結局ヴィヴィはリールと会えなんだ
その後もティーゲルリッターと行動を共にしながら各地でリールを探し続けたんじゃがな
神出鬼没の盗賊団ヴェールギャランが東に出たと聞けば東へ、西へ出たと聞けば西へ
しかしの、さすがに神出鬼没だけあって噂を聞きつけて駆けつけたのでは彼らの去った後しか見ることはできなんだのじゃ
そうこうしてるうちにも歳月というものは容赦なく流れていく
無慈悲なほどにのぅ
さて、今日はシャルル王子について少し話そうかの
うん?ヴィヴィはどうした?
ホホ、そう慌てなさんな
まだ彼女の事は後で話そう
今はファーネス全土を震撼させた反逆の貴公子シャルルについて知るが良い
ヴァイセンが滅んで18年が過ぎた
幼子であったシャルルはもう21歳になっていた
「レオナール、首尾はどうか?」
漆黒の鎧を身に纏った白面の青年が問う
「は、万事滞りなく・・・」
「左様か、なればファーネスの栄華も今宵限りだな。」
「しかし本当によろしいのですか?」
「何がだ?」
「いえ・・・お父上、母上、ご兄弟もろとも・・・このような・・・」
「貴様もそうすべきと思えばこそこの俺に従うのではないか?」
「ええ・・・ですが、王子におかれましてはご家族を裁く事になりましょう?」
「家族・・・か、俺が当たり前に家族として育てられていれば躊躇もしたであろうな。」
金色の将軍レオナール・マティスとヴァイセン滅亡時は幼子であったが今はファーネス最強・・・いや、大陸最強の武人となった漆黒の王子シャルル・ド・ヴァロワはファーネス王家転覆計画を実行に移そうとしていた
事の起こりは18年前のヴァイセン攻略作戦に遡る
あの時、ヴァイセンを滅ぼした光はファーネス王アンリが重用する得体の知れない魔導師の放った魔法である
その時より18年、あの光に魅せられたアンリはさらに魔導師を重用し、貴族議会を無視するようになった
それどころか己の意向に逆らう貴族があれば魔導師に命じて暗殺をし、誰の意見も聞かなくなってしまったのだった
レオナールは思う
この不幸な身の上を背負った若者は鉄の意思を持って政道を糺そうとしている
だが本当にそれでいいのだろうか
家族を手にかけたという重い十字架をこの若者に背負わせていいものか
シャルルは王子でありながら王位継承権を放棄していた
アンリが手をつけた女官を母に持ち、嫉妬深い正妻である王妃に母を言葉にするのも嫌になるほど残忍な方法で処刑された事からシャルルの不幸は始まる
母を失いはしたものの、子をも処刑せよという王妃の命に側近らが断固として反対した
理由は王家に男児が居ない事であった
妾腹とは言え男児であれば王位にすえる事は可能だ
もしも男児が居なければ公爵家などが王位継承権を持ち出して宮廷が乱れる事は間違いない
それならばこの際妾腹であろうとも傀儡として王位につけてしまえばいい
そう説かれてやむを得ず処刑は断念した
しかし憎しみの炎というものは炭火のようなもので炎を上げずとも熱が下がる事はない
事あるごとにシャルルにつらく当たり、まだ幼いシャルルを死地という死地全てに参戦させた
戦死であれば議会も文句は言えまい、王妃はそう考えたのだった
だがシャルルはその死地全てから生還し、歳を重ねるごとに武人としての才を光らせていく
不思議とシャルルには人を惹きつける力があった
物怖じせず何事もおおらかに受け止める性格の為であろう
王家にありながら王家からその扱いを受けずに育ったため、市井の者とも気軽に話した
レオナールの手柄とは言え幼き頃より破格の軍功に従軍し、今では大陸最強の名を持ち、王族でありながら市民とも気兼ねなく話す
その為、市民から圧倒的な人気があったのだ
シャルルが7つの時に王妃は男児を産む
その時、子供のながらに自分の立場を良く知っていたシャルルは王位継承権を放棄し、軍属となってファーネスの民を守る為に生きる事を決めた
それは宮廷からひどい仕打ちを受けた彼が行き場をなくした時にただ暖かく迎えてくれた民への恩返しでもあった
「なぁレオナール・・・」
「なんでしょうか?」
「此度の乱・・・市井に被害は出まいか?」
「最小限にとどめる策を用いまするが確約は出来ませぬ。」
「・・・で、あるか・・・俺が神速で王家を捕らえてしまえばそれでカタがつくよな?」
「おそらくは・・・しかし魔導師がおりますれば・・・・」
「いかなる反撃があるとも知れん、と言いたいのだな?」
「は、最悪の場合はこの首都パリスが吹き飛ぶ事も充分に想定されます。」
「ヤツの居場所はわからんのか?」
「人間離れした者ですからな、王とて居場所を把握してはおりますまい。」
水面下で進めた革命作戦も魔導師1人によってひっくり返される可能性があった
それほどに圧倒的な力を持った者がなぜいち王家などに仕えるのかシャルルにもレオナールにも理解は出来なかったが脅威であることは間違いない
魔導師を排除したいのはやまやまだがその魔導師の居所がようとして知れなかった
その為、王家を先に捕らえて議会による裁判にかけることを先決とした
作戦は白昼堂々と行われた
錬兵を装い、宮廷から歩いて15分も離れていない兵舎へ王家を招いたのだ
漆黒の王子シャルルが率いる騎士団『ノアールダンフェール』
ファーネス最強の騎士団を慰問するという名目で王家が揃って兵舎へ訪れたのだ
これには当然の事ながらレオナールは勿論の事、議会の最高責任者ブランシュ・アダン女史も関わっている
ブランシュが主に王家の行動予定を決めるので彼女を抱きこまねば計画は進めようが無かった
ブランシュ・アダンは若くして父の職である議長を引き継ぎ、その才覚でファーネス議会を先代以上に強固にまとめ上げた人物で現在は28歳になる
まだまだ若いのだがファーネスでは屈指の策士として軍にもその知恵を貸している
シャルルにとっては姉のような存在であった
「ブラン、すまんな・・・あんたも多分歴史上最悪の汚名を着る事になる。」
「シャルル、私はそれほど愚かですか?あなた方が汚名を着ようとも私だけは汚名を着ずに済む次善策はすでに講じてありますよ。」
ブランシュは笑顔でそう述べた
プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、白く透き通った肌に通った鼻梁、文句のつけようがない美人だ
ただ一点、性格の意地悪さを除けば完璧な女性なのだが・・・といつもシャルルは思う
「ならば安心だな。」
「あらあら、冗談ですよ。
死なばもろとも・・・と言うよりこの策を仕損じる事はありませんから次善策などありません。
私に汚名を着せたくないのなら頑張ってくださいね、シャルル。」
輝くような笑みで強烈なプレッシャーをかけてくる
実に意地悪な人だとシャルルは思った
「さて・・・そろそろ動いてもよろしいのではないですか?」
ブランシュの言葉でシャルルが特別な合図を兵たちに送った
「うん?見た事のない合図だな。
なんぞ新しい陣形でも編み出したか?」
アンリ王がシャルルに向かって問う
「いえ、新しい陣形ではありません。
新しいファーネスを生み出す陣形とでも申しましょうか・・・」
「何?」
ノアールダンフェールがシャルルの合図で王族を囲む
「父上、これは私による反逆に御座います。
何卒大人しく縛につかれてください、さもなくばこの場にて裁き無く死んでいただくより他ありませぬ。」
「な・・・シャルル!そなた自分の言う事がわかっておるのか!?」
「母上・・・いや、シャンタル・ド・マディシアス
覚悟めされ、貴殿らが行いし専横・・・もはや見過ごす事は出来ぬ。
大人しく断罪の時を待つが良い。」
「おのれ・・・やはり鬼子は所詮鬼子か!幾たび戦場に出ようと決して死なぬその不死身の身体!
よもや人に非ずと思うたが親まで手にかけるか!!」
「そのように育てたのはシャンタル、貴女でありましょう?
幼少の頃より死地という死地の全てに放り出されれば誰でも私程度には使えるようになりますよ。
それに私の親は貴女に殺された母一人です、勿論これは私の復讐ではござらん。
復讐であるならとうに斬り殺しておりまするが議会を無視し、国を専横し続け国庫を枯れさせるだけの王家によもや存在の意義はありませぬ。
戦に勝つだけが王家の勤めでは御座いませぬ、ましてや得体の知れぬ者の力を借りただけの勝利では尚の事・・・
罵詈雑言はギロチン台の上で遠慮なく吐かれるが良い・・・この者らを獄へ連れて行け。」
「シャルル、詰めが甘いな・・・
余には魔導師ファビオラがいる事を忘れてはおらぬか?」
アンリは薄い笑いを浮かべながらシャルルに言った
瘴気をはらむような物言いであった
「アンリ王、例えファビオラとてパリス・・・いやファーネス全土を吹き飛ばさない限り我々に勝つことはかないませぬよ。
つまり・・・ファーネスの国民全てが王たる貴方に背いた事になります。
そのような恫喝よりも己が愚考を省みる心が貴方には必要でしたな・・・我が父と思えば残念でなりませぬ。」
兵がアンリ王、シャンタル王妃を連れて行った
弟と妹を兵が連れていこうとした時、シャルルがそれを制した
「この2人に罪は無い、議会としても裁きかねるであろうしな。
俺が話すので放っておいて構わん。」
「は、では宮廷の方で後の処理をして参ります。」
「うん、よろしく頼む。」
ノアールダンフェールを見送ってシャルル、ブランシュの二人は王子と王女に向き直った
「・・・リシャール、シャルロット、済まない。」
「兄上・・・これは・・・何かの演劇ですか?」
シャルロットが未だに状況を掴めぬ顔で問う
「いや、残念ながらまことの反逆だ・・・お前たちは身分を失う事になるかも知れん。
だが安心していい、俺が必ず守る。」
「兄貴・・・俺は良くわからんけど、市民の間の話は知ってたんだ。
親父とお袋が議会を無視しているからいつかこういう日が来る・・・みたいな噂があった。
だがまさか兄貴がやるとは思いもしなかったよ。」
「俺もそうだ・・・だがな、もし俺がやらなければ王家そのものが滅んだだろう。
お前ももう大きくなった、わかるだろう?名目だけとは言え王家の俺が首謀者たらねば累はお前たち2人にも及ぶ。
俺はあの狡猾なだけの冷血女を母と思ったことも無ければあの気弱で脆弱なだけの者が力だけ手にしてしまったような男も父とは思っておらん・・・だがお前たち2人は真に俺の弟妹だ。
殺させるわけにはいかん。」
リシャールは今年で14歳になる
父母に似ず兄の後ろばかりついて歩いたせいか子供のくせに妙に武張った考え方をするようになってしまった
「まぁ・・・俺たちも正直な話、親父らにはついていけねぇ所があったしな。
王家に生まれた以上こういう事もあろうかと覚悟はしていたからいいさ、なぁロッテ?」
「ええ、けど・・・姉さんはそうはいかないのではなくて?
あの方は・・・母上にそっくりでしたから・・・物の見方や受け方がね。」
シャルロットは不安顔で呟いた
シャルロットはリシャールと双子だが性格はほぼ真逆である
何事も整然と考え、猪突猛進のリシャールと正反対に考えを滅多に口にしない
その彼女が不安を表に出すという事は誰が見ても危惧される事態であるという事だ
「ああ・・・イザベル姉さんか・・・
確かにあの人は少々厄介だな。
ブラン、どう思う?」
シャルルは遠い目をしながらブランシュに答えを委ねた
「・・・貴方の考えている通りになると思いますよ。
この知らせがスカーティアに入った瞬間からあちらは侵攻の体勢を取るでしょう。
むしろスカーティアにはいい口実でしょうからねぇ・・・ファーネスの雌狼イザベルその人が指揮を執ることも充分にありえます。」
「そういう事になるか・・・結局一族で血を流すのは避けられんな。
リシャール、シャルロット、お前たちはどうする?俺はお前たちの父母の仇になるが・・・」
その言葉を聞いて暫く考えていたシャルロットが重い口を開く
「兄上、私は兄上の行動を義挙と見ます。
私がもしも兄上の立場にあれば同じようにしたでしょう。
兄上がやらねば恐らくは別な誰かが起こした行動でしょうし、そうなれば私もリシャールもギロチンの露となったでしょうからね・・・
命の恩人と思いこそすれ仇などとは思いませぬ、父母の専横は私たちから見ても目に余るものでしたので・・・」
大人びた物言いだがあの父母を持てばこのような考え方をしないと生きてこれなかったのかも知れない
自分自身もそうであったように弟妹も同じく常に死地に追いやられていたようなものだ
父母のなす行為のひとつひとつが彼らの未来を摘んでしまっていたのだ
その度に達観してこなければ生き抜く事が出来なかったのかも知れない
シャルルはまだ幼さの残る弟妹を見て泣きたい気持ちになった
「兄貴、俺は・・・難しい事はわかんねーけど親父やお袋が親ってのはわかる。
けどよ、俺をこうやって育ててくれたのは兄貴だ。
悪い事をすりゃ叱られ、いい事をすりゃ褒めてくれたのも兄貴だ。
どっちを取るべきかってのはわかんねぇがどっちが正しいかってのはわかる、兄貴だ。
王族とかそういう身分はいらねぇ、親を奪ったって負い目があるなら俺たちの面倒はこれからもよろしく頼むよ。」
リシャールは笑いながらそう言った
やんちゃな弟なりに必死に考えた言葉である
何よりそれがシャルルの心に響いた
「そうか・・・今までのような贅沢をさせてはやれんが・・・俺と共に来い。
王族とはその身分が失われようと国の礎となるものだと皆に見せてやろう。」
シャルルは泣いた
親の仇、自分への仕打ちの復讐、民を苦しめる暴政の排除・・・
数多の『理由』が自分を突き動かした義挙
いや、義挙なんかじゃない
単なる復讐でしかなく、義挙は取ってつけた言い訳だ
だが剣は振り下ろされた
もう退く事は出来ない
例えその先にどんな悲劇があろうと力でねじ伏せていくしかないのだ
弟妹を巻き込み、姉と雌雄を決する事になろうとも・・・