題名からもおわかりになる通り、このブログは昨日(7月20日)の内容です。

どうもブログ更新遅れて申し訳ありません。

 

 

いつもその日のブログ担当者に「はよブログ書け」と急かす役回りをやっているだけに、周囲の「は? お前が遅れんのかよ」という視線(?)が痛いです。

 

自分の作ったルールで痛い目見る、いにしえの商鞅に親近感を感じつつ今まさにカリカリとブログを書いております。

 

 

 

 

 

 

 

まあ流石に僕を車裂きの刑にかけようなんて人はいないでしょうけど笑笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………いないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人に厳しく自分に甘い、僕のホント悪い癖だと思います。

 

直していきたい。切に。

 

 

 

 

でも実は、そんな人間くさい自分が嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

そんな倒錯した自己愛を抱えて今日もレポートに追われる鈴木(4)が今日のお相手を努めます。拙筆ご容赦のほど。

 

 

 

 

 

 

ブログは待ってくれますけどレポート期限は待ってはくれませんからね(クズ)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさて、今日のメニューは小高作のスプリントです

 

 

夏の試合に向けて1本にかける集中力を養うのは良いことだと思います。

それにしても小高がHIITを入れているのは珍しい気がします。

 

そのきっかけになったことにはやや心当たりはありますが。

 

 

 

 

 

 

 

はてさて、↑の心当たりともつながるのですが、先週の日曜日、僕を含む部員の何名かは福岡県で開催された「みんなの水泳記録会」に参加させていただきました。

 

 

 

東京に緊急事態宣言が出されているなか、参加を承諾してくださった主催者の方々、感染対策を徹底しつつ大会を進行してくださった大会関係者の方々、大会への参加を許可してくださった大学の関係者の方々には感謝してもしきれません。

本当はもっと正式にお伝えすべきものと思いますが、まずはこの場を借りて部員一同お礼申し上げます。大変ありがとうございました。

昨今の状況下で貴重な短水路の機会となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

良い結果が出た部員もいれば、あまり振るわなかった部員もおりましたが、出場した全員が何かしら学ぶものを得て戻ってきたと思います。

これから最後の1ヶ月間、その課題を突き詰めてゆき関カレ2部昇格というシーズン目標を達成できるようスパートをかけてゆきたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

関カレはおそらくは無観客での開催となるとは思いますが、OBOG関係者の方々だけでなくこのブログの読者のみなさんも心の中で応援してくださればこれにまさる後押しはありません。

twitter等で大会の結果を発信しているので、ぜひ今後の大会結果にもご注目いただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさて、ここからは雑談コーナーです。

 

 

 

 

 

暑い日が続きますが、そのためか我が家でとても悲しい出来事がおきてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

12年飼っている金魚3匹のうち2匹が死んでしまったのです。

 

 

 

 

というわけで3年ぶり4回目くらいのペットロスを経験しました。

 

 

 

 

正直犬や猫を買ってらっしゃる方のそれと比べると多分100分の1くらいのつらさですが

やはり結構こたえるものがあります

 

 

心労のせいか食べ物も一日3回しか喉を通りませんし、夜も10時間くらい寝ると目が覚めます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか余裕そうだなと思われる方もいるでしょうが、まあ確かに実のところそんなに凹んでません

 

今までいくらでもこんなことはあったということや、どんなに長生きしても魚にはそこまで感情移入できないというのもそうなのですが、なにより今後の希望があるというのが大きい気がします

 

 

 

 

 

今後の希望とはつまり、子供を残してくれたということです

 

 

 

めだかくらいのサイズの魚が15匹くらいいるのが見えるでしょうか

驚くなかれ、まだ赤くはありませんが、これ金魚の稚魚なのです

 

 

僕も20年くらい金魚を飼ってますが、孵化に成功したのは初めてです。

 

 

そして何を隠そう、この稚魚は死んでしまった金魚の少なくとも1匹の子なのです。

 

 

親金魚が死んでしまったのは悲しいですが、あとにつなぐものがあると考えれば救われるというものです。

12年も生きたヤツの子なので、きっとこいつらも長生きしてくれるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動物の長生きといえば、ウチの大学で先日こんなニュースがありました

 

 

 

 

正直僕は化学や薬学に明るくないので詳細には理解していませんが

ネコ科動物の宿命である腎臓病を予防・治療するための研究にある程度完成の目処が立ち、その実用化のための寄付金を募ったところ、極めて異例のスピードで寄付金が集まっているということらしいです。

 

 

金魚のあとにネコの話をするのはちょっとアレですが、猫カフェにたびたび訪れる身としてはこの研究にはぜひ成功してもらいたいですし、猫の健康や科学的知見の蓄積という点から見ても寄付金が集まっているということはとても喜ばしいことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

しかし同時に、人間の恣意についてげんなりしてしまう自分がいるのも否めません。

 

 

これが例えば「現在治療法が確立されていない、聞いたこともないような稀な難病の研究」だったら同じスピードで寄付が集まったでしょうか。

 

 

 

 

 

 

もうちょっと踏み込みますね。「地球の裏側で起きている人道危機への寄付金」は同じスピードで集まっているでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるいはこの研究は本当に猫のためになされているといえるでしょうか。

 

誤解していただきたくないのは、僕は上記の研究を貶める意図は全くなく、むしろ心の底からその成功を願っていますし、研究自体の重要性も認識しています。

だって猫様はかわいいですもん。

 

 

ただあくまで、この研究がありがたいのはあくまで僕(ら)にとってであるという点を忘れたくは無いのです。

 

そもそも、愛玩動物として飼育されている猫の寿命を延ばすことに人間のエゴを否定するのはかなり無理があります。

 

 

 

 

 

 

 

漫画ブラックジャックの中でとても心に引っかかっているこんなひとコマがあります

 

 

「かわいいから」「かわいそうだから」「長生きしてほしいから」「その方が幸せそうだから」

どんな理由を挙げようが、おそらくそれら全てに先立つ感情としての「喪失への恐れ・回避欲求」は否定できないでしょう。

 

心理学や社会心理学の知見によれば、人は自らの意思や行動の意味を後付けで解釈する強い傾向があるとされます。つまり、感情・行動が先で、理由が後なのだと。

しかし、我々は自らの行動や感情が、特定の理由によって生じるものとたいてい信じています。

 

 

 

 

再三申し上げますが、僕はねこが大大大大だーーーーーい好きですし、ねこが健康に30年生きる世の中が来ればめちゃくちゃ嬉しいです。

 

しかし、

僕らが無意識に命の価値に差をつけてしまっていること

 

自分から見えない死には残酷なほど鈍感であること

 

自らの快のためには他者の命を歪めうること

 

 

 

そういったことへの気づき、葛藤をすっ飛ばしてしまうことがどうしようもなく怖いのです。

 

 

 

 

 

 

僕が金魚を長生きさせるのも、いうなれば自分の快感のために金魚の命を弄ぶことにほかなりません。ですが、そういったことを自覚するかしないかには大きな違いがあると思います。

 

金魚を愛でつつも、常に自分が本質的に加害者であり簒奪者であることを感受する。

そういった姿勢が、生き物を飼う上で現状最も誠実であると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

つまりこういうことです。

 

「お前らには俺がどんな手を尽くしても長生きさせてやるからなー。覚悟しとけよー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

veni, navi, vici

 

 

p.s. 僕の水泳部人生の寿命もちょっと伸ばすことにしました。もうちょっとだけ続くんじゃってやつですね。べつに了(4)みたいに速いわけではありませんが、やっぱ水泳が好きなので我を通そうと思います。