こんばんは。四年の益子です。
続々と同期たちのラストブログが書かれていますね。やっぱりラストブログ見ると気持ちが高まっていいです。
僕はインカレ前にラストブログ書かせてもらえるそうなので、今回はラストブログ中編ということになります。
それでは本日のメニューです。
ショート 持田(4)作
ミドル 恭太郎(4)作
本日は僕はカンカレに出場予定だったので、メニューには参加しませんでした。
メニュー参加者からのコメントです。
ショート 持田(4)
最初陸でリアクションを意識したドライから初めて、良いレースの準備ができたと思います
明後日のレースで良い結果が出せるようにしていきたいです!
ミドル よしき(3)
集中するところは集中して取り組んだ、思ったよりタイムは上がらなかった
以下がカンカレの結果です。
【関カレ公開競技】
男子50Fr タイム決勝
佐久間翼(2) 29.36
石井誠人(3) 31.68 Best!
男子50Ba タイム決勝
市川大祐(4) 28.34 初Best! タイム決勝第7位!
水野吉晴(2) 26.93 Best! タイム決勝第4位!
男子50Br タイム決勝
佐々木翔(4) 28.64 タイム決勝第3位!
松本恭太郎(4) 28.10 タイム決勝第2位!
近藤伶穏(2) 29.72 初Best! タイム決勝第6位!
僕は50m背泳ぎに出場する予定でしたが、津波の影響で電車が動かなくて会場に行くことができませんでした。
ついに2年半前のベストを更新するチャンスが来たと思って、楽しみにしていたのに本当に残念です。
最後の半バックのチャンスだったから泳ぎたかったけど、仕方ないです。
翔もラストチャンスでオープン切り損ねてしまいましたね。僕の分まで頑張って欲しかったので残念です。引退後の楽しみが増えたね。
切り替えて残りの1バックと全国公に合わせていきます。
まずは忘れないうちにみゆかからのお題に答えておきます。
「引退後やりたいこと」
たくさんあります。
同期と旅行行って、お酒飲んで、オールしてとかですかね?
今まで水泳のせいでできなかったことを、水泳のおかげで出会えた最高の同期と共にしたいです。
こんな感じのエモいことを書けば、浅いみゆかには響くでしょうか?ここですでにみゆかは泣いてる可能性がありますね。
あとでこのブログで何回泣いたか教えてください。
次回のブログの恭太郎へのお題も先に投げときます。
「大学水泳でのベストレース3選」
自分のベストレースと他人のレースで興奮したり感動したものそれぞれ3選教えてほしいです。
多分最終的には恭太郎のベストレースは今年のインカレになるだろうけど、今の所でお願いします。
それでは僕のラストブログ中編いきます。
前回は高校水泳までの回想をしましたね。
本日は大学水泳の回想です。
その前に高校までのベストと大学のベストを比較しておきます。
短水路
50m背泳ぎ
26.18(2021春JO予選)→25.20(2024都シニア秋季)
100m背泳ぎ
55.86(2021夏JO予選)→54.52(2025チャレ公)
200m背泳ぎ
2:05.91(2020神奈川県短水路)→2:00.19(2025理工科)
長水路
50m背泳ぎ
27.63(2019ジュニア選手権)→26.75(2023冬六)
100m背泳ぎ
58.91(2021関東高校)→57.22(2025東部)
200m背泳ぎ
2:12.37(2021関東高校)→2:07.44(2025東部)
自分が大学水泳を続けようと思った時に、高校までにやり残したことを達成したいと思っていました。
長水路の2バック以外はJOのCS切れたし、2バックもインハイのタイムは切れたし、達成できたところもありますが、シニアの全国大会、オープンとか選手権は結局切れませんでした。
これ達成しないことには引退し切れないので、全国公かインカレの1バックで長水路オープン切ります。ついでに2バックもJOのCS長水路も切れたらいいな。
あとは、全国大会で2本目を泳ぐ。これはなんとしても達成しないといけないですね。
50も100も少しはタイムが伸びたかなっていうのはありますが、200が一番伸びましたね。
大学に入ってから嫌いだった長い練習も真剣に取り組むようになりました。
高校までは自分のためだけに泳いでたのが、大学は対抗戦で200も泳がないといけなくなったので、チームのためにそれなりに努力しました。
200が速くなったのは別になんとも思いませんが、100にもいい影響があったぽくてよかったです。
それでは時系列に沿って大学水泳を振り返ります。また長くなったらすみません。
大学1年
期待の新人として東大水泳部に入部する。
当時はまだ強くなかった東大水泳部では、インハイスイマーとして入部した自分をそれはそれは可愛がってくれました。
本当に調子に乗ってました。1年生なのに、4年生にとても舐め腐った態度取ってましたね。お世話になりました。
入部当初は在学中に選手権の決勝に残るって目標を掲げていました。
東大に入ることを決めた理由の一つが富永さんだったので、自分もそこにいきたいって気持ちが強かったです。
大学に入って、ブランクを無視していきなりめちゃくちゃ練習したので、すぐに怪我しました。
ゴールデンウィークに腰を痛めて、6月頃からは肩を痛めました。
泳げない期間がありましたが、ここで木下先生に出会いました。
木下先生がいなければ今の自分はありませんし、怪我をきっかけに体のこともめちゃくちゃ勉強しました。
怪我の功名ってやつですかね。
カンカレでは高校ベストを0.01だけ更新することができました。ここで殻を破れたのはでかかったです。
高校の時のベストが渾身の出来だっただけにちゃんと練習できてなくても、木下先生の力を借りたり、みんなの応援の力でベストが出るんだって、すごい水泳が楽しかったです。
全国公はコロナで泳げなくて、インカレもコロナの影響でいいタイムは出せませんでした。
シーズンオフあたりで様子がおかしくなりました。
選手権決勝を意識しすぎてしまって、100はきついから50だけやろうって考えに陥りました。
大川さんにそっち側の世界に引きずりこまれました。
10月に短水路で本気で半バックオープン狙いましたが、0.4秒くらい足りなかったです。
ここら辺から50に固執し始めてしまいました。結局50はしばらくこのタイムがベストでしたし、、
11月からは何かを変えたいと思って、練習環境をダンロップに戻しました。
しっかりと練習に向き合って泳ぎ込むことができるようになったので、100の後半は強くなりました。
1月の冬六の半バックで衝撃的なタイムを出してしまいました。結局これが生涯ベストになってしまいましたね。
当時のオープンまであと0.2とかでしたっけ?適当にふらっと出てここまでいけてしまって、ここからまたおかしいことになりました。
またしばらく50に固執することになります。
ダンロップではめちゃくちゃ長距離の練習してるからスピードなんか出るわけないのに、半バックのレースのたびに調整してました。
少し悔やまれます。もう少し計画的にトレーニングが詰めてたらなあ。
大学2年
理工科で2バックインカレ切った。
練習の成果が現れた感じがした。
東部でふきたくんに勝てて二冠できた。
ふきたくんに勝ちたくて200練習してたようなもんだから、本当に嬉しかった。150まで溜めてラストぶち抜いたのは気持ちよかった。
東部終わったあたりからずっと体調不良になった。メンタルの不調だったかも?
毎日ずっと熱ある感じで、調子悪いまま泳いで、調子悪くて落ち込んでの悪循環みたいな感じだった。
夏の試合はどれも本当に遅かった。
全国公のメリレだけは恭太郎と野村さんと大川さんにメダル取らせてもらえた。大学水泳でトップクラスに嬉しいレースだった。
インカレ前に木下先生から説教された。
これが本当に自分の大学水泳に大きな影響を与えてくれたと思う。
インカレの1週間前くらいにオープン切りたくて、半バック出ること伝えたら、オープンなんていくつになっても出れるんだから、4回しかないインカレを全力で楽しんで、インカレで活躍することを目指しなさいって伝えられた。
その年のインカレは散々な結果だったけど、だからこそ、インカレでリベンジしたい、インカレで2本目を泳ぎたいって気持ちがとても強くなった。
10月のトウスイ招待で高校時代の恩師と再会した。自分の大学水泳についてすごく相談させてもらった。
コーチとしても、インカレでB決勝に残ってる姿を見てみたいと伝えられた。でも現実的に3年で残るのは厳しいから4年でちゃんと残れるように2年計画で泳ぎ作りをしていくことを勧められた。
それまでの自分はその場しのぎみたいな感じで、1〜2ヶ月先のレースでタイムが出したいみたいな浅い目標で付け焼き刃で泳ぎ作りをしてたけど、このコーチのアドバイスでインカレ以外のレースは遅くても気にしないって割り切って泳ぎ作りに専念できた。
冬はテンポに頼らずに遅くてもいいからストローク長を伸ばすことだけを考えて、キャッチの水のかかりとそれに必要な肩周りの動かし方をひたすら練習した。
年明けの冬六で初めて1バック57秒出した。
泳ぎが良くなってたからベスト出るとは思ってたけど0.6秒もベスト出るとは思ってなくてタッチしてびっくりした。
控え場所戻って翔の顔見たら涙止まらなくなった。いつも一緒に励まし合ってた翔見たらさすがにエモくなっちゃった。
いじられたらダルいから、56でなくて悔しくて泣いたってことにしておいた。
その後、2月くらいにデッドリフトで腰を痛めた。
腰痛で合宿も満足に泳げなかったし、4月入っても練習途中で上がるって感じだった。
それでも春六は泳ぎは良くなってたからベスト出た。でもその週に木下先生のところに行ったらヘルニアだから1ヶ月泳ぐなって言われた。
ちょっとだけ絶望した。もう泳げなくなっちゃうのかなとも思った。
ゴールデンウイーク明けには超高熱が出て、病院行ったら盲腸で1週間入院させられた。
手術しないとって言われたけど、手術して1〜2ヶ月泳げなかったら、さすがにもう泳げなくなっちゃうからってごねたら手術回避できた。
入院してたらヘルニア治った。ラッキー。
でもここで泳げなかったダメージはめちゃくちゃデカかった。対抗戦はまともに泳げなかった。
インカレは200が1秒くらいベスト出た。
100も体の調子めっちゃ良くて56くらいいけるかもって思ったのにズボッた。
落ち込むとかじゃなくて、もう水泳はいいやって思った。
9月いっぱいは水泳から離れた。
水泳以外にも楽しいことはいっぱいあるから水泳は無理してやらなくてもいいかなって思った。
それでも、泳いでなくても無意識に水泳の動画見ちゃうし、水泳のことは調べちゃうし、複雑な気持ちだった。
一年後の4年のインカレでズボってやり直しがなくなった時に今と同じ気持ちだったら本当に生きていけないと思ったし、もう2度とこんな苦しい思いしたくなくて逃げたかった。
リベンジしたいって気持ちよりも断然逃げたいが勝ってた。
お世話になった先輩たちがいた時には、この代で一点でも取ってチームに貢献したいって思いがあったけど、自分たちのチームになってそういうのもなくなっちゃってた。
でもやっぱり水泳が好きすぎてもう一回プールに戻りたいなって気持ちもあった。
本当にたくさんの人に相談させてもらって、やめてもいいんじゃないって声をかけてくれる人もいたけど、続けてもっと速い益子を見せてほしいって言ってくれる人がいたのは本当に心の支えになった。
すがまさんがインカレで四年生に「もしここでうまくいかないって一年前にわかっていてもチャレンジしなかった?」って言っていたのを思い出した。
その時の自分は十分全力で水泳に取り組んでいたと思うけど、もっと詰めたら、もう少しくらい速くなれるかもって思えた。
10月からは人生をかけて水泳をやることを心に誓った。
途中で不調になっても、怪我しても、病気しても、どんなことがあっても最後まで全力を尽くしてインカレに臨むって。
今まで以上に全てを水泳に捧げて、自分は水泳で生きていくようなオリンピアンみたいに水泳に向き合って、でも謙虚に貪欲に小学生みたいに水泳が速くなることを楽しむって気持ちで。
ちょうどこの頃、今お世話になってる寺門くんに初めて会った気がします。
寺門くんが僕の水泳人生を変えてくれました。ありがとうございます。
昨日シンガポールで頑張っていましたね。やっぱり、ああいうところで戦ってる選手なんだって再確認するとめっちゃくちゃかっこいいです。
次は僕の番です。期待しててください。
インカレ終わったら祝杯をあげましょう。
冬は人生一、死ぬ気で練習して追い込みました。
年明けの冬六では同期を中心にみんなで無理しながらたくさん泳いで初めて4位取ってめっちゃ嬉しかった。
翌週のKKでは1年ぶりに57秒出して、ベストが出ました。
この時もサブプール行って、恭太郎の顔見たら涙止まらなくなりました。
2度と57でないんじゃないかなって怖かったのに、また出せたっていう安心感がえぐかったです。
合宿もめちゃくちゃ頑張りました。
4月になって新入生が入ってくるとともに春六がありましたね。
また同期たちの意地を見せられました。チームのために文字通り、身を削って泳いで、冬に続いて最下位脱出できてよかったです。
ゴールデンウィークで完全に水泳を掴みました。新しい腹圧の入れ方を教えてもらったのと、ここらへんから水のかかりだけじゃなくて、力の抜き方の方にも着手でき始めました。
そこから先のレースではバックがベスト連発でほんとに小学生みたいなことが起きました。
人生でこんなに短期間で速くなったの小学生でもなかったんじゃないかなあ。水泳が楽しすぎて仕方ないです。
理工科では2バック2年ぶり2秒ベストでインカレ切り直せて、都選手権ではノーテーパーでサクッと1バックのベスト出て、極め付けは東部ですね。
今年の東部はマジで楽しかったです。自分が速いって確信を持って会場に行けたんですけど、同時に一緒に練習してきた同期たちも確実に速いだろうなって確信がありました。
1日目は2バックは1.5秒くらいベストだったけど大会新出なかったし、金井の2バタも誤算で決勝残れなくて、でもしゅーちゃんの魂の2フリ大ベストと翔のハンフリ23秒台はかなり痺れましたね。
2日目はもう本当に興奮しっぱなしでした。
更衣室で着替えてて見逃してる間に金井が1バタで大ベストで決勝残ってるし、予選落ちいじりしまくってた市川が3位で決勝残ってるし、朝から興奮しまくりでした。
決勝はいきなり4フリでしゅーちゃんがえぐいもん魅せてくれましたね。しゅーちゃんなら絶対ラストいけるって思わせられる練習をしてきてたのもすごいし、ほんとに勝ち切ったところがまじで感動しました。泣きました。
ここで完全にスイッチ入りました。カフェインなんかより全然効くやばいやつ摂取できました。
自分も絶対沸かせるって覚悟決まりました。
1バックのレースのことはあんまり覚えてないけど、15m過ぎたあたりで隣の市川くんが消えたのはなんとなく覚えてます。
前半めっちゃ気持ちよく行ったのにバカみたいに速くてターンの時に市川くんがだいぶ後ろにいた気がします。
自分がタッチしてタイム見て、57.22!って大興奮してから4秒後くらいに隣の市川くんがタッチしてました。
市川が運だけだけど、3位ってわかった瞬間本当に嬉しかったです。
自分のタイムも嬉しかったけど、まさか同期と一緒に表彰台立てるなんて思ってなかったから、まじで嬉しかったです。
この東部はまじで一生覚えてるんだろうな。
チャレコウでも思い出のレースができました。
念願の同期4人でメリレインカレチャレンジの最初で最後のチャンスが訪れました。
朝一だったのに、めちゃくちゃ気合い入ったの覚えてます。自分が絶対貯金つくんなきゃいけないって覚悟決めてました。
ここでも同期の力借りて大ベスト出させてもらえました。金井と一緒にインカレ切れてよかったな。
七帝も初めての同期旅行めちゃくちゃ楽しかったです。函館旅行のついでに1バックセカンドベスト出たのもアツかったですね。
そんなこんなで今に至るわけです。
今シーズンは初めて、シーズン通して計画通りに練習詰めてきて、今のところ思ったようにレースも割と泳げているので、夏の対抗戦は楽しみです。
楽しみと同時に対抗戦がくるということは同期のラストレースが近づいてきているってことでもあって、寂しくもあります。
カンカレはしゅーちゃんのラストレースに花を添えるためにも絶対にインカレ団体権を取りにいきます。
全国公は試験で来れないしゅーちゃんとみゆか、あとはここで引退する市川と金井のためにも最高のラスト対抗戦だったって思ってもらえるために死ぬ気でシード死守しにいくよ。
でもそのためにはもうすこーしだけ同期の力貸してほしいかも。
同期がアツいレース魅せてくれたらこっちは勝手に爆発させてもらえるから、いいもん見せてね。
こっちは完璧な練習積んで、完璧な調整して高知にいくからあと少しだけ同期のアツいレースっていうスパイス加えてほしいわ。
画竜点睛


