同期たちがあついラストブログを書いている中、突然ラスト前ブログ失礼します。

今日はしゅーちゃんほどではないけれど、結構長めなので、先にしゅーちゃん(4)からのお題に答えていきたいと思います。同期へのメッセージはラストブログで書きたいので手短にいきます。


【大祐さん】
昔 「イカ東浪人生」
 本当に申し訳ないけれど、メガネのせいなのか勝手に浪人生だと思ってました。大祐さんに会った時、東大生のイメージと見事合致しました。でも、話してみると本当に明るくて、唯一同期の中で緊張せずに話せました。はじめからたくさん話しかけてくれてありがとう。本当に助かりました。大祐さんとの出会いが東大生への偏見をなくすきっかけになりました。色々な意味でありがとう。


現在 「頑張り屋さんで、少しだけ頼もしい」
 大祐さんの印象ははじめと大きく変わったものはありませんが、強いていうならtagitte...おっと失礼。嘘です。彼は本当に頑張り屋さんで、ちょっとおかしいところあるけれど、本当に真面目で大祐さんには何度も助けられました。相談も乗ってくれたり、大会の都度差し入れをしてくれたり、大祐さんは優しさの塊。



【金井くん】

昔 「謎の生態」
 面白さがわからないけれど、みんな面白いっていうから面白い子なんだって感じで一歩下がって金井くんと接していました。The 男子校で、女子校の私にとって近寄りがたい存在でした。でも入部して1ヶ月くらいの時、金沢へ旅行しているところ、偶然金井くんと出会い、そこからちょっと距離を縮められた気がします。それから割と話すようになりました。

現在 「謎の生態継続」「勝手に私のマブ友」
 私のお話をたくさん聞いてくれてたのは金井くんです。いつも落ち着いてお話を聞いてくれて、金井くんのおかげで苦手だった同期とも仲良くしてみようかなって思うことができました。怪我をして、マネージャーの仕事も手伝ってくれたね。ビデシフ全て金井くんがやってくれたときもあったね。泳ぎたくてしょうがないだろうに。色々な方面から支えてくれた、私の大切な同期の1人です。でもやっぱ変人かな。その変なところがクセになっちゃうけど。



【翔くん】

昔 「本当にいい意味で普通」
 翔くんも大祐さんと同じように翔くんから話しかけてくれたね。東大生と話すことに対して、少し恐怖を感じていたけれど、翔くんは本当にいい意味で普通で、そんな普通さに助けられてました。でも謎に距離感はあった気がします。どんな時も翔くんは朝練にいてくれたので、いつからか翔くんが安心材料となってました。

現在 「かわいい」
 翔くんも昔と今とあまり印象は変わっていないけれど、強いていうならおちゃめということがよくわかりました。人が大好きで、いつも翔くんは仲間に囲まれていたね。翔くんの話しかけやすい雰囲気に私以外も助けられた人が多いと思います。金井くんと翔くんとははじめから仲良くしてもらって、2人がいなければ本当に辞めていました。本当にありがとう。


【しゅーちゃん】

昔 「避け、避けられ、最悪な距離感」
 がちがちに固まった私に対して先輩や同期が明るく挨拶をしてくれる中、しゅーちゃんは私から逃げるようにすれ違いましたね笑
今考えると面白すぎて笑える。私もコミュ障をしっかり発揮し、はじめの方はあまり話せなかった気がします。でも大会で帰り道が一緒になり、少しずつしゅーちゃんの優しさに気がつきはじめました。

現在 「優しすぎて、もはや神」
 自分がぼろぼろでも、人には決してあたることなく、常にマネージャーを大切にしてくれたね。本当にしゅーちゃんは優しい。しゅーちゃんの優しさがなければ絶対に辞めていたと思う。ありがとう。


【益子くん】

昔 「冗談抜きで本当に近づいてはいけない人」
 タイムを測って、動画を見せる、それだけをやってなにも言わずにどっか行く。益子くんと関わる機会はそれくらいでした。嶋田さんに怖くて、どうやって接したら良いのかわからないと何度も相談したような気がします。常に距離を取り続け、タイムを測ることすらも避けてました。マネージャーとしても、同期としても、友達としても本当に関わりたくありませんでした。辞めたいと思った原因の8割があなたです。多分お互い食わず嫌いしてたね。

現在:「素直で割と優しい」
 1番印象が変わったのは益子くんです。最悪なことを何度言われたからわからないし、何度怒られたからわからないけれど、実は優しいところがあるということに最近気がつきました。なにが優しいかと言われると難しいですが、根は優しくて、素直な子なんだなって伝わります。ちょっとかわいいところも最近見えてきました。


【恭ちゃん】

昔 「完璧すぎて人間なのか?気が効くモテ男」
 入部して、誰よりも優しく接してくれたのは恭ちゃんでした。ドライ中なにをしていいかわからず、1人でぼーっとしている時に、みんなのところおいでって言ってくれたり、本当に優しくしてくれました。気が効くし、水泳速すぎるし、スーパーヒーローでした。

現在 「人間味のあるスーパーヒーロー」
 過去形にしてしまいましたが、今も競泳陣にとってスーパーヒーローです。でも3年間一緒に過ごして、人間味を感じることができました。同期旅行では変な踊りをし始めて、楽しそうにしてるし、男子特有のノリでわいわいやってるし、、、お茶目な一面も見られるようになりました。恭ちゃんの明るさに何度も助けられました。ありがとう。



【もっちー】

昔 「しゅーちゃんと同一人物」
 以前ブログでも書いたのですが、しゅーちゃんとほぼ顔が同じに見えました。話しかけてくれるのがもっちーで、避けられるのがしゅーちゃんという適当な見分け方で区別してました。話しかけてはくれるけれど、肩の力を抜いて話せる仲ではありませんでした。あとサシでのご飯でぼこぼこにされ、本当に辞めたくなりました^_^今だから言えることだけどね^_^

現在 「もみに揉まれた絶対的な主将」
 4年生になってお互いが本音を言い合える仲にやっとなれた気がします。そして、相談にもたくさん乗ってくれました。同情してくれることはあまりないけれど、落ち着いて、最善の案を考えてくれ、優柔不断な私にとってもっちーの存在は大きいものとなりました。ありがとう。







どうでしょうか。やはり長くなってしまいました。
同期と仲良くなることなんて一生ないんだろうなと思ってたし、仲の良い代を見るたびに羨ましくなっていました。特に同期に女子がいることに対して本当に羨ましかったです。
でも今は同期が大好きだし、なんでも話すことができる仲間ができました。
女子1、男子7という絶望的な環境の中で、先輩方に心配されていたラストシーズンは、まさかの同期にたくさん助けられました。本当にありがとう。








では明日、感動的なブログを書いてくれるであろう、益子くんにお題を出します。



益子くんは自分にとってもストイックで、水泳に対して人生をかけ、結果を出すために多くのことを犠牲にしてきたと思います。
そこで、、、
「引退後やりたいこと」教えてください!










それでは本日のメニューです。

恭ちゃん(4)作 middle


益子くん(4)作 short



あまりにもおじさんおばさんすぎる午後練でした。



みんなタイムが良さそうで安心しました。
この調子でレースに臨んでほしいです。


以下参加者感想

益子くん(4)
少し感覚を戻せました。あとちょっとで仕上がります。

金井くん(4)
楽でした。泳ぎの確認ができました。

市川(4) 仕上がりました。気持ちよかった。マッキントッシュかわいい!!!!!







明日から5日間アクアティクスにて関東学生選手権が開催されます。大切な同期がラストレースを控えています。笑顔でラストレースを終えられるよう、体調には気を付けて、全力でサポートしたいです。











さてラスト前ブログです。


気がつけば練習参加日アンケートweek44になり、先輩の引退からもう一年が経とうとしています。
ここまでたくさんの方にご迷惑をおかけしました。そしてたくさんの方に助けてもらいました。特に先輩、嶋田さん、そして同期本当に感謝してもしきれません。


多くの方の存在のおかげで、マネージャーとして約3年間必死に走り続けられたのですが、一応選手コースで中3まで泳いでました。大学前の私の水泳人生についてお話しします。




よかったと言える水泳人生を歩んできていないので、みなさんにお話しすることを避けてきました。胸を張って頑張ってきたなんて言えないし、結果が全てのスポーツの世界で良い結果を残してきたわけでもないし。
だからちょっと緊張。しんこきゅうしんこきゅう。


ではスタート



〈3歳〉
兄と一緒に水泳を始める




宇都宮にある萩野公介選手と清水咲子選手などオリンピックを選出したみゆきがはらスイミングスクールで水泳を始めます。



当時の状況とはいうと、顔もつけられない、お母さんから離れる事が嫌で毎回大号泣、挙げ句の果てコーチにずっと抱っこされている。



本当に今まで水泳を続けてこれたのは奇跡といっても過言ではないです。



甲府に転勤になると同時に、泣きすぎて水に浸かっているだけなので、水泳を辞めることになります。(兄は水泳継続)






〈甲府に引越す〉
兄は江原騎士選手や萩原智子選手を選出したFitzで水泳を続けます。プールの送り迎えについて行くようになり、練習を見るようになりました。

そこで私は謎にまた大号泣。


本当に意味がわかりませんね。プールが嫌いで泣いてばっかりで辞めさせられたのに、次は兄が泳いでいる姿をみて、泳ぎたいと大号泣。


呆れますと言いたいところだけれど、ここで泣かなかったら今の私はいないからオールオッケー。泣いて正解です。
お母さん、お父さん、振り回してしまってごめんなさい。私の意思を尊重して水泳をまたやらせてくれてありがとう。感謝しています。


引越しの際にコーチたちに全国で会おうと言われたみたいです。コーチたちにたくさん可愛がってもらいました。









ここまではほぼ記憶にないです。






そして、私の水泳人生の中で1番の思い出で、戻りたくないけれど、戻りたい、そんな時期がやってきます。












〈船橋に引越す〉
年中さんのときに、船橋に引越し、OB2年目の美緒さんが通っていたYOURに移籍します。(別の校舎ですが、後ほど強化合宿で出会うことになります。)






小学2年生の時に選手コースのお声がかかりました。

ちなみにユアーは朝練がメインで、練習時間は朝の5時から7時30分。5時にドライや筋トレが始まり、大体5時30分に入水です。
平日は学校もあるので、練習後向かうことになります。さらに、学校の朝遊ぶ時間と朝の会には間に合わなく、小学校に相談をしなければなりませんでした。





1人で練習環境にいける年齢でもないし、1人で4時に起きられる年齢でもなかったので、親の力をどうしても借りないといけません。
しかし、ちっちゃい小学2年生の私にとって事の重大さは分かりません。




当時の私
「選手ってすごーい!かっこいい!やったあ!」





本当に呆れます。
もう少しは大人の気持ちを考え欲しいものです。
そして、そんな軽々しい憧れで、一応選手の体験に行ってみることにしました。







〈体験当日〉
お母さんから離れる事が不安だった私のもとに、大きなお姉さん、お兄さんが優しく迎えにきてくれました。


体験なのに容赦のないメニューで、プールに足もつかない私にとって、練習は本当に辛すぎて、泳ぎながら大号泣。
ゴーグルの中には大量の水が溜まって呼吸もできないくらい泣いたのを覚えています。


でも小さい時からガッツがあったのか、遅れながらも最後までメニューをやりました。今思えばなんで怪我しなかったのかが不思議です。若いってこういう事なのかな、、





そして地獄の2時間に及ぶ練習が終わり、話を聞いたときの軽々しい選手への期待はもちろん、、



「選手やばい。むり。」



そんなことを思ってた練習後、みんなでジャグジーに入りました。


そのジャグジーがほんっとに楽しくて、初めて会ったお兄さんお姉さん、コーチにもたくさん可愛がってもらいました。




わずかすぎる楽しい時間のおかげで、選手やりたいって恥ずかしながらもお母さんの背後に隠れて言いました。


あっぱれ単純女。







私が選手コースに入ろうと決心したきっかけは練習後のジャグジーでした。嘘かと思うかもしれないけれど、これはガチ。



オリンピック選手に憧れたからとかかっこいい理由を言いたいところですが、「浅い」と言われるのはここが原点なのでしょうか。




何回も水泳から離れた人生になる危機を回避しながら、小学校2年生の時にやっと選手コースになりました。





一般コースで泳いでいただけ、さらに選手コース最年少、当時からちびな方だったので、いくら頑張ってもプールに足がつかない

この最悪な3箇条


それでも、私が1番辛くて、楽しくて、今でも忘れられない思い出ができた場所です。







練習は他の小学生もいるのにも関わらず、謎に高校生の速い子とばんばんJOに出ている今でもずっとお姉さん的な存在の憧れのいのはちゃんなどとコースが一緒でした。小2に合わせたメニューではなく、高校生に合わせたメニューであったため、必然的に練習が鬼強くなります。



そのおかげで長距離が自分の強みとなり、練習でよく行っていた1500の測定では当時の資格級でAA11くらいあった気がします。
小学2年生ながら、1500を泳ぐことが大好きでした。さすがに頭おかしい^_^


ここでメンタル面も育ててもらいました。
絶対に負けたくなかったし、JOに出たいという一心で練習に取り組みました。
今考えるとあの時は本当に必死でした。



そんな必死な私を支えてくれたのは家族や周りのお姉さんお兄さん、他のクラブの友達、そしてコーチだけではありませんでした。

そう、私が今目指している小学校の先生です。
当時の担任の先生は幼い頃に選手コースで水泳に励んでおり、自分の幼少期を照らし合わせるように私を全力で応援してくださいました。
本当に暖かく、たくさん先生に助けられました。先生のおかげで辛い時も楽しく乗り越えることができたし、目標を見失うことなく努力を続けることができました。
そして、私は小学3年生の時に子どもの成長を間近で見ることができ、共に成長できる教員への憧れを抱き、将来の夢として目指すことになります。


水泳がなかったら今こうやって教員への道を志していないかもしれないと考えると人生何があるか分かりませんね。



そんな恵まれた地、千葉県でしたが、小学4年生になる時に元々の地元埼玉に引っ越すことが決まります。
大好きなお姉さんお兄さんと離れるのが本当に嫌だったし、たくさん可愛がってくれたコーチと、全力で応援してくれた先生とさよならをするのがしんどかったです。

お別れの日には、毎日頑張って書いていた練習日記にメッセージを書いてくれました。

「埼玉でもいつもにこにこなみゆかでいてね」
辛い時にも笑顔でいられたのはこの言葉のおかげです。
にこにこでいたら辛いことも乗り越えられる。にこにこでいたら小さな幸せに気がつくことができる。
この競泳陣でもこの言葉を大切にして選手と関わっていました。辛い時ほど笑顔。この先もずっと笑顔を大切にして生きていきたいです。




そして最後に先生とコーチ、大好きなみんなと約束しました。


「絶対にJOに出ます。」







〈埼玉へ〉
OB1年目のりほさんや颯太郎さんと同じスウィンに移籍することになりました。
そして、転校した小中学校は星奈津美選手の母校であり、学校に講演会に来てくださった時や、市民パレードの際に毎回サインを頂いたり、写真を撮ってくださったりしました。たまたま父が通っていた散髪屋さんが星選手のおじいちゃんが常連さんということで、お手紙も書いて渡してもらいました。


星奈津美選手との出会いがオリンピック選手への憧れを抱くきっかけになります。ジャグジーに入るために選手コースになった私が、小学4年生にして初めてオリンピック選手へ憧れを持つことになります。



しかし、ここでレベルの違いを見せつけられることになります。選手権スイマーやエリ小にあともう少しなどスクールには今まで会ったことのない、めちゃくちゃ速い子が沢山いました。
割と順風満帆に過ごしてきた水泳人生が幕を閉じ始めます。



朝練から夕練に変わり、環境ががらっと変わってしまい、病弱な私ができあがりました。
1週間に1回は体調不良で早退、50代くらいの女性が罹患しやすい帯状疱疹で1週間くらい入院もしました。
保健室の先生にも名前も顔も覚えられました。




それでも水泳を諦めるという選択肢はありませんでした。
約束を果たさないとという使命感に支配されてました。



なんとか環境にも順応し、やっとJOが視野に入ってきました。
運が良すぎた私は、レベルの高い仲間の力を貸してもらい、なんとか小4の春最終予選で4×50のフリーリレーでJOへの切符を掴むことになります。レース後震えが止まりませんでした。








そして当日は先生が応援に駆けつけてくださいました。
感謝しかないです。人のために全力になって応援できる先生の姿を見て、より教員への思いが強くなりました。

全力で泳ぎ、多くの方の力をかりて決勝進出。
私にとって決勝進出が大きすぎる事で、レース後その場で泣き崩れました。本当に嬉しかった。


決勝の結果は7位入賞でした。
チームメイトやコーチ、家族、そして先生の力を借りてなんとか入賞という経験をさせていただきました。


小3もいるけれど小4の私が1番チビ^_^





これが最初で最後で最大の舞台でした。
結局ずっと夢だった個人でJOに出るという夢は実現できませんでした。
いわゆる一発屋っていうやつです。



その後、400種目が入ってきて、長距離が得意だった私は4フリ、2フリを専門として練習に励みます。
最初はタイムがどんどん伸びて4フリを泳いでいる時はとっても楽しかった。
割と真面目な性格であったため(?)練習には休まず毎日参加していたし、練習も最後まで全力で取り組みました。ユアー時代のおかげで練習だけ強く、小5で1番上のクラスにあげてもらいました。


練習だけが強かった私は、小6の冬頃からスランプ期に突入します。
練習だけ調子良くて、練習だけみんなに勝てるのにレースになると勝てない。



そんなことが続いていく中で、自信をもってレースに臨むことができなくなりました。どんなに頑張ってもタイムが出ないことへの恐怖からレース前には涙がとまりませんでした。
この時、本当に辞めようか考え始めました。
大好きだったものが大嫌いになりました。
なんのために水泳をやっているのかわからなくて、自分を見失い、自身もやる気も無くしました。練習もメニューを見るだけで泣きそうになりました。てか練習が嫌すぎてトイレで1人泣いてた気がするな。
気持ちが完全に水泳から離れてました。







でも周りの友達の活躍を近くで見て、弱い自分を変えたいと思い、元々スタイルであったバッタへの転向を考えはじめます。ここでも大切な仲間の存在で助けられました。



そして、意を決してコーチに

「2バタやらせてください。」

とお願いしにいきました。
自分を変えるにはこれしかなかった。
相当な覚悟をもってコーチに言いにいった気がします。


クラブの選手のほとんどがフリーがスタイルで、フリーの選手にあった距離やサークルになっていました。

高校生の波にのまれ水を飲み、瀕死状態でバッタを泳ぎ続けました。
しんどかったけれど、大切な友達の存在のおかげでなんとか乗り越えていました。



絶対に1人ではこんな辛い練習を乗り越えられませんでした。みんなでコーチに怒られて練習後泣いたのもいい思い出だし、レースでやらかして2人で下を向いてコーチのところに行った事もいい思い出です。



たくさん助けてくれた大好きな子(本人に許可済)





やっとの思いで一年以上に及ぶスランプを抜けることができました。
2バタに転向してからレースを楽しむということも思い出すことができました。



だがしかし、そんな幸せな時期は一瞬。
またすぐにスランプ第2波におそわれます。
しかもこのスランプを乗り越えることなく中学3年の学総で引退になりました。関東にもひっかかりませんでした。なんのために水泳を続けて、なんのために色々な事を犠牲にして、なんのために普通の中学生活を諦めたのかわからないけれど、何かを必死に頑張るという経験はきっとこれからも私の強みになっていくという事を信じています。




2年以上に及ぶスランプは思い返したくないほどしんどいものでした。私のラストレースは、泳ぐ前に不安で涙を堪えられず、号泣しました。
今までやってきたことが本当に正解かなんてわからなかったし、またタイムが遅いんじゃないかって不安だったから。




あっけなく終わってしまった水泳人生。ラストレース後、放心状態で泣くことすらもできませんでした。
ベストから大幅に遅れ、もはやどれだけ遅かったのかも覚えていません。というか記憶から消したかったんだと思います。
多分だけど写真も残ってません。






ラストレースの悔しさから高校でもクラブに通って水泳を続けようと迷いましたが、キラキラJK生活を謳歌することに対しての憧れが大きすぎたとともに、あの辛さからもう離れたいと思い、非常に弱い水泳部に入り、週1で部活というという、中途半端に水泳を続けました。


高校で水泳をちゃんとやらなかった理由も浅いと言われそうなので、言われる前に言っておきます。やはり私は浅いです。異論は認めます。()



高校3年間の中で何回も後悔をすることになるけれど、この選択は間違いではなかったはずです。


高校生でやっと憧れだった普通の生活を経験しました。家族旅行も置いていかれることがないし、1番苦手だったと言っても過言ではない食トレも、死ぬほど辛かった練習も筋トレもしなくていい。キラキラのJK生活をたっくさん楽しみました。




ゆるーくやってたときの写真
筋肉も無くなってバテバテな1バタ









でも今思うとあの時スランプを抜けられなかったのには、自分に問題があるな〜って。
どこかで、「どんなに練習頑張ってもタイムが出ない。」という諦めがありました。


あんなに家族、友達、コーチ、そして先生に応援していただいたのに、不甲斐ない結果で終わってしまい、本当にあわせる顔がありませんでした。


東大生を見ているとふと思います。
あの時の自分には覚悟が足りなかった。真面目に練習には参加していたけれど、全てにおいて浅すぎました。
食事面、筋トレ、精神力、技術面、、、


速くなるためにはみんなみたいにやらないといけなかったという事を学びました。
もう遅いけれど、できるならあの時の自分に言いたいです。
中途半端でやるな。覚悟があるなら全力でぶつかれ。と。



ラストレースにかける思いはそれぞれだけど、きっと全員がベストを狙っています。全員が今までの集大成のために着々と準備をしています。
ラストレースに向けて着実に準備をしている同期たち。同期たちの姿を見ていると逞しくて、安心します。尊敬します。すごくかっこいい。



速くなるために、いろいろなことを犠牲にして、この一瞬のラストレースのために全力で頑張ってきた同期たちが、悔いのないパフォーマンスをできる事を心から願っています。





みんなの最高なレースを魅せてください。
みんなで笑って引退しよう。




そして、関わるかたちは違うけれど20年続けてきた水泳を残り少しだけど楽しんでいきたいです。あの時のラストレースのように悔いの残らないように。
あともう少しだけよろしくお願いします。

3年かけてやっと大好きになれた、私にとって大きな存在となった同期と駆け抜けたいです。一緒に頑張ろう。たくさん迷惑かけてどうしようもないマネージャーだけど、あと少しだけよろしくね。




画竜点睛