こんにちは。4年主将の興津です。主将の任期を全うしつつあります。
今日の練習はFPでした。関カレに向けて各自思い思いに調整しました。例年と違い会場での前日練習はありません。
あとは本番を残すのみです。
感染症対策のため、出場しない選手は入場できませんが、部員全員で、最後、やり切ります。
ということで先日撮影した集合写真載せときます。(何人かいないですけど)
(こう見ると部員いっぱいいますね)
さて。ついにラストブログです。
「アツい、泣けるブログ期待してます!!」という後輩たちの言葉がボディーブローのように効いてきています。
どうやら、「好きなことを好きなだけ圧倒的熱量で語ることで拙い文章力をごまかす」という競泳陣で学んだテクニックが通用しそうな感じはありません。
頑張って書きます。
今日の練習がみんなで行う最後の練習だったわけですが、正直まだ引退するという実感が湧きません。
思いのままに書き殴った感じになってしまいました。
もはや日記を全世界発信しているような気分です。
大学に入った時、水泳を続けるかは決めかねていました。
あまり速くなかったですが、高校でやり切った感じもありました。
クラスの顔合わせみたいなイベントの自己紹介で、水泳やってました〜みたいな話をしたら、上クラに前主将の網野さんがいて、気がつけば3日後くらいにプールに行くことになってました。
その後も「次はいつ来る?」「また明日待ってるね!」「とりあえず試合見に来よう」という怒涛の誘いになんとなく乗り続けた結果、気がつけば入部を決めていました。
入部を決めた1番の決め手は今振り返っても4月の春六だろうと思います。
そこには、全国トップレベルの選手と肩を並べる偉大な先輩方の姿がありました。
「こんな速い人たちと一緒に泳いでみたい」
競泳を続けるには、十分な動機でした。
歴代最強とも言われる当時の4年生をはじめとして、自分より遥かに速い先輩方と泳げる毎日の練習は、とても楽しかったです。
がむしゃらに泳いでいるうちに、すぐに高校時代のベストくらいに戻りました。先輩を差し置いて、対抗戦に出場もさせていただきました。あまり点数は取れませんでしたが、大学水泳の1番楽しい部分を体験することができました。
そして当時の4年生が引退すると、戦力は大きくダウンしました。
2年生の対抗戦では、全てのリレーメンバーに入れていただき、個人でもリレーでも点を取らなければいけない立場で、結果を残せませんでした。
不甲斐なさを感じて迎えた新シーズン。頼もしい同期が増え、強力な新人が入ってきました。
授業で忙しくなり、練習時間が短くなったこともあってか、タイムが伸びなくなり、だんだん水泳へのモチベーションが低下していることに気づきました。
そんな中、自分の不注意で練習後に怪我をして、大事な冬の試合に出られませんでした。ベストを出す部員のレースのビデオを撮りながら、情けなくて1人落ち込んでいました。
怪我が治るとともに、モチベーションを回復していきました。
「去年の不甲斐なさを繰り返してはいけない」
そう思って、練習を頑張りました。
そんな中迎えた2月の合宿は、久しぶりに水泳だけを考える5日間でした。
なぜかタイムも結構良くて、夏に向けて頑張ろうと思いました。
そんなとき、ヤツはやってきました。
合宿を終え帰ってくると、「新型コロナウイルス」なるものが流行っているようだというニュースを目にします。まだこの時は「インフルみたいなもんか」とたかをくくっていました。
しばらくして、「どうやらただごとではなさそうだ」と気づきました。
日に日に状況が深刻であることを感じ取り、焦りを感じていました。
いきなり冬季公認が中止になり、気がつけば無期限の活動停止となりました。
毎朝眠そうな部員を横目にするドライ、
隣と競り合いながら頑張るスイム、
練習後に部員といくご飯。
これまでの「当たり前」が、あっという間に、すべて失われていきました。
仲間がいないと頑張れない僕は、家でトレーニングに励むようなこともせず、水泳からほぼ切り離された生活を送っていました。
夏の試合は、すべてなくなりました。
7月末に、部活を再開できるかもしれない、ということで急いで準備をしました。例年と違い、すぐに新体制を始動する必要がありました。何度も学年会をして、バタバタといろんなことを決めていきました。「ラストシーズン」が始まります。
先行きが不透明な中で、部員のモチベーションを保つのは難しかったです。
僕自身、自粛期間前にタイムを戻すのに必死で、他の部員を気にかけている余裕がありませんでした。
そんな中で2度目の緊急事態宣言が出て、目標としていた冬六は中止になりました。
網野さんの引退レースの機会が奪われ、それに対する憤りや悲しさはあったものの、「あー、またか」という思いが強く、もしかしたら次の夏の、僕らの最後の夏の試合もなくなるかもなぁと思い始めました。「2年生の夏で引退すればよかったか」と本気で思った時期もありました。
部活が再開した頃には、コロナ禍が始まってからちょうど1年ほど経った頃で、残された時間は4か月余りでした。もうすぐ1年生が入ってきて、夏の試合に向けて部を盛り上げていかなければならない時期です。
個人としては「モチベーションが保てない」なんて言っている余裕はありません。夏の試合があると信じて、練習し続けるしかありません。
「部の雰囲気を良くするために最も重要なのは、部を率いる立場である我々4年生が一生懸命頑張ることだ」と信じ、練習も頑張りました。小髙(4)や了(4)、大川(3)、前田(2)など、速い人たちに触発されて、練習後にチューブをやったり、懸垂をしたり、速くなるために努力しました。
「残りの時間をそれぞれが最大限に活かせるような規則にしよう」と、出席規則の自由度を大幅に高くし、個人の判断に委ねる部分が大きくなりました。
しかし、コロナはなかなか収まってくれませんでした。
春からの試合がどんどん延期・中止になりました。
つらかったです。
しかし、そんな状況でも、多くの部員はしっかり練習に来てくれました。
目の前の目標が次々と消えていっても、毎朝練習に来て、一生懸命頑張る同期や後輩の姿、声を出してタイムを計ってくれるマネージャーの姿が、そこにはありました。1年前とは、大きく違う点でした。
そんな部員たちから元気をもらいました。「この人たちに最後、かっこいい姿を見せたい」と思うことが、練習を頑張る大きなモチベーションになりました。
競える後輩の存在も大きかったです。毎日誰かしら速い人が隣にいて、勝ったり負けたりしながら楽しく練習できました。
全国公・関カレが近づくにつれて、次第に試合に向けて盛り上がる雰囲気になってきました。
原が、試合に出られない選手たちのために、部内記録会を企画してくれました。
全国公も開催されることが確定し、関カレ開催も信じることができるようになりました。
シーズンが残り数週間になってやっと、僕が1,2年生の時に経験した「いつもの夏」の雰囲気を取り戻しました。
感染拡大の中でも、全国公が開催されました。開催に向けて尽力してくださった方々には本当に感謝しています。
2年ぶりに感じた対抗戦の雰囲気は、最高でした。部員みんなで参戦できていたら、さらに楽しかったのでしょう。
全国公で決勝に残ったり、大ベストを出すチームメイトを見て、「かっこいいな、すごいな」と思いました。「あぁ、自分ももう少し頑張っておけばよかったな」と、少し、思いました。
こうして、最後の練習も終わり、残すは4日間の関カレのみとなりました。
「コロナの間も、いつか試合があると信じて頑張っていたらもっといい結果が出せたかな」と思うことはありますが、個人としての後悔はありません。
がむしゃらに練習していた1年生の自分も、自分の実力不足から目を背けていた2年生の自分も、自粛期間で努力できなかった3年生の自分も、ラストシーズン、試合が開催されるかも!という細い糸になんとかしがみつきながら走り抜けた4年生の自分も、すべてありのままの自分の姿です。
コロナ禍からラストシーズン、振り返ってみれば苦しい時期が多かったです。
練習ができなくなり、試合がなくなり、行き場のない憤りと虚無感で押しつぶされそうでした。
合宿はできず、遠征は少人数で、全員で試合に出ることはほとんどありませんでした。
最後の関カレも、みんなで声を出して応援することは叶いません。
みんなともっと一緒に練習したかったし、たくさん試合に出たかった。
みんなで合宿して、みんなで遠征して、楽しい思い出をもっとたくさん作りたかった。
もう東大水泳部のみんなと練習することはありません。
さみしいです。
後輩のみんなに同じ思いをして欲しくありません。
当たり前に試合が開催され、全員で同じ目標に取り組む部活であって欲しいと思います。
対抗戦では全員が試合に出られるわけではありませんが、出ない人は全力で応援し、出る人は出ない人の分まで頑張り、結果を出すような部活であって欲しいと思います。
今シーズンの対抗戦では、出ない人が応援に来ることは叶いませんでしたが、来シーズンは全員で試合会場に乗り込めるようになっていることを祈ります。
競泳陣において、競泳という競技そのものがすべてだ、とは思いません。友人関係や、様々な思い出、人間的な成長なども含めて部活動であると思っています。
しかし、それは「結果を出さなくてもいい」ということではありません。
競泳陣という集団は、「競泳が速くなりたい!」という強い意志を持ち、それぞれの目標に向かって努力する集団であるべきです。
部としての目標は簡単に言えば「対抗戦で結果を出すこと」「上位大会に進出すること」であり、それは個人の努力をチームとしてまとめた結果であると言えます。
動機やモチベーション、部活への価値観というのは人それぞれで、何が正しい、というのはないと思っています。ただ、「部活」として活動し、OB・OGさんからのご厚意により練習し、試合に出場させてもらっている以上、結果を出すべく努力をし、そして結果を出す義務があると考えています。
これからも水泳を続ける後輩の皆さんには、このことを忘れて欲しくありません。
とはいえ、「結果を出すために努力し、結果を出す」というのは、当たり前に見えて実はものすごく大変でしんどいものです。
競泳をやっていた期間すべてが充実していて、満足のいくものだった、という人はまずいないでしょう。誰しもが程度の差こそあれ壁にぶち当たり、苦しみ、悩んできた(もしくは悩んでいる)はずです。「タイム」という己の努力以外介入の余地がない絶対的な指標で評価される競泳は、数あるスポーツの中でも殊更つらいかもしれません。
時に意見がぶつかり、分かり合えず、つらい思いをすることもあるでしょう。20年も違う生き方をしているのだから当然です。
衝突するのは決して悪いことではありません。意見がぶつかるのは、相手も自分と同じかそれ以上の熱量を、この部に、競泳という競技に、注いでいるということを意味します。
コロナ禍の終わりがまだまだ見えない中で、今後もモチベーションの維持に苦労することがあるでしょう。結果を出す機会さえ奪われ、努力する意味を見出せない時期もあるかもしれません。
そんなときに力になってくれるのは、隣で競ってくれる仲間であり、声をかけてくれる先輩であり、煽ってくる後輩であり、支えてくれるマネージャーであると、僕は思っています。
これこそが大学水泳という「チームスポーツ」の美しさであり、強さであると思います。
僕自身、つらいときは何度もありましたが、その度に先輩や、同期、後輩に励まされ、元気をもらい、今こうしてラストブログを書いています。
苦しい時こそ支え合い、互いを励まし合い、高め合いながら、強くなる部活であって欲しいと願います。そして、後輩のみんなならそんな部活が作れると、信じています。
長くなりました。最後に。
たくさんの人のおかげで、ここまで来ることができました。
まず、田中部長、洲鎌総監督、富永監督、藤本会長をはじめとしたOB・OGの皆様。
皆様のご支援のおかげで、4年間、東大水泳部の一員として活動することができました。最後の試合、結果で恩返しいたします。
運動会で部活に打ち込んでいる同クラの友達や、違う大学で水泳を頑張っている高校同期、高校の後輩、水泳を通して知り合った他大学の友達。
たくさん刺激をもらいました。ありがとう。コロナのせいもあってなかなか会えないけれど、そのうち会いたいです。
関わっていただいた先輩方。
一緒に過ごす中で、水泳に関してのことにとどまらず、たくさんのことを学びました。つらい時期に話を聞いてくれたり、何気ない会話の中でアドバイスをくれたりして、たくさん助けていただきました。かっこいい背中をずっと追いかけてここまで来ました。今も、そしてこれからも、尊敬しています。
後輩のみんな。
こんな僕についてきてくれてありがとうございました。不満に思うことも、たくさんあったと思います。
練習中、隣で競ってくれた後輩たちには、特に助けられました。嫌なことを全部忘れられるくらい、毎日の練習を楽しめました。
小髙も書いていましたが、心の底から本気になれることがあるというのは本当に貴重で、幸せなことです。
1人ひとりに伝えたいことは手紙にして伝えます。
残りの時間を精一杯過ごしてください。皆さんの活躍を、心から願っています。
同期のみんな。
たくさん迷惑をかけました。個性的なみんなをまとめられる気がしなくて、結局まとまりませんでした。
プールの内外で、たくさんの刺激をもらいました。同期のみんながいたから、ここまでやってこれたと思っています。
そして誰よりも長い時間を過ごした家族に。
ずっと支えてくれて感謝しています。最後、笑顔で家に帰れるように、すべて出し切ってきます。
明日から、我々4年生が挑む最後の対抗戦が始まります。僕にとっては水泳人生最後の試合です。
最後のシーズン、1人も辞めることなく、このチームでここまで来れたことを誇りに思います。
東大水泳部に入って、ここまで続けてきて、本当に良かったです。
同期、後輩のみんな、改めてついてきてくれてありがとうございました。
最後にもう少しだけ、お付き合いください。
2021年8月12日
興津 亨祐
Veni, navi, vici
