ピーチ航空機マスク拒否事件の概要及び裁判の経

過については、既投稿を参照して下さい。


続編では、奥野淳也がマスク拒否をした事情を略

歴などから検討します。


◼️奥野淳也の略歴

20054月 東大入学(文科一類)、現役合格。

20093月 東大法学部卒業し、大学院に進学。

2011年3月 東大大学院法学政治学研究科修士

課程を修了し、博士課程に進学。

20143月 博士論文審査が不合格で退学。

このあとの経歴は不明です。(空白の6年間)

20204月 明治学院大学の非常勤講師。


◼️コメント

奥野被告の逮捕後に取材を受けた父親の記事があ

りました。

被告は博士論文審査の頃から大声で怒鳴る、暴力

を振るうようになりました。

父親は大地主で何の不自由も無く、私立中高一貫

校の洛星から東大に現役合格し、博士課程に進学

するまでは順風満帆の人生でした。

博士論文審査不合格は、被告にとって大きなショ

ックであり、プライドがズタズタになる挫折だっ

たと思います。


博士論文審査で不合格から明治学院大学の非常勤

講師になるまでの空白の6年間に何をしていたの

か、気になりました。

法学部は法律学科と政治学科があり、奥野被告は

政治学科にしても、他学部生より法律を学んでい

るので、目標を司法試験合格に変更すれば良かっ

たと思います。

私は恩師に一級建築士を取れと言われ、東大院博

士課程1年目に取得しました。


私の頃は、博士論文提出要件が学会査読論文5編

以上と厳しかったので、提出要件をクリアすれば、

東大の審査はほぼ自動的にパスしました。

現在は文部科学省の指導で、3年間で博士号が取

れるように提出要件を緩くしたので、審査を厳し

くして、博士の質を下げないようにしてます。


また、私の頃は、指導教官から「残ってもう少し

研究をしないか」と誘われた者だけが修士課程か

ら博士課程に進学しました。

これも文部科学省の指導で、進学希望者は受け入

れるに変わりました。このため、教官から見ると

博士を書ける能力が無い者も入学するようになっ

てしまいました。

私は教授の時、能力が無いと思う学生に「受験す

るな」と言えないので、他の指導教官を見つける

ように伝えて、断りました。


奥野被告は博士論文審査の不合格で、世の中に背

を向けて拗ねている幼稚な男だと思います。


深層心理として、2014年1月〜2月に行われた博

士論文審査で不合格になった不満や怒りが、今で

も渦巻いているように感じました。


大学も組織なので、基本的にトラブルメーカーを

雇わないのは企業と同じです。


奥野被告は理解力と記憶力は人並み以上なので、

既知の世界である東大入試には合格しました。

しかし、入試は必ず正解や解法がある既知の世界

にすぎません。極論すれば、入試は受験生が知っ

ているか、否かにすぎません。


博士論文は、既知のことをやっても意味がないの

で、未知のことを解明します。

未知のことを解明するには、創造力(想像力を含

む)が最も重要です。

奥野被告は創造力が乏しいので、審査にパスする

レベルの論文を書けなかったと思います。

中高一貫校の敷かれたレールを走って東大に合格

しただけだと思います。


審査で不合格になった論文が、どの程度のレベル

なのか、分かりません。

しかし、不合格の理由を精査し、不十分な箇所を

修正して、再提出する選択もあったように思いま

した。


ある意味では、初めての挫折で、自暴自棄に近い

言動をするようになったと思います。


 東大本郷キャンパス赤門