結婚式 | ふたりたび

結婚式

結婚式


わたしにとってはとっても素敵な思い出であると同時に胸にモヤモヤが残るものでもあります。


KKとHTは二年前、ホテルでチャペル式を挙げました。

でも、本当は熱田神宮で神前式を行うのが当初の希望でした。

わたしの両親も熱田さんで式をしていたし、クリスチャンでもない人がチャペル式をすることにも普段は神様がいない場所で神前式を行うことにも胡散臭さがあったから。


でも熱田神宮へ最初に行って、その紋切り型のスタッフの対応にも料金の高さにも驚き圧倒されて、結局二度と足を運ぶことはなく。

ホテルでは人前式を行うつもりがなぜか、担当スタッフとのコミュニケーション不足だったのかチャペル式になってしまっていたのです。

そこでゴネて人前式にすることもできたかもしれないけれど、当時のわたしは結婚にまつわる沢山のできこと、行事に疲れ果て、言葉は悪いけれど「もう、仕方ない」と思ってしまっていました。


結婚式当日は快晴で、屋外で行ったそれは、来賓のみなさまにはとても好評で、飛ばした風船と空の青色との彩りの美しさは今でも脳裏に刻まれています。


それでも、やっぱり

わたしは黒引振袖を着て(白無垢ではなく)、熱田の森をしずしずと歩いて神殿で参拝したかった

と今でも結局のところ思ってしまっているのです。


エセチャペル式をしてしまった座りの悪さをぬぐいきれず、今では来賓として教会へ足を踏み入れることさえ、抵抗感がありその当日は憂鬱になってしまうのです。

そうして、たまに熱田神宮で式を行ったという人に出会うと、息が苦しくなるくらい羨ましくて、自分がそうできなかったことへ憤りを感じてしまうのです。


当時のわたしは、嫁だ婿だと揉めたり、仕事がしんどくて毎日とにかく通っているのが精一杯だったり、精神的にも肉体的にも決していい状態ではなかったから、なんのフォローもない熱田神宮で、他の場所で衣装を借りたり引き出物を一から選んだりすることはきっと出来なかった。ご縁がなかったのだ。と自分を慰め励ますことでやり過ごしています。


なんで今日こんなこと書いたかっていうと、わたしが読んでいるブログ の管理者が熱田神宮で式を挙げるらしいことがわかって早速、ブルーになってしまっている自分がいるから。

その、誇らしい文面に後悔の念を抱いている自分がいるから。


終わってしまったことはもうどうしようもない。

だから、次になにか選択しなければいけないとき。

周りの考えや経済的なことばかりに遠慮せず心の奥底で「こうしたい」と思っている自分を抑えずに主張し、行動してみようよわたし。と思っているのです。