地区へ案内していただきました。

 石巻市内の駅前通りは、建物の修繕、修復が成されているいるかのように見えましたが、津波によって引き起こされた被害の痛ましさはまだまだ残っている状態でした。石巻市役所は、津波被害を受け駅前通りのショッピングセンターを改修して移転されていました。

 石巻港周辺は、応急的に防波堤を修復していましたが、地盤沈下のため今でもかなり高い水位のままでした。港の先端付近には、山のように膨大な瓦礫が積まれており被害の甚大さを目の当たりしてきました。

 石巻港から大曲浜地区に向かいながら高く生い茂った雑草の原っぱを通りぬけました。

ここはよく見ると原っぱではなく津波で流された住宅地の後でした。「町が消えた」という言葉を何回か聞きましたが現実でした。家屋が流された後のコンクリートの基礎は、一年半の時間の中で雑草に覆われ原っぱと化していました。瓦礫、車等は、ほとんど回収され残ってはいませんでした。辛うじて立っている家屋が点在しており、何キロも先まで原っぱが広がる光景をみて本当に胸がいっぱいになりました。

 大曲浜地区に向かう橋は、船によって壊され、無残にも折れ曲がり被害の大きさを残したままでした。雫石さんの住んでいた大曲浜地区は壊滅状態でした。近所の家は、ほとんど津波で流され跡形もありませんでしたが、築5年目くらいまでの家屋は流されずに何軒か点在していました。雫石家は、昨年建てたばかりの家なので遠くから見ると普通に建っているように見えましたが、近づいてみると家の中は天井も落ち泥だらけの無残な姿でした。雫石さんは震災の日、津波の到達が早く、気がついたときは逃げられなくなっていたそうです。2階に家族3人で命からがら駆け上がって助かり一夜を過ごしたそうです。海から陸地へと襲いかかった大津波に自然の驚異を改めて思い知らされ、私たちも他人ごとではなく地震、津波に対しての備えを考えていかなければならないと痛感しました。

東松島夏まつりのメインテーマ感謝、祈り、そして未来へは、昨年の震災でお世話になった皆様に感謝し、犠牲となられた方々に祈りをささげ、新たな未来(復興)に向けてという願いを込めて雫石さんが考えられたそうです。地域の復旧は、大分進んできているようにも見えますが、復興にはまだまだ時間がかかるように感じられました。一日も早く東北が元気になるように私たちには何かできるのでしょうか?東北の物産品などを買う等....微力ながらできることから始めてみたいと思いました。
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  七ヶ浜ボランティアセンターにて


 二日目、午前中は七ヶ浜の避難所にて生け花のボランティアをしました。お花を生けながら震災当時のことや避難所生活のお話をしてくださいました。なかでも「1年半も経つとボランティアの方も少なくなりこうして忘れないで来てくださることが私たち心の支えになっているんです。」とお話されていた方の言葉が心にいつまでも残っています。瓦礫の処理等は日々着々と進んでいますが、被災者の皆さんの心のケア等がこれからは必要になっていくのではないかと感じさせられました。

 午後からは、七ヶ浜ボランティアセンターでトイレ掃除とプランター(七ヶ浜のはま菊)の水やりを手伝いました。トイレは普段から綺麗に掃除されており、私は少し手の届いていないようなサッシや窓、腰壁等を念入りに掃除させていただきました。また、大きく育てられたはま菊は色々なところに配られるそうです。散水設備が壊れているためジョーロで何往復も水やりをしました。作業を通して、毎日のボランティアセンターの方々のご苦労を垣間見て頭のさがる思いがしました。

 七ヶ浜ボランティアセンターに、大学生や一般のボランティアが多く参加されていることに大変感動しました。若者のパワーの素晴らしさとボランティアセンターの方々の優しい心に触れ、本当に貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。

 東北の皆様の一日も早い復興を心よりお祈りします。

                         米田 恵子