遠州の田舎町と五十路⇒六十路⇒七十路

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田舎町に住む五十路⇒六十路男⇒七十路親父の道楽日記です。

バイクいじりと機械加工のブログです。
五十路⇒六十路⇒七十路の声を聞き考えるものがあります。
癌になりました。残りの人生を設計します。




newcamera




寄せ集めで製作し、何とか中完成した「おもちゃ CNC」


少しずつ切削しています。


今はlimitSWの取り付けと制御基板の改良をしています。(済み)


今後はスピンドルの変更と3D切削の挑戦が宿題で~す!

すんでのところで”このよ~”に戻って来たのは前回書いた。退院の時に、「これを区役所に提出して下さい」と渡された書類などを言われた通りに提出・手続きをすませると、こんな物が届いた。

 

身体障害者手帳。別に頼んだ訳じゃないけど、さも当然のようにこうなった。

車椅子のマークに駐車してもいいよ的なこんなやつとか・・・

バス、電車、タクシーなど手帳を見せれば助成があるよみたいに、随分弱者扱いされるもんだ。

 

今は何とかテニスに復帰出来ないかと筋力を戻す自己流リハビリを続けているが、そんなに障害者扱いされると何となくモチベーションが下がる。

 

そう言えば、PSMAとか詳しい事は分からんが前立腺癌の治療に新しい方式が保険適用されたらしく説明を受けた。

その中の条件に遠隔転移があることが条件の一つらしい。ホルモン治療とかに抵抗性のガンであるとか条件はそこそこ厳しい。

 

で、遠隔転移がないか緻密に検査した。結果「残念ですが転移はありませんね!」と主治医。変な話だなぁ~~

普通、転移がなければ良かったネ!となるはずが残念とは・・・

 

まぁ~いいや

障害者でも何でもいいので残り少ない人生を楽しんで生きることにしたので、ガンサバイバーなどと偉そうに書いて来たけどこの報告を持って終了として、今まで通り下らない遊び記事に戻ります。いろいろ心配してくれて(くれたかどうかは知らんが)ありがとう。じゃまたね!!

1月から更新してないので、ここに見に来ている人は”死んだのかな”と思ったかも知れないけど生きてるからね。

3月末に退院して今は自宅でひたすら衰えた筋肉を戻そうとリハビリ中です。

 

1月にアップした後も入院と手術の連続で人間を辞めたいと思った事も何度か・・・・

中でも2月末の入院・手術は13回目の入院で6回目の手術だったけど、上手くいかず「もう止めてくれ」と頼んだ。

主治医も諦め顔で別の手を勧めて来た。少し決断が必要だったけど一晩悩んだ上で「それで頼む」と依頼した。

 

出血は酷く、手術直前の状態は血圧80/60、ヘモグロビン6.0で意識朦朧の状態。緊急輸血も深夜に行った。

手術は開腹を伴うものでオイラにとって最大級の大手術だった。手術は全身麻酔なので記憶は無いが、その後のICUは耐え難い苦痛の中、ひたすら時間が進むのを待つしかなかった。ICUが一番辛い記憶だけが残った。

三途の川も見えそうな所から急展開して左折した訳だ。

 

腎炎などもおこし高熱に見舞われながら、術後2週間で退院となった訳です。

抗癌剤は引き続き入れてるので副作用で毛という毛が抜けた。眉毛もだが、眉毛が無いと下っ端のチンピラみたいで嫌だったが、アートメイクというのがあるよと娘に教わり早速、施術してもらった。

要は入れ墨だな。チクチク痛かったが書くより楽ちんだ。

9回目の入院は少し長くなった。これって言う手がないのだろうけどオイラも長くない残りの人生設計が出来ないので悩ましい。

しばらく様子を見ながら自然回復を待っていると、主治医が年末年始をどう過ごすか考えていると言って来た。要は病院としても年末年始は退院して、出来るだけスタッフを休ませたいようだ。まぁ~分らんでもない。で、どうしろと?

 

いつもはカテーテルを抜いて退院するんだが、今回はバルーンカテーテルを入れたまま自宅で休んでいてくれ。と言う事らしい。いやとは言わせない雰囲気だったので、了承することにしたが、オイラだって年末年始はあるのに、バルーンを入れてオシッコ袋を下げて生活しなければならないのは辛いんだけど・・・・・

 

バルーンを入れた状態で詰まるのは恐怖なんです。って言っても分かってもらえそうにないので自分で考えられる準備はした。点滴棒を買って、50ccのシリンジも買って、リクライニングソファも買った。出来るだけヘソ下3寸に負担が掛からないように慎重に年が明けるのを待つ辛い年末年始になったもんだ。

もうキリがないので、がんサバイバーと銘打ったこのブログも止めようかなと思っている。まぁ〜こうやって書いてはいるんだが延々と続く入退院について書いてもつまらんなぁ〜


7回目の退院から自宅1泊で8回目入院と前著したけど、何と8回目退院から又もや自宅1泊で9回目入院となったのである。8回目退院はDrもオイラも今度は大丈夫そうと思ったのに翌日夕方に出血し、深夜に救急外来に飛び込む毎度のパターンとなった。

救急外来からそのまま入院となる訳だが、泌尿器科の病棟が満床で以前も世話になった循環器内科の病棟に間借りする羽目になったのである。

満床って救急の患者に対応出来ないじゃんと内心思いながら3階の循環器内科に入院。

3階は景色が違って新鮮ではあるが、泌尿器の処置に慣れてないので対応に時間が掛かるのが難点。数回、この管を抜いてシリンジで引いて下さいと患者のオイラが説明する事があった。



景色もまったく違う。


4日めの午後、泌尿器科のベッドが空いて転棟となった。
見慣れた部屋で確か3度目の部屋だ。何だか自分の居場所に戻ったような気がした。Drから今回は手術はしない。治るのを待つと念を押すように言われたから、今回は長引きそう。

窓から見える景色は秋めいている。夏の40度も知らず木枯らしの寒さも知らず空調の効いた部屋で季節感ゼロの1年を終えるのか。寂しいヨ。


じゃあまたね!

今現在8回目の入院でベッドの上です。今月11月だけで3回目になります。にわかには信じられない事ですが事実です。


今月初頭6回目ですとupさせて貰ったけど21日金曜日早朝、尿閉で救急外来のお世話になって、そのまま7回目の入院となり、そのまま緊急手術になった。






全麻で手術自体は記憶無く終わるけど、病室に戻ってからの8時間は苦痛苦悶の無限とも思える時間だ。酸素マスクはちっとも楽じゃなく息苦しい。エコノミークラス症候群予防だか何だか知らんがフットポンプは神経を逆撫でする。身体中の電極や指先の酸素濃度測定のバネ具合が地味に辛い。唇はカラカラだけど水さえ貰えない。正直、手術より何十倍も気力をやられる。


しかし時間はいつかは過ぎる。夜が明ける頃には水も飲めて着替え出来、ポンプも外れる。

そうなると一刻も早く退院したくなるのが道理。1日間を置いた日曜日の朝、当番の先生に退院したいと申し出るも当然却下されるが、もじもじしてるオイラに切れたように「救急外来の当番なので行かなきゃならん!看護師に指示出しとくから退院すればいいよ!」と言って行ってしまった。


何となく気が晴れないまま退院。


それが何と翌日月曜日休日、尿閉で再び救急外来に飛び込むはめに・・・

そのまま強制入院となったのでありんす。8回目で今ベッドと言う訳。

先の当番先生の顔はまともに見れない。オイラも人の子だから。辛さ二倍の8回目です。

もう何回目でもいいけど、抗癌剤を入れてきた。抗癌剤の副作用はほとんど感じないけど血尿に気を取られてるだけかもです。

毎回採血とかして様子を探るけど、内容はヘモグロビン値などに目が行って出血具合を推し量ることの方が多い。

 

今の所、遠隔転移は見つかっていないのでヘソ下3寸が好転してくれれば問題ないんだが、それがあるから病人なんだよな!

6回目の退院後1週間が経過。調子はよろしくない。特に寝ている時が血種が出来やすい感じがしていて怖い。

昼間は余り活動的にならないようにしているのでTVでYouTubeを見ることが多い。

そんな中でチャッピーことChatGPTでArduinoのプログラムを作らせる動画があった。これは面白そうと久しぶりにArduinoのProminiボードを探してUSBドライバに苦戦しつつ何とかWin11に繋いだ。

早速ChatGPTに簡単なプログラムを頼んだ。本当に簡単なやつでLEDを337拍子で点滅させるというもの。

 

自分で書いたら多分半日で終わらない又は書けないかも知れないがChatGPTは即答でテキストを返してきた。

Prominiのボードに転送(実際はコンパイル⇒書き込みはsketchがやってくれる)すると見事に動いた。

これは使える。もう歳だからArduinoもsketchも触るのも面倒だったのが、一気にアプリを作ろう(頼もう)という気になったぜ!

 

チャッピー万歳!AIは何かと賛否があるけど、うまく使えばこんなに便利なものは無いな!!

 

絶対手術してもらおうと思っていたし、手術になると思っていたけど、明日退院と決まりました。


入院直後、泌尿器科の顔馴染み先生が丁寧に膀胱洗浄してくれたからだろう。みるみる赤みが引いていき、オイラもこれなら手術はしなくていいんじゃネ!と感じていて、今日主治医と最初の会話でヘモグロビンも下がってないし退院でいいよ!と言ってくれた。


しかし治ったりした訳ではないので、遅かれ早かれまた尿閉で世話になる事は間違いない。もうそうやって付き合うしかないと思う。

仕方ないよなootani nyouhei君。じゃーまた!!

もうヤラセ記事では?と思わせるかもだけど、本当なんです。

尿閉で救急外来のお世話になって、そのまま6回目の入院となってしまいました。5回目の退院が10月1日だったので1カ月しか持ちませんでした。新記録は免れたもののメンタルはますます削られて行きます。今日、明日と休日なので主治医とも会えません。更に泌尿器科の部屋に空きが無く循環器内科の病棟に間借りです。

顔馴染みの看護師もいないので新鮮と言えば新鮮だけど、何かトラブルがあった時の処置などに一抹の不安がある。


今回は全麻手術になる事を覚悟していますが、何となく胸騒ぎがして天井を眺める事しか出来ません。

本当、嫌な感じですが無事終わってスマホを触れるようになったら報告しましょう。じゃーね!

退院して3週間チョイでケモの日。また冷たい手袋をして1時間半位じっとしている。ガンサバイバーとして記すると言っても、これじゃ、入院しました。退院しました。ケモしました。のループだけになっちまうナ!ケモは5週開いたのでPSAは横ばいだった。

 

こんなループはつまらないので時にはこんな事だってやってるよ!と少し報告しよう。おいらのやつじゃないけど、友人の古いバイクの電装品の修理とチェック。昔はよくやってあげたが久しぶりで忘れた事も多かった。そうして爺はボケていくのであります。

エンジンの点火時期を決める2相の波形とIGコイルの通電波形です。ま~興味無い人には全く意味ないですがネ。