朝飯→カップヌードル(カレー)
昼飯→ナシ
夜飯→唐揚げ弁当
酒肴→タコさんウインナー、手羽先、納豆オムレツ
ドリンク→午後の紅茶 おいしい無糖、生ビール、黒ホッピー、ハイボール2杯
漫画→テルマエロマエ5巻
仕事→某書籍の1企画デザイン発注、某書籍の複数企画整理、某書籍の表紙修正に関するアレコレ、弊社代表との打ち合わせ、同僚との飲み合わせ
あまりにも見事すぎる台風一過な本日。
気温もやたらと上昇し、10月に入ったとは思えぬ気候に正直どうしたらよいのか、戸惑った。
わたくし、いつまで半袖通勤すれば良いものなのか!?
というわけで、幼少期、"台風一過"のことを"台風一家"だと、勘違いしてた方に朗報です。
わたくしも、当時、台風一家だと思っておりました。
大人たちが、「タイフウイッカ、タイフウイッカ」と騒ぐけれども、いったい何のことなのか?
毎回、◯◯号と名前がつくことから、全部合わせて、台風家族ということなのか?
台風はあまりにも凄まじい天災で、雨や風の集合体だから、"ザ•ファミリー"なのか?
あの例の渦巻きの中心から子ども台風、ママ台風、パパ台風というものが存在し、それらの総称が一家なのか?
むしろ、台風みたいな凄まじく激しい人間関係の渦中にある、トンデモないハチャメチャ家族のことなのか?
とにかく創造力豊かな子どもたちにとってみれば、様々な妄想が膨らんでしまう「タイフウイッカ」。
そもそも使われ方として、「台風一過が過ぎ去ったあと」というめちゃくちゃな誤用がされていたからこそ、「台風一家」と勘違いされてきたのだと思われる。
しかし、誤用飛び交う現代社会においてすれば、「一つの台風が過ぎたあとの快晴的な天候のこと」とは、なかなか感じることはできないだろう。
やたらと造語が生まれ、理解不能な言語が構築されつつある現状では、もはや「台風一家が過ぎ去ったあと」という使い方で問題ないのではと思ってしまう。
しかしわたくしとしては、今を生きる親御さんたちは、モンスターペアレンツ的主張をするよりも、まずは美しい日本語を教えるべきだと心の底から主張したい。
台風に家族なんていねぇんだよ!
はい。
怪物と化した現代の父母像に疑問だらけのダメパパのダメ日記、はじめます。
みんなが大好き日清食品。
醤油もシーフードもカレーも、何度も食べ続けてきて、飽き飽きしているけれども、なぜか「やめられない、とまらない」。
カルビーではありません。
同僚と某山ちゃんにて。
基本的に同僚とは、美味い食べ物を口にした時は、どちらからともなく、「美味い」という言葉を発するが、ノーコメントだった納豆オムレツ君。
正直、納豆もダメだし、調理方法や味付けも間違ってると感じた。
勝手にタコさんだと勘違いしていたが、写真貼り付けの際に、「あっ、タコさんじゃなかった!」と認識させられた普通の赤ウインナー。
赤ウインナーをメニューとして採用するならば、タコさんにするべきだと思うのはわたくしだけだろうか?
ぶっちゃけ、ソレだけで同じ味付けをしていたとしても、数倍美味さが変わってくると思われる。
人の味覚なんてそんなもんだ。
あっ、以上です。
肝心の手羽先は撮影するのを忘れてしまったが、正直、今日の手羽先はあまり美味くなかった。
調理する人の微調整で味が変わるものなのかは知らぬが、少々ザンネンな気持ちにさせられた。
トニモカクニモ台風一過。
この度もかなりやってくれた感はあったが、やはり台風直後の快晴はなんだかんだで気持ちが良い。
それが、「やめられない、とまらない」なのかはさておき、きっと"人生"ってやつの醍醐味も、"タイフーンファミリー"が教えてくれることと"おんなじ"なのではないだろうか?
我らが桜井さんも言っています。
ドンっ。
雨のち晴れ。
はい、ちょっとカッコつけ過ぎました。
なんだか今日はそんな気分でして……。
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