「貴様・・・そのような最もらしい事を述べておるが怯懦にも分の悪い戦から逃げおおせようと言う腹づもりであろう?


好きに致せ、俺は逃げぬ!貴様のような変節漢に用はない!失せよ!!」


それが孟達の聞いた劉封の最期の言葉になった。


結局は孟達の予想通り『蜀に韓信は要らぬ』という諸葛亮の考えの上で全ての事は運び、関羽は自軍に見殺しにされる形で戦死し、その責を問われる形で劉封も処された。


これをもって蜀は後嗣阿斗を全面に押し出して盤石の体制を敷いたのだった。



「儂は魏に降った後も劉封へ何度か手紙を出したのだよ


あれはあわれな若造よ、結局蜀の礎となって命まで差し出させられたのだ


関羽殿もまた同じ・・・しかしああなってはかつての漢の二の舞よな


漢中王となられた我が君が漢の過ちと同じ轍をたどるとは皮肉なものだ・・・


狡兎死して良狗煮らるるとはまさにこの事か」


後に孟達は子にこう語った。


かつて漢の始祖劉邦は漢王室を拓いた後に功臣らに強い猜疑心を抱き理不尽な理由で処断していった。


その結果、国は衰退し王室は形骸化して外威が権力をむさぼる腐敗政治を生んでしまったのだった。


特に劉邦が韓信を処断した事と今回の事は似ているように孟達は思えた。


無論、劉備と関羽の関係は劉邦と韓信のそれとは大きく違う。


まず第一に関羽は韓信のような野心家ではないし忠心を持たぬ男でもなかった。


第二に劉備は部下に猜疑心を持つほど器が小さくもなく妻の意見を国事に取り入れるような愚か者でもない。


しかし諸葛亮という存在がそれらを修正してしまうのだ。


劉備の耳に入る前に全てを握りつぶして情報を修正してしまう力が彼にはあった。


諸葛亮の考えは多分正しいだろう。


関羽のような自由軍を指揮する者があり、その自由軍の名声が劉備のそれを上回ればよからぬ企てをする者が出る。


国の内外にそういう敵は数多と増えるだろう。


剛直な関羽であればそれらをものともせぬであろうが関羽がそうであっても彼の部下らはどうであろうか?


剛毅で聡明ではあっても関羽は清廉過ぎて物事の本質を見る力に欠ける。


簡単に言えば大事を前にして清濁併せ呑むという選択が出来ぬ男なのだ。


人間としては大変な好漢ではあるが将軍としては致命的とも言えた。


それ故に足元を掬われやすい・・・そのような者に大軍を預けておくのは国家にとって喉元に刃を突きつけたままにしておくようなものだろう。


しかし劉備の関羽への絶大な信頼を思えば彼の任を解くのは不可能だ。


だとすれば魏と呉の策に乗り関羽を亡き者にしてしまうのが最良ではなかろうか?


おそらく諸葛亮はそのように考えたのだろう。


だがそれでは足りない。


孟達は諸葛亮を確かに鬼謀の人として認めては居るがツメの甘さがいつも気になっていた。


この考えは内政的には国家の安寧の一歩かも知れないが関羽という軍の支柱を失う事で国家そのものが揺らぐという根本に思いが届いていない。


関羽の人物的な弱点が大軍を危険にさらすのならその不足を補う人材を関羽の下へ送れば済む事ではないか・・・孟達はそう思っていた。


そこに思いが届かぬ故に諸葛亮は法正に遠く及ばぬのだ・・・とも。



結局孟達の読みは敵中し、関羽を失った怒りに劉備は我を忘れ国事を放り捨てて仇討ちにのみ力を注いだ。


その結果、劉備の左腕とも言えるもう一人の義弟【張飛】をも失い落胆した劉備もまた病に臥せた。


張飛は暗殺により死したのだがこれにも孟達は疑念を抱いた。


張飛ほどの猛者がそうそう容易く暗殺などされるわけもない。


確かに酒の量が過ぎれば些かハメを外しすぎる男ではあるが容易く暗殺されるほどの間抜けではない、だとすればこれまで生き延びられるはずもないのだ。


ここ数年烈士たる功臣が毎年のように失われていく。


黄忠、馬超など有力な将を失った蜀はどうなるのだろうか?


孟達はそんな事に思いを馳せながら己の最期の時を待っていた。



「孟達殿・・・やはり我が君は貴方の言を信じる事が出来ぬようです」


魏の臣【司馬懿】が孟達の下に訪れ落胆した面持ちでそう告げた。


「やはりそうでありましょうな


一度でも主を変えた者を新たに主となられた方が信じる事は容易い事ではありませぬ


諸葛亮の下らぬ策とは言え時期が良かったのでしょう、あのような手紙があっては私が何を申せども信じる事など出来ますまい」


「しかし・・・我が国に落ち延びた蜀の客将は数あれど貴方ほどに蜀を思うた方はおられませぬ


【徐庶】のように巧く立ち回れば貴方ほどの方ならば重く用いられたでしょうに・・・」


司馬懿が心底残念そうな顔で呟く。


「私にはそのような器用な生き方は出来ませぬよ


徐庶のように赤壁において自分の知りうる情報を元の仲間を大量に殺すと解っていながらべらべらと話してしまうような事は死んでも出来ませぬ


出来ているなら諸葛亮も私を捨て置いたでしょうな


奴めは私がいずれ蜀に戻り、関羽殿や張飛殿らの死について劉備様に私の知る真実を告げることを恐れているのでしょう


それを劉備様が信じるか否かはともかく私はいずれ生きて蜀へ戻ったならこの事を必ず申し上げるつもりでおりました


・・・尤もこんな話を魏の臣たる貴殿に話すのは己の不義理を証明してるようなものですが」


他人事のように呟く孟達を見ながら司馬懿は小声で囁いた。


「お逃げなされ・・・今ならば追っ手をまいて逃げ延びられるやも知れませぬ」


「いや・・・もはや逃げたとて私に赴く場所がござらん


蜀ではおそらくとんでもない変節漢として流言が飛んでいましょう


魏においてもこの有様ですからな


よもや生きて語るべき事がござらぬよ、この上は潔く魏帝より死を賜りましょう」


「しかし・・・それではあまりに・・・」


「良いのです


今となっては私が陛下に事の真実を告げたところでまた新たな国の乱れを生み出すだけでしょう


国の流れは諸葛亮にあります


口惜しい事ではありますが・・・いずれ蜀は貴殿によって滅ぼされるのでしょうなぁ


願わくば何卒阿斗様の事を宜しくお頼み申し上げる


私が蜀に出来る最期の奉公として貴殿に蜀の血筋を遺す約定を頂きたい」


孟達は司馬懿に向き直って深々と頭を下げた。


「気の早い話ですな・・・いや、わかり申した


私の代で成せなくとも我が子々孫々に届くよう子らにも申しつけておきましょう


もしも蜀を落とす時があれば蜀帝は我が一族が必ずやお守り致しましょう


しかし・・・狡兎死して良狗煮らるとは言いますが狡兎狩らずして良狗を煮ては国など立ちゆくはずもないものを・・・」







気が向いたら修正しつつ続きを書きます

歴史とはその時代を彩った事柄が描かれているものだ。


ではその『時代』とは主眼点をどこに置いて描くのか?それは言うまでもなくその時代の勝者である。


故に勝者にとって取るに足らぬ些事はごく簡素にしか描かれることはない。


世の歴史にはひょっとしたら・・・掘り下げれば今日我々が知るものとは全く違った真実があるのではないだろうか?


これはそんな歴史のひとつである。




今は昔、西暦で言うならば228年。


ここ中国では後に三国志と呼ばれる時代が終わろうとしていた。


時代の巨人【曹孟徳】が死に、三国間の均衡は破られつつあった。


そんな中、真夜中の山野にて一人考えに耽る男があった。


後の世に変節漢として大変な不名誉を遺した男、名を孟達と言う。


(何をどこで間違えたものか・・・否、間違えたのではなく何が足りなかったのだろうか?


私は私の信念にそってここまで来た、それはいい


だが後の世に我が名はどのように遺るのだろうか?どうしようもない変節漢か?卑劣で暗愚な策士であろうか?


何れにせよ我が真意まで語られる事はあるまい・・・


だが、それでいい・・・それでいいのだ)




彼の最初の失敗は9年前に遡る。


かの偉大な美髯公【関雲長】が亡くなった時の事だ。


彼の属する蜀の国においては国の元首たる【劉玄徳】の義兄弟ということもあり関羽の名は絶大であった。


誇り高き侠客将軍として上からも下からも敬愛されていた。


彼自身も関羽を敬愛していた一人である。


しかし彼は後世の歴史でこういう評価をされている。


『己が怯懦故に関羽を見殺しにした男』と。


怯懦ゆえに関羽を見殺しにしたわけではないが結果として関羽を救えなかったのは事実である。


関羽が己の城を攻められ窮地に到っている時に孟達は救援の要請を受けた。


しかし彼は救援に赴くことがなかった。


それ故に見殺しにしてしまう結果となったが事実を掘り下げればやむにやまれぬ事情があった。





関羽が窮地に陥っている時、孟達が居た城はつい先日魏の将兵を調略によって籠絡し、それによって無血で領地にしたばかりの城であった。


無論、城の責任者たる申兄弟は納得しているが兵の全てがそうだというわけではない。


当然のことながら蜀の兵と元魏の兵らとの小競り合いもあり一触即発の空気がまだまだあった。


さらに彼の居る城と目と鼻の先には魏の宿将【曹仁】が居ると耳にしていた。


もしほんの少しでも兵をさいて援軍に送れば城内でひと波乱起こるか曹仁がここぞとばかりに攻め入ってせっかく落とした城の旗がまた魏になってしまいかねない。


そのような事態は極力避けねばならない。


後方には劉備の居る本拠がある。


そこには大兵力を温存していた為、そちらから救援が来るまで身動きは取れなかったのだ。


もちろん関羽からの救援要請があった時点で大本営にこちらの事情と状況を説明した手紙を送っている。


しかしその返事は待てど暮らせど来なかった。


「孟達!儂はもう待てぬ!叔父上の救援へ向かうぞ!異存はあるまいな?」


居丈高に突き上げるのは公子【劉封】。


一軍を預けられていてそれなりに実績はあるのだが公子である立場上副官等が極めて優れているため本人の資質に頼らず強い軍を与えられているに過ぎないのだが本人は己の軍の強さを己の強さと思っていた。


さらに己が公子であるという立場を『力一杯』使う種の人物で本来であれば上官であるはずの孟達にもこの口の利きようである。


いかに事情を説明し理解を促そうとも一顧だにしない。


「そのような状況であるなら己が才覚で何とかせよ!貴様の才幹の細さを棚に上げて泣き言ばかり申すでないわ!」


などと自分こそ我が副将であるなら副将らしくしてみせよと言いたくなるようなことを恥ずかしげもなく述べる始末であった。


(確かに彼を巧く使いこなせていないのは我が才覚の至らなさというものか・・・)


ある意味で的を射ているような気がしないでもないと独りごちてしまうほどに劉封は臆面もなくまくしたてていた。


(・・・しかしいつまでたっても成都から救援が来ないのは何故だ?


否、救援が来ないというのはまだしも返事すら来ない


真逆我が君は関羽上将をお見捨てになるおつもりではあるまいか・・・?


義兄弟の関羽上将をお見捨てになるなど我が君のお心根からしてありえぬ話だ


なれば・・・


やはり諸葛亮めが握りつぶしておるか)


救援要請はおそらく成都まで届いていよう。


しかしその要請を丞相たる諸葛亮が握りつぶしている可能性がある。


彼は関羽を疎んじていた。


蜀に韓信は要らぬという持論を持っており、関羽が今現在漢の国で言うところの韓信のように自由な遊軍として存在している事に憂慮していたのだ。


確かにあまりに巨大な兵力を持つ自由軍が国内に存在すれば内乱の種たり得る。


今はまだ劉備が存命であるから関羽も裏切ることはないが劉備が死して後、その嗣子が後嗣となればどうであろうか?


関羽の人物からして孟達には裏切るなど考えるべくもない事だと思っているが諸葛亮の見解は違っていた。


人はほんの一押し、何かのきっかけさえあればどのような状況であれ叛意を具現化してしまうものだ。と思っているらしい。


孟達も同じ考えではある。


(こういう言い方は好まないが「関羽殿に限って・・・」というのが諸葛亮にはわかるまいな)


あの愚直を絵に描いたような御仁にそのような真似は出来るはずがない。と孟達は思っているが初対面の時から関羽とウマの合わなかった諸葛亮ではそこまでの理解は無理であろう。


(関羽殿の事だけではない・・・この劉封とて諸葛亮にとっては後々処分すべき手駒のひとつでしかあるまい


先年お生まれになられた嫡子【阿斗】様の御世の安寧を思えば後禍たり得るのはこの劉封だ


ここで関羽殿を見殺しにした罪を我らに着せてしまえば劉封の処分にも使えるわけか・・・


空恐ろしい事ではあるが彼奴ならばやりかねん・・・たいした知謀は持っておらぬが物事の最短の道を選ぶに躊躇をせぬ男だからな・・・)





大本営からの救援を待つ間、孟達は悩みに悩んだ。


この考えを劉封に言うべきか否か、をだ。


この小生意気な若造の人生がどのような終わり方をしようと私には一切関わりなき事だが戦友と呼べなくもない者を見捨てるのは寝覚めが悪い。


そう考えて結局は劉封に告げることにした。


「劉封殿・・・誠に申し上げにくい事ではありますが・・・


先年お生まれになられた阿斗様と御身をいかにお考えになられますか?」


そう問われた劉封は憮然として言い放った。


「貴様が何を言いたいかはわかる!下衆な奴め!!


儂が阿斗の即位を快く思わぬと決めつけていようが生憎儂は父上の後嗣たらんとは思うておらぬわ


あくまで武人として阿斗を守る、それが我が人生よ」


やはり事の本質が見えていない。


愚鈍というよりはもはや哀れなほどに己がわからぬ餓鬼なのだ。


孟達はその言葉を聞いて哀れみを隠しながら事の本質について述べた。


「そうではありませぬ


良いですか?我が君や私が阿斗様と劉封殿の関係をどう見ようがさほど意味はございますまい


問題は劉封様をかついで阿斗様を亡き者にせんとする者が出る可能性がある、という一点にございます」


劉封は何を馬鹿なことをという表情で言う


「そのような者がおるとは聞き及んでおらぬ


その方の邪推にすぎまい?よしんば居たとしても儂に話を持ってきた時点で叩っ斬ってくれるわ」


やはり全くわかっていないようだった。


『可能性』という言葉が将来においてという意である事すらわかっておらず劉備や孟達がどのように見るかでなく大衆がどう見るかという相違に問題の不協和音が生じるのだという事も理解出来ていないようだった。


「良いですか?私が申しているのは後々の話でございます


それに御身がその企てに参加せずとも・・・例えばですが水面下で進められた策謀だとして劉封殿の預かり知らぬ事であっても御名がその策に使われておったならばその責を問う形で御身が処断される事もあるという話をしているのです


そして今・・・十中八九その災禍の種を刈り取る為の初動が行われているように存じます


私は魏に落ち延びます


劉封殿も何卒私と共にお逃げ下され


さもなくば近い将来必ずや諸葛亮めが御身を処断しようといたしますぞ」




{続きは後日}

皆さん、ご機嫌いかがですか?

まずは自己紹介をさせて頂きます。

私はこの屋敷の執事をつとめるマッケランと申します。

当年とって65歳、妻とは先年死別致しました。

え?フルネームですか?

オーウェン・マッケラン、それが私のフルネームで御座います。

平民生まれの平民育ちゆえ洗礼名などは御座いません。

元は庭師で御座いましたが先代のご主人様に可愛がって頂き、今では5人居る執事の長をつとめさせて頂いております。


私の事よりも本来であれば先に紹介せねばならないのがこの屋敷の主人。

ですが話の順序とテンポを考えますと私の自己紹介を先に済ませた方が無難か、と思いまして順序が逆となりました。

何事もテンポが大事ですからな。

いやいや、失礼、話がそれました。

この屋敷のご主人様をご紹介致しましょう。


彼女の名はカトリーヌ・ド・ナヴァール伯爵夫人でございます。

お歳は女ざかりの31.

主人ならば男性ではないのか?とお思いでしょう。

カトリーヌ様の夫セルジュ・ド・ナヴァール様は5年前に戦でお亡くなりあそばされました。

あの時のカトリーヌ様のお嘆きようといったら・・・見ている者まで食が通らなくなるほどで御座いました。

ですがやっと今年に入られてからお立ち直りあそばされましてな。

私どもといたしましてもひと安心で御座います。

ただ・・・まだお若いご主人様がいつまでも一人身であらせられるのは些かお寂しいのはなかろうかと私どもは心配しております。

先代には随分目をかけて頂きましたが先代に操を貫かれるにはあまりにお若い・・・




あ・・・ちなみに申し遅れましたが今申し上げた名は全て仮名で御座います。

やはり宮中にお出ましになられる方々の名を軽々と申し上げるわけには参りませぬゆえ・・・

皆様には大変失礼な事と存じますが何卒お許し下さい。





では嘘が嘘を呼び、その嘘で真を見つけた貴婦人の物語をお楽しみ下さいませ。












アレは・・・そうですな、蝶の舞い飛ぶ初夏だったと記憶しております。

奥様・・・いえ、ご主人様が宮中へお出ましになられる日の事で御座いました。

「ご主人様、久方ぶりでございますな、宮中への出仕は。」

私がそう声をおかけしますとご主人様は重い表情で私にこう仰いました。

「ええ・・・あまりに久方ぶりですからどのような顔をしてどなたとお話すればよいのかさっぱりわかりませんわ。

今の宮中でどのような歩き方が流行っているのかもわかりませんし・・・マッケラン、あなたご存知?」

宮中とは奇妙な場所でしてな。

私のような平民からいたしますと奇怪極まりない。

歩き方から髪のかきあげ方まで全てが流行り廃りでございます。

杖の持ち方にまで流行があるのですから驚きで御座いましょう?

息の仕方まであるんじゃないかと本気で思ってしまいます。

「奥さ・・・ご主人様、残念ながらこのマッケランは平民でございます。

宮中のお方の流行はさっぱり・・・」

そう申し上げますとご主人様は残念そうな顔をお見せになって

「そうよね、あなた方から見れば馬鹿げた流行廃りだものねぇ・・・

私にとっても同じなんですけれど一応は抑えておかないとめんどうなのよ・・・

あら、ごめんなさいね、愚痴ばかりで。」

そう仰って遠くを見つめておられました。

まだ旦那様を亡くされた傷が癒えておられなかったのでしょうな。

「ご友人のトレアドール伯爵夫人にお尋ねになられては如何でしょうか?」

ご主人様のご友人、トレアドール伯爵夫人様はご主人様と同い年で幼馴染で御座いました。

よき相談相手でありよき友でありそしてなによりよき悪友で御座います。

「エリスね・・・そうね、彼女なら私も恥をかかずに聞けるわ。

ではマッケラン、使いをやって頂戴。」

私はご主人様のお申し付け通り早速使いを走らせました。

白き盾~はちょっと失敗したかなぁ・・・

今更どうしようもないんだけど巨匠ちっくに書きすぎて話の風呂敷広げすぎちゃった感が強い。

HIPは気が向けば書くからいい。

連環はどうしよう?

現在ある3タイトルはちょっとお休みしようかなぁ・・・

書き出せばそのまま勝手に走っていくんだけど走った先の方向性が見えなくなるから困る。

まぁいいか、気分で書いてるんだし。

うん?ヴィヴィはどうなったのか?

そうじゃな・・・これから話すがお前さん、時にシッサリアという国を知っているかね?

・・・そうか、知らんか

無理もないのぅ

500年前には世界の覇権に王手をかけるほどの国家だったんじゃがな

王家の血族を増やす事で世界を思うがままに操ろうとしておったんじゃよ

愚かな話よのぅ

血縁で世界が治められるのなら誰も苦労はせんわい

そうは思わんかね?

まぁ・・・そのシッサリアにヴィヴィは居たんじゃよ




ファーネスで革命が起きて不遇の王子シャルルが王政から議会制へと国を変えたとの一報が届いたのは真夏の日差しが強い昼間の事であった

「ほぅ・・・あのシャルル王子がね

これでファーネスも落ち着くだろう。」

その一報を聞き、ひげを撫でつけながら大きな青い羽帽子をかぶった赤茶色と真っ白の毛をしたプーカは言った

「しかしどうでしょうね?あの魔導師ファビオラがこのまま黙っているとも思えませんが・・・」

そういったのは灰色の毛のプーカだ

「しかしな、ディータ。

私はファビオラにとって今のファーネスがさほどに魅力的とは思えんのだよ。

見捨ててしまうのではないか、と思っている。

そうなると奴を追うのがまた面倒になるがね。」

青い羽帽子のプーカは目を細めながら遠くを見ている

「また日向ぼっこ?

プーカって日が出てると日向ぼっこするんだなぁ・・・」

白い甲冑を着こんだ女が二人を見て溜息混じりに言った

「すまんね、私たちももう若くはないのだよ。

いささか強行軍が体に堪えたので休んでいる所さ。」

「やれやれ・・・これがあの青き死神アルフォンス・フェルゲンバウアーだと知ったら敵さんガッカリだよ。」

青い羽帽子のプーカはアルフォンス・フェルゲンバウアーといい十数年前には大陸最強の武人と謳われた男である

「今では青き死神は風化したカビ臭い御伽噺でしかないだろう。

旬の英雄譚ならシッサリアの白き戦乙女ヴィクトワール・ヴィエンじゃないかね?」

「私の話が英雄譚になるならアルの話はまだ風化なんかしてないでしょ。」

白い甲冑に身を包んだ女はヴィクトワール・ヴィエン

数年前まではティーゲルリッターの中核として各地を転戦し、貧しい村々を山賊の類から救い歩いた

特に4年前に起きたアバランシュの戦いにおいては戦地になった村に取り残されたたった3人の子供を救うためにアーヴァロン軍1000を相手にたった30人で勝利を得た事から『アバランシュの聖女』とまで呼ばれている

「で、どうだったね?」

「うーん・・・あんまりいい状況とは言えないね

敵さんもここまで来ると躍起だよ

ゴブリンやらコボルドやらを引き連れて砦に立て篭もってる。」

ディータが不思議そうな顔をして聞いた

「なぜこんなところにゴブリンやコボルドが居るんだ?

奴らなんか飼いならせるとは思えないが・・・」

「お目当てが砦に鎮座してるからよ。」

アルの顔色が変わった

「・・・ファビオラがいるのか?」

その質問にヴィヴィは頷いた

「ついに・・・ヤツを見つけたか・・・」

歓喜と狂気の入り混じった複雑な表情を浮かべてアルが立ち上がる

それをヴィヴィが制止した

「待って・・・

まともに行けば勝ち目は無いわ。

十中八九負ける。

魔法であっという間よ。」

それを聞いてアルが苛立ったように言う

「ではどうしろというのだ?」

「ヤツの魔法を無効化までは出来なくとも逸らす事は出来ると思うの。

魔法ってホラ・・・銀に吸い寄せられるじゃない?

だから・・・」

それを聞いてディータが力強く頷いた

「なるほど・・・俺の出番って事だな。」

「そう、任せたわ。」



今、ティーゲルリッターはシッサリアに雇われていた

シッサリアはアーヴァロンと戦をしており、正規軍はアーヴァロン戦にすべて回して国内の治安維持に傭兵を使うという思い切った作戦を行っている

ティーゲルリッターはシッサリア北方のジェノアという都市に来ていた

そこを荒らしまわるゴブリンやコボルドといった蛮族を駆逐するのが役目だ

今回はジェノアの東に位置するピサロ砦に立て篭もった蛮族を討伐に来ている

無論、そこにアルの生涯の仇である魔導師ファビオラが潜んでいるという情報を得たからであった



作戦は真昼間に行われた

夜ではプーカの目が利くとはいえコボルドやゴブリンと条件は同じ

昼なら夜行性の彼らよりこちらに分があると踏んだヴィヴィの発案であった

彼女は人間なので彼女にとってもその方が都合がいい

ディータは神箭手と呼ばれるほどの弓の名手であった

そのディータ率いる弓手隊が銀の矢を砦のそこかしこに射込む

その音で寝入り鼻を叩きこされたゴブリンとコボルドたちが混乱し、砦から外に出てくる

それを見計らって騎馬隊が一気に突入する

あわてふためいたゴブリンとコボルドは四散して逃げていく

頭数だけならティーゲルリッターの方が圧倒的に不利なのだが寝ぼけた頭でこんな状況になれば無理も無い

そもそもファビオラに集められただけの烏合の衆なので団結などあるはずもなかった


砦に突入し、ファビオラを探す

激しい抵抗があるかと思っていたがファビオラは意外にもあっさりと見つかった


「ファビオラ・・・貴様の顔を見るのは初めてだが今日この日を一日千秋の思いで待ち焦がれたぞ。」


アルが感慨深い表情でファビオラを見つめる

ファビオラと思われる人物はアルを一瞥し、穏やかな声でこう言った


「私は貴方を知りませんが・・・どういう御用でしょうか?

少なくとも一緒にお茶を飲もうという雰囲気では無いようですけど。」


ファビオラは思ったより若かった

大魔導師と聞いて老人を連想していたのだがフォーモリアと呼ばれる金色の髪をしたとがり耳の種族でとても長命らしいので実際の年齢はわからない

こうして見る分には人間年齢でいうところの20代後半くらいにしか見えなかった

女性とも男性とも付かぬ美しい容姿で飄然としたその姿は見るものの心を奪った


「ファーネスに付き従いファンベルグを吹き飛ばした事・・・忘れたとは言わせぬ・・・その命を以って贖って貰おう!」


アルは大鎌を構えて詰め寄った


「お待ちなさい。

言って信じるかどうかは貴方の自由ですがアレは私ではありませんよ?」


「なんだと?この期に及んで戯言を・・・」


「私にあれほどの魔力があるならこんな所に居るはずがないでしょう?

何かしらの方法で逃げていますよ。」


そう言われてみればそうだ、とヴィヴィもディータもアルまでもが納得した


「アレが貴様でないなら誰の仕業だと言うのだ!?」


「誰・・・と言われましても・・・

私はあの件の直前にファーネスを出奔していて実情を知らないのですよ。」


今まで黙って聞いていたヴィヴィが間に入る


「では・・・話して頂けぬだろうか?

あの日、何があったのかを。」


ファビオラは二人のプーカを眺めてなるほどと得心したように頷いた


「あなたがたお二人はあの事件で国と家族を失ったのですね?」


「そうだ・・・何もかも失った。」


アルが思い出すのも辛そうに言った


「ではあなたがたには聞く権利がありますね。

お話しましょう・・・少し長くなりますが・・・」


「頼む・・・」


アルは大鎌を魔法玉にしまい込むと砦のファビオラの部屋にある椅子に腰掛けた


それを見て二人も椅子を見つけて腰を落とす




「アレは・・・あの光は私も見たのです。

あの状況を予想していたから私はファーネスを離れました。」


ファビオラは遠くを見る目で話し出した


「今から20年ほど前になりましょうか・・・私はその頃ファーネスの宮廷魔導師としてファーネス王に仕えておりました。

宮廷魔導師とは言っても戦争に直接関わるような事はせず、主に内政面で井戸掘りだとか鉄の精錬だとかに魔法の力をお貸しするという立場でそこにいたのです。

フォーモリアには掟がありましてね・・・ご存知かも知れませんが・・・」


アルフォンスが口を開く


「戦に魔法の力を貸してはいけない。

魔法の力を戦に使わせてはいけない。

確かそうだったな。」


それに無言で頷くとファビオラは続けた


「ですから私は掟に従って内政に力をお貸ししていたのです。

・・・がある時、ファーネス王がこんな力ではなく戦に使える力は無いのか?と私に詰め寄りました。

私の答え方が良くなかったのでしょうね、今思えば・・・ですが。

そういった力は存在するが私はその力を持っていない、どうしてもその力を得たいのなら闇の手と呼ばれる者達に接触してはどうか?と答えたのです。」


ディータが目を丸くした


「闇の手!?アレって実在するのか?」


「ええ・・・残念ながら御伽噺じゃなく実在する結社です。

恥ずかしながら我が種族にありながら我らの掟を守らぬ輩がやっているようでしてね。

それから数ヶ月してからでしょうか・・・明らかに陛下のご様子が変わられたのは・・・

臆病な方だったのですが妙に強気というか・・・アクの強い方になられ、人の命をなんとも思わぬ振る舞いをするようになってしまわれました。

私に隠しておいでだったようですが多分闇の手を契約を結んだのでしょう。

日に日に残虐になっていく陛下にお仕えする事が苦しくなって私は出奔いたしました。

その数日後です、あのファンベルグの大破壊があったのは。」


「しかし・・・闇の手にしてもアレほど強大な魔力を持った者がいるのか?」


アルが聞く


「いえ、アレは少なくともヒトの業ではありません。

何かを召喚したのだと思います。

それも精霊などではなく・・・魔王と呼べる次元の者を・・・

というよりは・・・私の推測に過ぎませんがファーネス王の中にとりついてしまったのではないか?と思っています。」


「バカな・・・だったらシャルル王子の革命など成功しようはずもなかろう?」


アルがそんな事はありえないという表情を浮かべて言った


「いえ、おそらく・・・ですが・・・

陛下の意思と混在しているのではないか、と考えています。

まだ魔の者が本調子じゃないのではないだろうか、とね。

それ故に陛下の体を間借りし、時を待っているのではないだろうか?と思うんです。」


ヴィヴィが思案をしながら聞く


「思い当たることがあるのですね?」


「ええ・・・いくつか符合してしまう話を知っています。

もし私の想像が正しければ・・・早くなんとかしないと大変な事になってしまうでしょう。」


ディータが溜息をつきながらつぶやいた


「なんだか大変な事になってきたなぁ・・・」

さて・・・ファーネスか・・・

漆黒の王子シャルルの英雄譚は有名じゃがその姉については意外に知られておらぬ

いや、ファーネスの雌狼はわりと有名じゃがシャルルの姉である事が実は知られておらぬな

それにじゃ、雌狼という異名のせいかのぅ

後世の物語では大抵計算高い狡猾なだけの敵役として描かれる事が多いんじゃが後世の物語ほどいい加減なものもないんじゃよ

異名のイメージだけで決めよる

しかしの、ヒトは死ぬまで成長するもんじゃ

狡猾な策士がヒトの心を理解出来るようになったらどうなると思う?

あわてなさんな、今から話してやるからのぅ





「ほう・・・シャルルが・・・

あの気の優しい弟が随分と思い切った事をしたものだ

・・・だがこれでスカーティアの版図拡大がやりやすくなった

父上よりは軍力が上がるであろうがファビオラとあの弟がうまく折り合うとは思えぬ

父上の復権を口上に軍事介入が可能となった

ファビオラが居なければファーネスなどアーヴァロンに比べたら赤子の手をひねるようなものだ。」


端整な美貌の貴婦人が鎧を着込んだ男に向って言った

気品のある微笑を浮かべたその表情はなんともいえない美しさであった

容姿の美しさだけでなく溢れる知性が顔立ちにも表れており、まさに『怜悧』とは彼女の為にあるような形容であろう

彼女の名はイザベル・ド・ヴァロワ

ファーネス王家の息女であり、今はスカーティア大公ギュスターヴの后でもある

無骨なギュスターヴの傍にあってその軍政の全てを取り仕切っている


「しかしイザベルよ

そなたの実の弟妹のリシャールとシャルロットがファーネスにおる

人質として使われてはこちらの大義が薄くなるのではないか?」


表情を曇らせて話す甲冑の大男がギュスターヴだ

顔中ひげもじゃでおよそ大公とは思えぬ容貌ではあるが快活で豪放磊落なその性格は民に好まれていた

ただ駆け引きなどがどうしても巧く出来ず直情型な性格が災いして本人の意図と違うところで批判を受ける事が多かった

残忍極まりない蛮族大公と思われる事もしばしばだ

本人は戦場でこそ鬼神と異名を取るがいたって根は温厚で穏健である

しかし戦であれば兵の末端まで目が届かぬ事も往々にしてあるため、末端のした暴挙もやはり大公の名の下に、という事にされてしまう

イザベルと結婚してからはイザベルが兵の末端にまで徹底して軍規を叩き込んだ為、そのような事も無くなりつつあった


「よいか?ギュスターヴ

わが弟はな、気が優しすぎるのだ

私がアレならばとうに母など100回は殺しておる

だが弟妹や私の事を慮って決してその剣を振り上げる事はしなかった

好ましき男ではあるがそこがアレの限界よ

よもや人質などという手は思いつきもするまい

・・・まぁ議会の連中が使いそうなものだが此度の革命の中心がシャルルである限りはそれをさせる事はあるまい

レオナールもいるしな。」


イザベルのこの尊大な口調は昔からであった

幼少の頃に法皇と謁見した際にも同じ口調で話した為、母親のシャンタルにこっぴどく叱られたのだが未だその癖は治る様子が無い

本人も気にしておらず治す気がないらしい


「うーむ・・・って事はだ

その好漢とやりあう事になるのか・・・

天下取りってのはせつねぇなぁ、そういうイイヤツとは俺、あんまりやりたくねぇんだよな。」


「たわけが、何を申すか

良いヤツであろうが悪いヤツであろうが目指す版図内の王位継承者は全て喰わねば天下など取れぬぞ。」


「だよなぁ・・・まぁ事の運びようによっちゃ俺の家臣になってくれる事もあるよな?」


ギュスターヴのその言葉にイザベルは暫く間をおいて中空を眺めた


「アレが父上以外の者を王として戴くとは思えぬが・・・そこは私の舌の出番であろうな

私とて使える手駒は極力失いたくない

ファーネスを手中に入れたならば父の復権をした後、即座にリシャールを戴冠させて軍務の一切はシャルルに仕切らせるつもりだ

アーヴァロンとやりあうなら漆黒の不死身将軍シャルルが必須だからな

それに・・・私とて弟を殺すのはさすがに忍びないと思うておる。」


「お前のそういうところ好きだよ。」


ギュスターヴの率直な一言にイザベルは顔を真っ赤にした


「な・・・何を言い出すのだ!

急にそのような事を申すな!たわけが!」


「いや、だってよ、お前って結構ホラ・・・誤解されやすいだろ?冷血だとかなんとかってさ

でも俺だけは知ってるんだなぁ・・・お前けっこう情にもろいんだよな

ガノスの惨劇なんて言われた大粛清だって裁きの後でお前が泣いてたの知ってるの俺だけだし

いいヤツなのに妙に誤解されんだよな、お前ってさ。」


イザベルが耳まで真っ赤にしてるのを慈しむような表情でギュスターヴは見つめていた


「まぁ・・・顔が良すぎるってのはきっとそういうところで損するもんなんだろうな

俺ぁ良かったよ、こんな野獣顔に生まれて。」


ギュスターヴはそう言うと豪快に笑った


「私にとって貴様は誰より美しい獣だ・・・」


聞こえるか聞こえないかの声でイザベルはそう言った


「ん?なんか言った?」


「なんでもない!

ファーネスへの侵攻準備、怠るで無いぞ!

私は根回しを進めておく!」


「あいよー。」



ガノスの惨劇とはイザベルがギュスターヴと結婚するその日に起きた事件であった

ガノス大聖堂で二人は結婚式を挙げたのだが、そこへスカーティア国教バティス教アースター派を敵視するリンスター派が武装して突入してきた

そして当時の大公・・・ギュスターヴの父アーヴァインと母マグノリア、主だった将校らが虐殺された

ギュスターヴとイザベルはイザベルが直前にその動きを察知して難を逃れた

つまるところ宗教的な争いによる惨劇に見せかけた反大公派の革命であった

しかし公子の后はただのお飾りではなかった

2ヶ月ほどギュスターヴの知人が営む農園に潜伏していたがその間にイザベルはファーネス王家、シッサリア王家、バティス教国法皇らに救援を求め、見事に巻き返しを成功させた

巨大な援軍が一斉に押し寄せたおかげでほぼ無抵抗で敵対勢力は降伏した

ただ法皇に救援を求めたため、反大公派貴族で事件を煽った諸侯とリンスター派に属し事件に関わった者とその家族らが異端審問にかけられて処刑されてしまった

無関係な幼子までが処刑される有様にイザベルは人知れず涙したのだった

しかしそれによって反大公派が一掃された形となった

しかも通常であればこのような弱みを見せての救援要請を出せば当然ファーネスにもシッサリアにも神聖バティス教国にも頭が上がらなくなるのだがそんな事にもならなかった

見事、としか言いようが無い弁舌で窮地を切り抜けた

しかしその有り様があまりにも見事すぎたためイザベルは『ファーネスの雌狼』というあまり有難くない異名をとるようになってしまった



ギュスターヴは侵攻準備に取り掛かるといって駆けていった

こんな夜中に何の準備をするのか・・・気持ちが逸ってまた大失敗をせねばよいが、と思いながらイザベルは夜空を見上げてガノスの惨劇の事を思い出しながら呟いた


「あの頃の私は愚かで思い上がっていた

ギュスターヴ、我が夫よ

貴様があの時私に「法皇まで持ち出せば事はとんでもなく大きくなる、決して望まぬ結果を生むぞ!」と警告したのを無視して法皇を持ち出した

その結果、貴様の言うように何も知らぬ幼子まで火刑に処す有様となった・・・

しかしその後、貴様は私を責めなかった

ただ一言「力ってのは大きければ大きいほど使い方が難しいもんだな」と苦笑いしていたな

その通りだ・・・

二度と同じ轍は踏まぬ

貴様が傍にあればこそ・・・だがな。」


イザベルはシャルルたち兄弟の知らないところで成長していた

ただの狡猾な策士でなく人を省みる事の出来る大政治家になっていたのだった


「そうか、そんなに俺が好きか!」


駆けていったはずのギュスターヴが後ろに居た


「貴様!聞いていたのか!!」


星と月明りだけのテラスで夜目にもわかるくらい真っ赤になってあわてふためきながらイザベルは怒る


「俺もだよ・・・」


照れて頭をかきながらギュスターヴはイザベルを抱き寄せた。

「ふん・・・また付文か・・・あの男色家め、虫唾が走るわ。」

端正な顔にそぐわぬ荒々しい物言いで男は手にした文を破り捨てた

「重綱、そなたまだ小早川に追われておるのか?」

隻眼の男が苦笑いをしながらなだめるように言う

「まったく迷惑な話です・・・ヤツが太閤の縁者でなければヤツの望み通り一突きにしてくれるのですがね

尤もヤツの望みは槍で突かれる事ではありますまいが・・・」

またも顔に似合わぬ粗野な物言いを聞きながら隻眼の男は苦笑いを浮かべた

「そう言うな、あんなものでも今は味方よ

とは言え明日敵になるやも知れぬ戦国の世ではあるがな。」

「その日が待ち遠しゅうござる。」


隻眼の男は戦国の世にこの人ありと知られた奥州の雄、伊達政宗である

そしてその奥州の独眼龍と親しげに話す者の名は片倉重綱といった

慶長二十年の春、時はまさに大阪夏の陣が始まろうとしているその時であった

「・・・重綱、そなた・・・信繁を討てるか?」

政宗は俯いたままそう訊ねた

「殿のご下命とあらば・・・」

それまでの打ち解けた表情を消し、一人前の武士の顔で重綱は答える

政宗の心情を慮ってか必要以上の言葉は発さない

「儂は・・・今でもこの戦に義を見出せん・・・

いや、戦に義などなく、あるのは人死にだけなのはわかっておる

したがせめて多くの将兵の死に手向ける花の如き大義というものを求めてしまう

それがまやかしであっても構わぬ、せめて命を投げ出すに足る言い訳があれば死する者も救われよう

儂にはそれを感じられぬ

故にこの戦で信繁と雌雄を決したいとは思わぬのだ

彼奴とはもっと・・・どちらも退けぬ誇りをかけた戦いをしたかった

・・・景綱が聞けばまた鼻で笑われようがな。」

顔を上げて政宗は続けた

「小十郎・・・いや、今はそなたが小十郎か

景綱の様子はどうか?やはり・・・いかんのか?」

その問いに重綱は暫し悩んで答えた

「親父は・・・多分来年の桜は見る事が無いでしょう

それ故この俺が今ここにおる次第にございます・・・」

「そうであろうと思ったわ

あの戦好きがそう簡単にせがれに任せるわけもない・・・

それであれば親父の存命中に家名を上げて安心して親父が冥土へ往けるようにしてやらねばならぬな?」

「は、親父に智恵では遠く及びませぬが槍働きならば親父に負けぬ自負があります

伊達の名をこの戦で天下に轟かせてご覧に入れまする。」

重綱は軍師肌の父に似ず、武人肌に育った

「うむ・・・頼りにしておるぞ。」

政宗は我が子のように扱ってきたこの男を見ながら頷いた


だが・・・重綱には父のように慕う政宗にも、実の父にも言えぬ秘密があった

それは真田信繁の娘、阿梅に心から惚れている事であり、この戦で彼女を死なせぬよう、彼女の父も死なせぬよう密かに練った策を実行しようとしている事だ


それは政宗と久方ぶりに語った日の夜に実行された

明日は決戦であると誰もが知っており、まさか陣中を抜け出して丸腰の単騎で敵陣に潜入する者がいるなど誰が思おうか?

ましてそれが乱波でなく部将であるなど誰も想像出来まい

それ故に味方にも敵にも油断があった

彼我の目を盗み敵陣最奥の敵大将の下へ重綱はたどりついた

重綱と面識のあった信繁は大層驚き暫し口をあけたままだったという


「重綱・・・まさか投降というわけでもあるまい?我が方が圧倒的に不利ゆえにな

何をしに参った?まさか阿梅に夜這いか?」

歴戦の勇者らしく精悍な顔立ちの男はそう言うと大きな声で笑った

この男こそ真田信繁その人である

重綱は信繁を見るなり平伏した

「何をしておる?儂に用なのか?

儂らは確かに親しき仲ではあるが今は敵味方ぞ?そのくらいの分別はもうついておるはずだ

そなたも三十になったのだしな。」

「その親しき仲に御縋り申し上げる!」

信繁の言葉を遮るように重綱は言った

「推して参って何を言うか・・・相変わらずの猪武者ぶりよのぅ

親父殿もこれでは先が不安であろうよ。」

「これしか思いつきませんでした!」

「何を思いついたと言うのだ?」

煙草盆を取り、長煙管に火を入れて信繁が聞く

「信繁様、どうかお逃げ下さい!俺も殿も・・・親父も今ここで信繁様に死んで欲しくありません!

どうか・・・どうかお逃げ下さい!そして軍を建て直した後こそ雌雄を決しましょう!!」

信繁は煙草の煙をくゆらせたまま微動だにしない

「お願いです・・・何卒お聞き入れ下さい!真田の血を絶やしたくはありませぬ・・・

内府はあなたを恐れております

戦の雌雄が決すれば必ず真田を根絶やしにしましょう、そうなってからでは遅いのです。」

「阿梅を救いたいのだな?」

「・・・左様・・・武人にあるまじき行為であるのは重々承知しております

されど結ばれる事は無くとも我が一生に一度心より惚れた女子が死ぬのをわかっていて何もせぬわけにはいきませぬ

どれほどの汚名を着ようとも俺は・・・阿梅の命を守りたいのです!」

信繁は煙管の火を落とすとまた煙草を丸めて煙管につめた

「ふ・・・お前らしいよ

武名より家名より惚れた女子の命が大事か

・・・それゆえ俺はお前に娘をやらなかった

だが・・・俺がもしもだ

もしも・・・真田信繁でなければそなたに娘を嫁がせたであろうな

娘婿としては望みうる最高の男であろうよ、何よりも娘を大事にしてくれるのだからな・・・

お前も吸え、少しは落ち着くだろう。」

煙管を勧めて信繁は傍らに置いてあった酒を飲む

「しかしだ

俺は残念ながら真田源次郎信繁だ

家名の為、己が武名の為、己が意地の為に愚かにも死出の道から外れられぬ

武人とは滑稽よな

投げ出してしまえば良い事も投げ出す事が出来ぬ

俺は俺のなすべきをなす

お前はお前がすべき事をしろ

戦にあっては俺はお前から見れば敵のもっとも厄介な武将のはずだ

そのような迷いを持ったまま戦場に出れば死ぬるぞ。」

歴戦の勇者は遠くを見る目でそう語った

その言葉に重綱は返す言葉が見つからなかった

「されど・・・」

信繁は続けた

「娘を持つ親父としてはこれ以上に喜ばしい事はない

我が娘を救うために命を賭して敵陣に駆け込んでくるのだからな

武将としては正気の沙汰ではないがただの男としてはお前を尊敬するよ

・・・我が娘の事・・・頼めるか?」

その言葉が意外だったのか重綱は一瞬言葉を失った

一瞬の間の後に

「我が身命に賭けましてお約束致しまする!」

「しかし・・・なんだな

婿殿との酒盛りが最初で最後というのもまた何とも言えぬものだ

今すぐ娘を連れ出しては目立つだろう

暫しここで俺と酒でも飲んでいけ。」

「は、ありがたく・・・

しかし・・・信繁様は・・・」

信繁は悪戯な顔で笑って重綱の言葉を遮る

「義父殿・・・ではないのかね?婿殿」

重綱はその言葉に困ったような表情を浮かべながら言う

「そ、そうでありましたな

義父殿は・・・やはり落ち延びられぬのですか・・・?」

信繁はまた遠くを眺める目をしながら

「婿殿、俺は自分の意地を貫く為に何人の将兵の命を潰してきただろうか?

それが敵であれ味方であれ・・・な

今更俺が退けば彼らの死は何の意味も持たぬよ

俺は死ぬまで意地を貫くさ

太閤へのつまらぬ義理立てと笑われても構わぬ

俺を我が子として扱ってくれた太閤を俺が裏切れば・・・小早川の青びょうたんと並んで話されてしまう

ここへきて俺が秀頼様を見捨てても多分世間はやむなしと言うかも知れぬ

だが俺の心がそれを許さんのだ

わかってくれとは言わぬ

だがそれがお前の義父殿なのだよ。」

重綱は信繁を見ながら低い声で言う

「つまらぬ・・・」

「そうだろ?俺もそう思う。」

信繁はそういうとまた大笑いした

「何故・・・というのはもうやめるよ

しゃっちょこばって話すのもやめる

義父殿と会えるのは間違いなくこれが最後になるってのがわかったしな・・・

だから俺も普段通りの俺で話すよ。」

信繁は微笑みながら

「そうだ、それでいい・・・

誰ぞ、阿梅を呼べ!」

信繁が阿梅を呼ぶと信繁に似た線の細い、しかし芯に強いものを持っている繊細な顔立ちの女が入ってきた

「父上、なにか・・・

・・・重綱様・・・・なぜ・・・ここに・・・?」

阿梅は信じられないという表情で重綱を眺め、すぐに涙を流した

「お会いしとうございました・・・

いえ、人の妻になった私がこのような事を申すのは言語道断なのかも知れませぬが私にとって今日は最期の夜、誰がどういおうと正直に申し上げます・・・

心よりお会いしとうございました・・・」

「相変わらず良く泣く女子だの。」

重綱の軽口に阿梅は泣き笑いを浮かべ

「重綱様がいけないのですよ?」

と軽口で返す

「やれやれ・・・お前ら親父の前だって忘れてないか?」

信繁がため息混じりに言った

「阿梅、一門の女子供を起こせ

旅の準備を整えるのだ。」

阿梅は父の言っている事の意味がわからず怪訝な表情で訊ねる

「父上・・・?

では落ち延びられるのですか?」

「たわけ、俺は真田信繁ぞ?

敵が何万いようが退く事は無いわ

しかしそなたらは落ちよ

この重綱がそなたを娶ってくれるそうだ

佳人を失っておるのだ、もはや何の憂いもあるまい

そのまま添え、そして重綱の下で思うように生きよ

父の最期の言葉だ。」

阿梅は言葉を失った

父が共に来ずにここで死を覚悟している

自分はどうしていいかわからない

父を見捨ててここから逃げる事など出来ようはずもなく、かといって幼き日より心から愛した男と添える喜びも捨てたくない

それを見越した信繁が

「良いか?良く聞け

この男、片倉重綱は敵将ぞ?

その敵将が惚れた女子の命を救う為に敵にあって最も味方を殺している男の下へ参ったのだ

見上げたものではないか

それに応えるのも人の道よ

だが俺はそれに応えたくとも後に退けぬ

せめてそなたらだけでも婿殿に託すのが俺なりの義理を通すという事だ

・・・婿殿

我が家臣らも連れて行ってはくれまいか?

政宗には俺から書を認めよう

彼奴ならばわかってくれるはずだ。」


結局ヴィヴィはリールと会えなんだ

その後もティーゲルリッターと行動を共にしながら各地でリールを探し続けたんじゃがな

神出鬼没の盗賊団ヴェールギャランが東に出たと聞けば東へ、西へ出たと聞けば西へ

しかしの、さすがに神出鬼没だけあって噂を聞きつけて駆けつけたのでは彼らの去った後しか見ることはできなんだのじゃ

そうこうしてるうちにも歳月というものは容赦なく流れていく

無慈悲なほどにのぅ

さて、今日はシャルル王子について少し話そうかの

うん?ヴィヴィはどうした?

ホホ、そう慌てなさんな

まだ彼女の事は後で話そう

今はファーネス全土を震撼させた反逆の貴公子シャルルについて知るが良い




ヴァイセンが滅んで18年が過ぎた

幼子であったシャルルはもう21歳になっていた

「レオナール、首尾はどうか?」

漆黒の鎧を身に纏った白面の青年が問う

「は、万事滞りなく・・・」

「左様か、なればファーネスの栄華も今宵限りだな。」

「しかし本当によろしいのですか?」

「何がだ?」

「いえ・・・お父上、母上、ご兄弟もろとも・・・このような・・・」

「貴様もそうすべきと思えばこそこの俺に従うのではないか?」

「ええ・・・ですが、王子におかれましてはご家族を裁く事になりましょう?」

「家族・・・か、俺が当たり前に家族として育てられていれば躊躇もしたであろうな。」

金色の将軍レオナール・マティスとヴァイセン滅亡時は幼子であったが今はファーネス最強・・・いや、大陸最強の武人となった漆黒の王子シャルル・ド・ヴァロワはファーネス王家転覆計画を実行に移そうとしていた


事の起こりは18年前のヴァイセン攻略作戦に遡る

あの時、ヴァイセンを滅ぼした光はファーネス王アンリが重用する得体の知れない魔導師の放った魔法である

その時より18年、あの光に魅せられたアンリはさらに魔導師を重用し、貴族議会を無視するようになった

それどころか己の意向に逆らう貴族があれば魔導師に命じて暗殺をし、誰の意見も聞かなくなってしまったのだった


レオナールは思う

この不幸な身の上を背負った若者は鉄の意思を持って政道を糺そうとしている

だが本当にそれでいいのだろうか

家族を手にかけたという重い十字架をこの若者に背負わせていいものか


シャルルは王子でありながら王位継承権を放棄していた

アンリが手をつけた女官を母に持ち、嫉妬深い正妻である王妃に母を言葉にするのも嫌になるほど残忍な方法で処刑された事からシャルルの不幸は始まる

母を失いはしたものの、子をも処刑せよという王妃の命に側近らが断固として反対した

理由は王家に男児が居ない事であった

妾腹とは言え男児であれば王位にすえる事は可能だ

もしも男児が居なければ公爵家などが王位継承権を持ち出して宮廷が乱れる事は間違いない

それならばこの際妾腹であろうとも傀儡として王位につけてしまえばいい

そう説かれてやむを得ず処刑は断念した

しかし憎しみの炎というものは炭火のようなもので炎を上げずとも熱が下がる事はない

事あるごとにシャルルにつらく当たり、まだ幼いシャルルを死地という死地全てに参戦させた

戦死であれば議会も文句は言えまい、王妃はそう考えたのだった

だがシャルルはその死地全てから生還し、歳を重ねるごとに武人としての才を光らせていく

不思議とシャルルには人を惹きつける力があった

物怖じせず何事もおおらかに受け止める性格の為であろう

王家にありながら王家からその扱いを受けずに育ったため、市井の者とも気軽に話した

レオナールの手柄とは言え幼き頃より破格の軍功に従軍し、今では大陸最強の名を持ち、王族でありながら市民とも気兼ねなく話す

その為、市民から圧倒的な人気があったのだ

シャルルが7つの時に王妃は男児を産む

その時、子供のながらに自分の立場を良く知っていたシャルルは王位継承権を放棄し、軍属となってファーネスの民を守る為に生きる事を決めた

それは宮廷からひどい仕打ちを受けた彼が行き場をなくした時にただ暖かく迎えてくれた民への恩返しでもあった


「なぁレオナール・・・」

「なんでしょうか?」

「此度の乱・・・市井に被害は出まいか?」

「最小限にとどめる策を用いまするが確約は出来ませぬ。」

「・・・で、あるか・・・俺が神速で王家を捕らえてしまえばそれでカタがつくよな?」

「おそらくは・・・しかし魔導師がおりますれば・・・・」

「いかなる反撃があるとも知れん、と言いたいのだな?」

「は、最悪の場合はこの首都パリスが吹き飛ぶ事も充分に想定されます。」

「ヤツの居場所はわからんのか?」

「人間離れした者ですからな、王とて居場所を把握してはおりますまい。」

水面下で進めた革命作戦も魔導師1人によってひっくり返される可能性があった

それほどに圧倒的な力を持った者がなぜいち王家などに仕えるのかシャルルにもレオナールにも理解は出来なかったが脅威であることは間違いない

魔導師を排除したいのはやまやまだがその魔導師の居所がようとして知れなかった

その為、王家を先に捕らえて議会による裁判にかけることを先決とした


作戦は白昼堂々と行われた

錬兵を装い、宮廷から歩いて15分も離れていない兵舎へ王家を招いたのだ

漆黒の王子シャルルが率いる騎士団『ノアールダンフェール』

ファーネス最強の騎士団を慰問するという名目で王家が揃って兵舎へ訪れたのだ

これには当然の事ながらレオナールは勿論の事、議会の最高責任者ブランシュ・アダン女史も関わっている

ブランシュが主に王家の行動予定を決めるので彼女を抱きこまねば計画は進めようが無かった

ブランシュ・アダンは若くして父の職である議長を引き継ぎ、その才覚でファーネス議会を先代以上に強固にまとめ上げた人物で現在は28歳になる

まだまだ若いのだがファーネスでは屈指の策士として軍にもその知恵を貸している

シャルルにとっては姉のような存在であった

「ブラン、すまんな・・・あんたも多分歴史上最悪の汚名を着る事になる。」

「シャルル、私はそれほど愚かですか?あなた方が汚名を着ようとも私だけは汚名を着ずに済む次善策はすでに講じてありますよ。」

ブランシュは笑顔でそう述べた

プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、白く透き通った肌に通った鼻梁、文句のつけようがない美人だ

ただ一点、性格の意地悪さを除けば完璧な女性なのだが・・・といつもシャルルは思う

「ならば安心だな。」

「あらあら、冗談ですよ。

死なばもろとも・・・と言うよりこの策を仕損じる事はありませんから次善策などありません。

私に汚名を着せたくないのなら頑張ってくださいね、シャルル。」

輝くような笑みで強烈なプレッシャーをかけてくる

実に意地悪な人だとシャルルは思った

「さて・・・そろそろ動いてもよろしいのではないですか?」

ブランシュの言葉でシャルルが特別な合図を兵たちに送った

「うん?見た事のない合図だな。

なんぞ新しい陣形でも編み出したか?」

アンリ王がシャルルに向かって問う

「いえ、新しい陣形ではありません。

新しいファーネスを生み出す陣形とでも申しましょうか・・・」

「何?」

ノアールダンフェールがシャルルの合図で王族を囲む

「父上、これは私による反逆に御座います。

何卒大人しく縛につかれてください、さもなくばこの場にて裁き無く死んでいただくより他ありませぬ。」

「な・・・シャルル!そなた自分の言う事がわかっておるのか!?」

「母上・・・いや、シャンタル・ド・マディシアス

覚悟めされ、貴殿らが行いし専横・・・もはや見過ごす事は出来ぬ。

大人しく断罪の時を待つが良い。」

「おのれ・・・やはり鬼子は所詮鬼子か!幾たび戦場に出ようと決して死なぬその不死身の身体!

よもや人に非ずと思うたが親まで手にかけるか!!」

「そのように育てたのはシャンタル、貴女でありましょう?

幼少の頃より死地という死地の全てに放り出されれば誰でも私程度には使えるようになりますよ。

それに私の親は貴女に殺された母一人です、勿論これは私の復讐ではござらん。

復讐であるならとうに斬り殺しておりまするが議会を無視し、国を専横し続け国庫を枯れさせるだけの王家によもや存在の意義はありませぬ。

戦に勝つだけが王家の勤めでは御座いませぬ、ましてや得体の知れぬ者の力を借りただけの勝利では尚の事・・・

罵詈雑言はギロチン台の上で遠慮なく吐かれるが良い・・・この者らを獄へ連れて行け。」

「シャルル、詰めが甘いな・・・

余には魔導師ファビオラがいる事を忘れてはおらぬか?」

アンリは薄い笑いを浮かべながらシャルルに言った

瘴気をはらむような物言いであった

アンリ王、例えファビオラとてパリス・・・いやファーネス全土を吹き飛ばさない限り我々に勝つことはかないませぬよ。

つまり・・・ファーネスの国民全てが王たる貴方に背いた事になります。

そのような恫喝よりも己が愚考を省みる心が貴方には必要でしたな・・・我が父と思えば残念でなりませぬ。」

兵がアンリ王、シャンタル王妃を連れて行った


弟と妹を兵が連れていこうとした時、シャルルがそれを制した

「この2人に罪は無い、議会としても裁きかねるであろうしな。

俺が話すので放っておいて構わん。」

「は、では宮廷の方で後の処理をして参ります。」

「うん、よろしく頼む。」

ノアールダンフェールを見送ってシャルル、ブランシュの二人は王子と王女に向き直った

「・・・リシャールシャルロット、済まない。」

「兄上・・・これは・・・何かの演劇ですか?」

シャルロットが未だに状況を掴めぬ顔で問う

「いや、残念ながらまことの反逆だ・・・お前たちは身分を失う事になるかも知れん。

だが安心していい、俺が必ず守る。」

「兄貴・・・俺は良くわからんけど、市民の間の話は知ってたんだ。

親父とお袋が議会を無視しているからいつかこういう日が来る・・・みたいな噂があった。

だがまさか兄貴がやるとは思いもしなかったよ。」

「俺もそうだ・・・だがな、もし俺がやらなければ王家そのものが滅んだだろう。

お前ももう大きくなった、わかるだろう?名目だけとは言え王家の俺が首謀者たらねば累はお前たち2人にも及ぶ。

俺はあの狡猾なだけの冷血女を母と思ったことも無ければあの気弱で脆弱なだけの者が力だけ手にしてしまったような男も父とは思っておらん・・・だがお前たち2人は真に俺の弟妹だ。

殺させるわけにはいかん。」

リシャールは今年で14歳になる

父母に似ず兄の後ろばかりついて歩いたせいか子供のくせに妙に武張った考え方をするようになってしまった

「まぁ・・・俺たちも正直な話、親父らにはついていけねぇ所があったしな。

王家に生まれた以上こういう事もあろうかと覚悟はしていたからいいさ、なぁロッテ?」

「ええ、けど・・・姉さんはそうはいかないのではなくて?

あの方は・・・母上にそっくりでしたから・・・物の見方や受け方がね。」

シャルロットは不安顔で呟いた

シャルロットはリシャールと双子だが性格はほぼ真逆である

何事も整然と考え、猪突猛進のリシャールと正反対に考えを滅多に口にしない

その彼女が不安を表に出すという事は誰が見ても危惧される事態であるという事だ

「ああ・・・イザベル姉さんか・・・

確かにあの人は少々厄介だな。

ブラン、どう思う?」

シャルルは遠い目をしながらブランシュに答えを委ねた

「・・・貴方の考えている通りになると思いますよ。

この知らせがスカーティアに入った瞬間からあちらは侵攻の体勢を取るでしょう。

むしろスカーティアにはいい口実でしょうからねぇ・・・ファーネスの雌狼イザベルその人が指揮を執ることも充分にありえます。」

「そういう事になるか・・・結局一族で血を流すのは避けられんな。

リシャール、シャルロット、お前たちはどうする?俺はお前たちの父母の仇になるが・・・」

その言葉を聞いて暫く考えていたシャルロットが重い口を開く

「兄上、私は兄上の行動を義挙と見ます。

私がもしも兄上の立場にあれば同じようにしたでしょう。

兄上がやらねば恐らくは別な誰かが起こした行動でしょうし、そうなれば私もリシャールもギロチンの露となったでしょうからね・・・

命の恩人と思いこそすれ仇などとは思いませぬ、父母の専横は私たちから見ても目に余るものでしたので・・・」

大人びた物言いだがあの父母を持てばこのような考え方をしないと生きてこれなかったのかも知れない

自分自身もそうであったように弟妹も同じく常に死地に追いやられていたようなものだ

父母のなす行為のひとつひとつが彼らの未来を摘んでしまっていたのだ

その度に達観してこなければ生き抜く事が出来なかったのかも知れない

シャルルはまだ幼さの残る弟妹を見て泣きたい気持ちになった

「兄貴、俺は・・・難しい事はわかんねーけど親父やお袋が親ってのはわかる。

けどよ、俺をこうやって育ててくれたのは兄貴だ。

悪い事をすりゃ叱られ、いい事をすりゃ褒めてくれたのも兄貴だ。

どっちを取るべきかってのはわかんねぇがどっちが正しいかってのはわかる、兄貴だ。

王族とかそういう身分はいらねぇ、親を奪ったって負い目があるなら俺たちの面倒はこれからもよろしく頼むよ。」

リシャールは笑いながらそう言った

やんちゃな弟なりに必死に考えた言葉である

何よりそれがシャルルの心に響いた

「そうか・・・今までのような贅沢をさせてはやれんが・・・俺と共に来い。

王族とはその身分が失われようと国の礎となるものだと皆に見せてやろう。」


シャルルは泣いた

親の仇、自分への仕打ちの復讐、民を苦しめる暴政の排除・・・

数多の『理由』が自分を突き動かした義挙

いや、義挙なんかじゃない

単なる復讐でしかなく、義挙は取ってつけた言い訳だ

だが剣は振り下ろされた

もう退く事は出来ない

例えその先にどんな悲劇があろうと力でねじ伏せていくしかないのだ

弟妹を巻き込み、姉と雌雄を決する事になろうとも・・・

えーと・・・何の話だったっけ?


・・・・・・・・・ああ、そうそう、俺が盗人に出くわした話だっけな


あれはそうさなぁ・・・長屋暮らしになってから半月くらいしてからだな




「万吉、この辺はそんなに追いはぎつーか強盗つーか・・・そういったもんが多いのか?」


万吉ってのは同心の真田が使ってる手下だ


歳は俺よりも一回りくらい上だろうか?頭に白いのが目立つんだが「お幾つで?」なんて聞くこともねーから正確にはわからん


思ったより若いかも知れんし老いてるかも知れん


いずれにせよ40前って事は無いだろう


「へぇ・・・まぁこの暗がりでござんすからねぇ


それに向島に寮を持つ旦那やらその先の遊郭へ来る連中やらがいい獲物なんじゃねぇかな?」


渋紙みたいな顔色で渋柿を食ったようなツラをした万吉がそう答えた


御用聞きってのはどうしても顔が黒くなる


日がな一日お天道さんに当たりっぱなしじゃ当たり前だ


だがここまで色黒な男はそうそう居ない


地黒な上にこの役目で加速度的に黒くなったんだろう


「な、なんです?あっしの顔になんぞついてますか?」


しみじみ顔を見て考えていると万吉が怪訝な顔で聞いてきた


「いや、すまんな


なに、この暗がりの中じゃお前さんの顔はどこに鼻があるのかさっぱりわからねぇ


目と歯だけは眩しいんだけどな。」


真顔でそう答えると万吉は不機嫌な声で答えた


「大きなお世話でござんすよ


あっしのツラの色具合なんざどうでもようござんすからさっさと見回って幸之助の旦那に報告いたしやしょう。」


「そうだな、小腹も減ったんで帰りに蕎麦でもたぐろうか


今日は俺が奢るぜ。」


「へへ、ご相伴いたしやす。」


と見回りよりも蕎麦に思いを馳せていた時だ


「・・・旦那!あぶねぇ!!」


いきなり万吉に突き飛ばされて何が起きたのかわからねぇ間に俺はすっ転がった


腰をしたたか打ち付けて「イテテ・・・」と起き上がると金物が激しくぶつかるガキンとかカキンとかいう音が聞こえて来た


音の方へ目をやると万吉が十手を構えて匕首を持った男とやりあっている


「万吉、大丈夫か?」


俺は声をかけてみたが万吉は答えない


どうやら相手は中々に使えるようだ


「万吉、代わろう・・・」


やや彼には荷が重そうだと思ったので俺は万吉の前に踏み出た


「どこのどいつか知らんが間抜けな事だ


目明しの親分と浪人者なんぞ襲っても金目の物なんかあるかってんだ。」


俺はそういうと居合いの構えを取った


相手は答えない


「万吉、こいつ・・・まともじゃねぇのか?なんか妙だぜ。」


「へぇ・・・あっしもこんな奴ぁ初めてでさぁ


何て言うか目が何も見てないみてぇな・・・」


万吉にそう言われて気付いた


俺はあまり夜目が利かないがそれでもわかる


コイツ、焦点が合ってない


「斬り捨てちまったらマズイよな?」


「へい、出来たら峰でお願ぇいたしやす。」


「居合いで峰とは無茶を言うなぁ・・・」


文句を言いながら万吉の方を見る


それに誘われて目がうつろな職人風の男が匕首を突き出してきた


半身でそれを避けると手刀を首筋に叩き入れる


「お見事でござんす。」


「あいよ・・・」


言いかけた時に万吉を蹴飛ばした


「うおっ!!」


気を失うかと思った職人風の男は起き上がって万吉に匕首を突き出した


「おいおい、コイツは物の怪か何かじゃねぇのか?俺の手刀をまともに喰らってピンピンしてやがる。」


「こいつぁ・・・」


仕方が無い、出来るだけ抜きたくなかったが刀を抜く


八相に構えて半身を踏み出した


「よだれ垂らしてやがんぞ・・・こりゃまともじゃねぇな。」


俺がそう言い終わる前に匕首を構えて職人風の男は突っ込んできた


まるで刀を恐れていない、死ぬ事が怖くないかのようだ


峰を入れても身体が動く限りこいつは起き上がるだろうと思い、膝を斬った


普通なら当分歩く事は出来ない


「おいおい・・・冗談だろ。」


歩く事など出来ないはずの傷を負いながらも男は立ち上がって匕首を構える


「旦那・・・こりゃまともじゃねぇ、仕方がねぇ・・・斬っておくんなさい。」


「・・・・・・・まぁ待て、なんとかしてみる」


男は痛みも感じないようで何事も無いかのように膝から大量に血を流しながら匕首を持ってまた突っ込んできた


今度は脇に構えて斬り上げる


峰で相手の脛をヘシ折った


さすがに今度は起き上がれないようで地面に倒れこんだままバタバタと暴れている


両足がいかれたんじゃ狂人とはいえ起きる事も出来ない


その間に万吉が男を縛り上げて仔細を問う


「おい、てめぇ!なんだってこんな事をしやがる?」


縛り上げられた男は急に大人しくなったが今度はこちらの声が聞こえていないかのように無反応だ


「万吉、こりゃ駄目だ


番屋に連れてって血を止めねぇとコイツ死ぬぞ。」


「へい・・・そいじゃ行きやすか。」


「ああ・・・しかし・・・江戸ってのはこんなのが居るんだな。」


「馬鹿言っちゃいけやせんぜ!こんな化け物あっしだって初めてでさぁ!」


気狂い・・・なんだろうか?


それにしては匕首の使い方といい身のこなしなんかが妙に練れている


まぁ、後は番屋の連中に任せりゃいいんだがな

昼になったら飯を食うんだが、これが長屋のいい所かね


何もしなくても長屋のカミさん連中が持ち回りで飯の支度をしてくれている


普通の差配ならこういう事はまず無いらしい


だが、俺の場合は少し事情が違うせいか長屋連中の評判は極めていい


まぁこれにはワケがあってね


たいした事でもねぇんだが、こう見えても・・・ってどう見えてんだろうな


とにかく俺は侍だったわけだ


しかも城勤めで普請方・・・まぁ大工の現場監督ってトコだが普請方とは言え定め書きなんかにはちとうるさい


それにこの辺のもんは字が読めねぇのとかが当たり前に居る


てなワケで手紙の代書やら看板の代書、子供の手習い、喧嘩の仲裁などなど


便利屋に近ぇ事をしている


そのせいか住人らからは妙に待遇がいいんだ




飯を食ったら昼寝する


その後、夕方くれーから暗くなるまでは近所のガキどもに字を教えている


まぁガキどもだけでなくカミさん連中も最近は通ってくる


束脩は取らねぇ


代わりに俺の飯や掃除洗濯はガキの親らの持ち回りで頼んでいる


始めは束脩を取る事も考えたが、落ち着いて考えると俺も他所の真っ当な手習い所の先生ほどは学が無い事に気付いた


本なんざ読まねぇしな


子のたまわく~なんて聞かされたら眠っちまうクチなんで黄表紙を使って字を書かせてる


こんないい加減な手習いで金は取れねぇからなぁ・・・今となっては金を取るよりよっぽどこっちの方がいいと思ってるがね




手習いを終えたら夕飯だ


これも長屋の連中の世話になっている


口の悪い女房は「長屋に子供が一人増えたみたいだねぇ。」と言う


まぁ確かに俺は自分でも恐ろしくなるくらい自分の事が出来ない


早く嫁を貰えと毎朝毎昼毎晩のように女房連中に言われている始末だ


その度に「馬鹿野郎、嫁の来手があるってぇなら俺もこんな所で浪人なんぞしとらんわ。」と答える


そして毎回「そりゃそうだ。」と大笑いされるわけだ


俺も今年で三十路になった


確かにいい加減、嫁を貰わないと先行きが暗い


だが気持ちいいぐらいにアテが無い


最近じゃめんどうだから考えるのもやめたくらいだ




夕飯を食ったら・・・と言うよりは俺の生活で言うと朝食にあたるんだが、それを終えると一仕事が待っている


これも緒方のおっさんからの紹介になるんだが、定廻り同心 真田幸之助という俺より3つほど若い同心の手助け・・・とでも言おうか


見廻りの手伝いをしている


本来は町人が小者としてやる仕事なのだが剣の心得があり、仕事を選ばない俺にはうってつけの仕事だった


どうせ暇だから湯屋帰りの夕涼みに調度いい


冬は笑えないんだがな・・・


俺の担当する場所は長屋周辺だ


深川洲崎弁天の辺り、それ故、俺の長屋は弁天長屋と言われている


この辺りは薄暗く、江戸と言うか下総と言うか微妙な地理もあって盗みや殺しが多い


ついでに言えば微妙な規模の遊郭もある


切り見世よりはいくらかマシって程度だが、ちょんの間で蕎麦より安い値で買える切り見世の方が需要が高いらしく、ここは通人ぶった連中しか来ない


吉原には無い風情と気風があるらしい


俺からすれば人目につかないくらいがいい所で後はただ小汚いだけにしか見えんが・・・


まぁ遊郭なんざ行った事も無いから良くはわからないけどな


とにかくこの周辺はこういった見世があるせいか強盗が多い


俺もこの生活を始めてからまだ間もないんだが既に2度ほど出くわした


次はそん時の話でもしようか