こんばんは。
持田(4)です。遂にラストブログです。
延べ20本ほどをこれまでに執筆したようです。(もうちょい少ないかも)
実はブログの下書き、全て一つのメモにまとめてあるので、読み返すと「こんなことあったなぁ」とか、「この時こんなこと考えてたんだ」とか、思い出に浸れるようになっています笑
試合結果を見返すだけでもその時期どういうことを考えて過ごしていたかはなんとなく思い浮かびますが、ブログだとその時期に部で流行ってたこととか、日常生活の一コマを見ることができるという点で色々思い出せますね
今見てみるとなかなか面白いです、例えば2024/2/16のブログ(スクロールして止まったところから抜粋)
「ずっと上半身の動きについて考えているので、キックももう少し気をつけたいです。特に膝。すぐ開きすぎ。引きつけすぎずに、浅いところからでもしっかりと蹴り出せるようにして、抵抗を減らしつつ推進力をキープするキックを身につけたいです。」
今と考えてることほぼ同じじゃんか笑
筋肉とか関節の名前とかをほぼ覚えずに競泳人生を終えようとしていますが、頭の中にやりたい動作のイメージを浮かべて、それを頑張って言語化してみる、みたいなアヤシイ方法でこれまで練習してきました。理由を怠惰だったから、で終えるのは少し違うと思っていて、これが自分なりに一番しっくりきていたんだと思います。速い人の泳ぎを見て理想像をアップデートしながら、自分の動きもそれに近づけていく、みたいな半永久的に成長するやり方だった、と正当化できる気がします…笑
実際このブログの時から短水路の1ブレ、3秒くらい伸びてるしね。
このブログを書いていた週末に冬季公認があり、1:03.00を出し、2秒は出ないし絶対に勝ちたいと思っていた羽賀さんに負けたしで憮然とした表情で帰宅、直後の合宿をめっちゃ頑張って春六で爆発、なーんて与太話まで思い出せます笑
いや全ブログの下書きをまとめるの、ちょっとした発明では?!
もしよければ真似してみてください笑
さて、今日はインカレの前日練習でした。東大は13:00ごろにみんな集合して、思い思い調整の時間を過ごしました。
よねんせー
選手全員!
全員集合
みんないい笑顔ですね。会場では他大の方やお世話になった方々をお見かけして、ちょっとだけスペシャルな気分でした。応援を力に変えて頑張ります。
前回のブログで、「次のブログは一人の選手として云々」と書きました。なのでその趣旨に沿って頑張って書こうと思います。
下書きは書いていますが、推敲の予定は特にありませんので、気ままに読んでください
とりあえず軽く水泳人生を振り返ってみます
2004年→コナミ北浦和のベイビーコースに入る。親が夏涼むため、というサブ目的もあり
2010年?→オープンコースから選手コースに移籍。
オープンコースの頃、奥のコースで吐きながら練習をしている選手コースを見てビビっていたため、勧誘を一回断るが、程なく選手コースに
2010/7/11→6歳9ヶ月で初大会。長水路50Br1:12.63 ?!
↓
JOを目標に練習するが、突破できず
↓
2012/12→渡英
コナミを辞めた時は、ちょっとホッとした部分もありました。その頃の担当コーチは比較的穏やかだった記憶があるのですが、次上がるといよいよレベルが高くてコーチが怖くなることもわかっていたので、そこから抜け出せた…みたいな感じだった気がします
が、イギリスでも水泳を続けていました。英語もちんぷんかんぶんなまま体験練習に連れていってもらい、超綺麗なプールで泳ぎました。イギリスの練習はカルチャーショックの連続です。
屋内長水路、コーチはめっちゃ優しい、オリンピアンいる、フィンやらフィンガーパドルやら道具をとにかく多くつける、セームタオルがない(!)、Vパンを履かない(みんな丈の長いやつ)、メッシュじゃなくてシリコンで練習、大会に出れば2日で10種目くらい泳ぐ、時期によってはほぼ毎週末大会…
なんなら日本にいた時より水泳漬けでした。
調べてみたところ11歳で短水路50Brが41.8とかですから、日本のJOにはかすりもしないタイムですが、ありがたいことに選抜チームやらリレーメンバーやらに選んでもらい、各地を飛び回り(走り回り?)ながら過ごしました。
帰国直前の大会で、コーチの配慮あってかリレーメンバーに選んでもらい、地方大会で3位を取った写真がまだ残っています。
2015/3→帰国。水泳はせず、受験勉強に専念
2016/4→海城中学に入学。帰国後初大会。長水路100Fly 1:20.00 ?!
中高かけての100Brのベストは高一の9月に出した、1:10.40のようです
2022/4→東大入学。
最初の大会(夏季公認)では、長水路100Br 1:11.33
1年生の冬六で、長水路200Br 2:32.04
冬六の2ブレですが、最終組で先頭から20秒遅れでタッチする姿はあまりにも滑稽…
てなわけでここまできました。
タイムとしては、
100Br SC 1:07.79→1:00.33
200Br SC 2:25.15→2.11.43
100Br LC 1:11.33→1:02.50→??
200Br LC 2:32.04→2:18.82→??
自分なりには、よく頑張ったつもりです。
昨日のインカレカウントダウンで、偉大なる前田先輩から「1:10を割ることを目標にしていた〜」とお言葉をいただきましたが、最初は本当にその通りで、中高から多少タイムが縮めばいいかなーくらいでした。
そんな自分が4年間走り抜けられたのは、ひとえに周囲のお陰です。
お世話になった方々に、心より御礼申し上げます。
□洲鎌監督
最初にお話ししたのは、1年生の七帝戦のバス車中だったと記憶しています。
4年間通じ、折に触れて温かい言葉をかけてくださり、ありがとうございました。
幹部として関わらせていただいたラストシーズンでは、ご心配をおかけしたりお手を煩わせてしまったことも多く、申し訳ありません。これからも競泳陣ならびに水泳部を暖かく見守っていただけますと幸いです。
□東水会の皆様
日頃より温かいご支援をいただき、ありがとうございます。皆様のお力なしには今の競泳陣の活動は成り立っておりません。
特に東水会幹部の皆様におかれましては、夏場の遠征ならびにインカレ合宿にお力添えいただき、深く感謝申し上げます。成長著しい後輩に向け、これまでと変わらぬご支援をいただけますと幸いです。
□富永監督
水泳、運営の両面にてとてもお世話になりました。ありがとうございます。
いつも自分の質問が漠然としていて困らせてしまったことも多かったかと思うのですが、その都度丁寧にお答えくださり、とても参考になりました。いつの時かに「平泳ぎはストリームラインが基本姿勢」というお話を伺いましたが、最後の最後まで自分の泳ぎを見直す手掛かりとなったアドバイスでした。
また、今年度の初め頃からパーパス策定に関しても多くの時間を割いてくださり、ありがとうございました。学生水泳はなぜ面白いのか、東大でそれをやることにどのような意味があるのか、などを考える得難い経験になりましたし、監督のお力添えなくしては作り得なかったものだったと痛感しております。まだビジョンの策定が残っておりますが、最後までよろしくお願いいたします。
□押切コーチ
4年間大変お世話になりました。
泳法指導に限らず、メニューや試合会場でかけていただく言葉など多くの面で学ばせていただきました。コーチにかけていただく言葉は、すぐ後にはできずとも少し時間が経つと気づいたら達成できている、というジンクスがあるようで、今回のインカレではその言霊もお借りしたいと思います。
コーチは現役時代含め多くのブレの選手を見てきてこられたかと思いますが、その中でも「一番成長したな」と最後に思っていただけるよう頑張りますので、ラストレースまでどうぞよろしくお願いします。
□家族
約20年続けた水泳に出会わせてくれてありがとうございました。
母親
浦和の頃は、練習に行きなくないと座り込んだり大の字で寝たりと、とっても迷惑をかけました。イギリスでは、英語で不慣れな環境だった中でも大変そうな顔を見せずに、来る日も来る日も夕飯を作って車で送り迎えをしてくれました。日本に帰ってからはあまり水泳の話はしなかったけど、大会の時のご飯の用意だったり、差し入れだったり、色々なところで自分や部のことを気にかけてくれて、それなしでは今の自分はないと思います
父親
水泳、生活習慣、勉強…と様々な場面でアドバイスをくれてありがとう。小さい頃からマッサージもしてくれたことで、自分も他の人のケアが上手になった気がします。きつい時に自分にどう声をかけるかとかは今でもレース前にずっと意識しているし、他の人への声の掛け方とか、多分知らない間にとても影響を受けていると思います。自分の方が大変なことも多いだろうけど、朝練行く時にほぼ寝起きの状態でも送り出してくれたのは、いつも応援してくれていると感じられて大きな支えになりました。
ラストシーズン、函館と高知では自分よりも現地観光を楽しんでいたと思います笑
今回はそれ以上に面白いレースを見せるので、楽しみにしてください!
□先輩方
前田さん、安藤さん、植村さん、笠原さん
自分がここまで水泳に打ち込み、タイムを伸ばせたのは、文字通り先輩方がいたからこそです。
先輩方にお会いしなければ、自分はきっとどこかで水泳をやめていたと思います。関わりを持てたからこそ水泳を全力で楽しみ、インカレへの一歩を踏み出すことができました。言葉では語り尽くせないほど多くのことを学び、数えきれないほどバカ笑いをし、何度も何度も助けられました。合宿の部屋、耐乳酸、ロング、アホ飲み、インカレ合宿…思い出せばキリがありません。
引退したらまたくたばるほど遊びましょう。
その前に、インカレで戦う姿を見せて恩返しします。
「ここ、インカレ目指す部屋だよなぁ」と言った責任、取ってくださいね
□後輩たち
「画竜点睛」シーズン、どうだったでしょうか
みんなから見ていい主将だったか、自信はあまりありませんが、とにかく最後までついてきてくれてありがとう。
多くの人は、僕よりもはるか先のスタート地点から大学水泳を始めています。本当に羨ましいです。
その青天井の成長を、ぜひ自分のものにしてください。
手がかりは本当に色々なところにあります。先輩、後輩、コーチ、オンラインの動画、知り合い、OBOG…
変化を恐れず、貪欲に新しいものを吸収し進んでいって欲しいです。
前のブログでも書きましたが、「東大なのに強い、じゃなくて東大だから強い。」
そう言われるチームを後輩のみんなが作ってくれることを願ってやみません。
水泳のことでも、資格・勉強のことでも、なんか気になることがあったらいつでも連絡くださいね。
バッタバックフリーは何も教えられないけど、ブレだったらお手伝いできるかもです
少し長くなってきたでしょうか。
最後に
□同期
一人一人に書くかどうするか…ちょっと迷いました
正直言わなくても伝わっているだろうし
けどせっかくなので、書いて残そうと思います。
市川
かれこれ10年ですね。お互いこう話している気がします。
水泳部に入るきっかけを作ってくれたのは市川でした。それだけで感謝してもしきれません。
そしてラストシーズン、最後の最後まで諦めずに泳ぎ続ける姿にたくさんの刺激をもらいました。最後まで市川らしくいてくれてありがとう。海城水泳部の最高到達点、僕らの手で達成しようね
金井
いつもマイペース、でもいざとなると頭の回転は早いし行動力もあるし、でたくさん助けられました。前も書いたけど、いろんな愚痴を聞いてくれてありがとう。
復帰後プレッシャーもあったと思うけど、練習も強くなってタイムも伸ばしていって、東部で決勝、チャレンジ公認でリレーのインカレと、ラストイヤーは勝負強さが結構印象に残ってます。怪我が再発するかも、って不安なところもあったかもしれないけど、最後一緒に思いっきり泳げて楽しかったです。
その爆発力、インカレでちょっとお借りします
野田
関カレ、本当に感動した!のにその後もめちゃめちゃ練習に顔出してくれていて、正直引退したって認識できていません笑
一時期は朝夜文字通りほぼ全ての練習を一緒にやったりして、でもフリーは全然勝てなくて…最後50hardとかがあるととりあえず自分が前出てその後大バテしてまくられる、みたいなのをしょっちゅうやったね。しゅうちゃんがベスト出すのを見てると練習は報われるんだなと思って、自分も勇気づけられることが多かったです。(旧)ロング陣として200も頑張るから(?)、見ててね
心友花
ろくに助けもせず、色々と大変な思いをさせました。時に初期の頃は…本当にすみませんでした
同期にマネージャーがいてくれてとても助かったし、ラストシーズンになって「引退するまで絶対やめないから!」みたいな宣言を聞いたあとは一気に頼もしく見えました。授業や試験の勉強もあって、夏場にかけてやりづらさも抱えていたと思うけど、そんな中でも時間を縫って練習に顔を出してくれてありがとう。インカレ最終日まで、お世話になります
翔
練習でも試合でも、ブレで競い合うことが多くて4年間一番身近だけど一番倒せない相手でした。
特にラストシーズンは練習でも大会でもひたすら横で泳ぎ続けて、勝ったり負けたりを繰り返したね。ブレでは絶対に負けない、と思って練習してきたしそれは今でも変わらないです。でもそれ以上に、翔はリレメンの一員としても活躍しているんだよな、と思って、結局翔には敵わない、というのが今の正直な気持ちです。
稀に見るマルチスイマーとして部を引っ張ってくれてありがとう。1ブレ、絶対に負けない!
益子
「大学水泳で努力すれば、インカレまではいける」と話してくれたのが全ての始まり、と言っても過言ではないです。これは単なる感謝というより恩なのかもしれません。前も書いたことだし、何を今さらって感じかもしれないけど、それくらい自分にとってこの言葉が持つ意味は大きかったです。
益子の水泳への情熱、知識、経験…自分にはないものばかりで、それらに頼らせてもらいました。シーズンラストのショートはもはや益子プランとも言える練習計画で、それで準備を重ねてきた自分たちならきっとタイムが出る、と思っています。泳力を高めるだけじゃなくて自信も与えてくれる頼もしい存在として、インカレでもみんなのことを引っ張っていってください
恭太郎
何と書けばいいかわかんないですが、ラストシーズンに入ってからは恭太郎に少しでも近づこうと思って練習やレースを頑張れました。そんな中で一緒に合宿をさせてもらえたのはとても幸運だったし、あの練習がきっかけで自信を持ってレースに臨めるようになったと感じます。
4年間東大の顔としていろんな局面でチームを引っ張ってきた、そんな恭太郎にかかっていたプレッシャーや負担は想像するべくもないですが、そんな恭太郎の背中を追いかけて自分もここまで来ることができました。
1ブレ、同じ組ですね。一人のスイマーとしての恭太郎が、インカレの舞台で大活躍できることを願っています
水泳部に入らなければ出会わなかった同期たち。
みんなのおかげであと4日間走りきれそうです。
インカレで竜に目を入れて、僕らのシーズンを完成させましょう。
2025/9/3
画竜点睛
持田隼人


