こんばんは、4年の岡﨑です。
さっそくですが以下が本日ボクと北大から来ている藤島さん、そして練習生の井上さんがやったメニューです。




ボクは先々週の土曜日まで慶應大学にお邪魔して強化トレーニングを積んだあと、先週から基本的には一人でインカレ向けのテーパーメニューをやっていました。
慶應ではほとんど毎回長水路での練習だったのですが、東大は短水なのでスピードが出やすく疲れも蓄積されないので調整期にはボクにはぴったりです。



さて、今日は今シーズンの2食下での最後の練習でした。
3年半前に入部して以降、数えきれないほどの練習をこの2食下で積んできました。
慶應の人たちには「あのプールで速くなれるんですね」なんて言われたりしましたが、ボクはそれなりに良いプールだと思っています。
なんたって2食下のあのプールでここまで速くなったのですから。


そして、3日後から始まるインカレでボクの水泳人生はピリオドを迎えます。

幼稚園の時から地元のスイミングクラブに通っていて、7歳の時に初めて選手コースに入りました。
8歳の時に初めてJOの標準を切って、小3の春のJOで全国大会デビューしました。
小4と小5の夏のJOで優勝し、何を思ったか「水泳はもう極めた」と勘違いして水泳をやめて中学受験をしました。(それと、幼いながらも妙なところで聡かったボクは自分の成長期が遅めである(早くはない)ことに気づいていて、近いうちに周りの成長期が速いやつらに抜かされることをウスウス勘付いていたのでした。だから、戦う時期はここではない、みたいなことを思っていました。まったく、打算的なガキです。)
中学生になって水泳の世界に戻ると、(あたりまえだけど)ボクはもうトップじゃありませんでした。
それでもなんとか中1の夏と中2の春にJOで8位になり、中3のころには都大会で優勝するまで力をつけました。当時のボクは本当に努力家で、練習では一切(文字通り、一切と言い切れるほど)妥協をしていませんでした。
そして迎えた中3の全中、ここにボクは全てをかけていました。練習の成果を出して必ず決勝に残ってやろうと意気込んでいました。

が、結果は自己ベストから大きく遅れて予選落ち。その瞬間心から落胆し、今まで積み上げてきた全てのものが崩れ落ちていく感じがしました。
そのままスランプに突入し、自己ベストを更新できないまま1年後の高1の夏に再び水泳をやめました。
そして決して水泳はやるまいと思って入った東大で、なぜか水泳部に入っていました。

東大水泳部に入ってからのことは、、、ホームページや過去のブログにその足跡が逐一残されています。書き始めるとそれだけでブログ一本書けちゃうので省略しますが、とてもとても充実した3年半でした。



いきなり語り始めてしまいましたが、やはりボクにとって水泳はとても大きなもので、それがもうすぐ終わるのかと思うと何とも言えない気持ちになります。
水泳をやっているということがボクのアイデンティティの一つであったので、それが失われることに怖さを感じたりもします。

インカレはボクの水泳人生の集大成です。
今までに出場してきた大舞台(JO、全中、インカレ、JAPAN、、、)では、「ここで結果を出して次のステージに進む」みたいな思いがありました。
でも、今回は最後なのでそういった気持ちはありません。
もちろん良い結果を出したい気持ちも強いのですが、今ならどんな結果が待っていようともそれをそのまま受け入れられる気がします。
この東大水泳部でやれるだけのことはやったと思っています。自分の可能性の90%以上は引き出すことができたのではと思っています。
3日後、どんな結果が待っているのかボク自身も楽しみです。
多くの人に応援していただいているので、その方々たちの気持ちに応えられるようなレースはしたいと思います。

最後のブログで個人語りに終始してしまいました。
ボクをここまで成長させてくれた東大水泳部という環境に心から感謝しています。
本当にありがとうございました。


それでは失礼いたします。

(なんだかんだで決勝に残りたいと強く思っている)岡﨑健斗