今年も市の集団検診。

 

 受付をすませ、身長と体重の測定から開始。

 

 市の担当者から「看護学科の学生さんたちが実習で参加しています。付き添わせてもらってかまいませんか?」と尋ねられた。

 

 別段、付き添い人がいなくてもいいのだが、とりあえず承諾。

 

 大学四回生という女性がいろいろ案内してくれた。

 

 聞くところでは、看護師の資格を取り、市町村の保健師となって働くことが目標だとか。

 

 東京出身で今は京都の大学に在籍しているが、就職する市町村はまだ決めていないそうだ。

 

 かわいい人で、とてもきれいな歯並び、それに歯の色ツヤ・・・。

 

 ずいぶん以前に読んだ「アラビアンナイト」。

 

 そこに登場する王女様の歯を「真珠のような」と讃えていた一節をふと思い出し、こんな歯のことを言ったのかな?などと想像しつつも、我が修理だらけの歯を嘆く。

 

 さて、医師による問診のコーナー。

 

 そこに向かうぼくの顔をその医師がじっと見つめている。

 

 ぼくにはすぐわかった、藤井先生だと。

 

 今日は市の委託で問診のコーナーを担当しておられるのだろう。

 

 「センセ、お久しぶりです。以前はカゼのたびにお世話になった神田と申します」

 

 ぼくはよくカゼをひき、そのたび、この開業医の藤井先生のところに通っていたのだ。

 

 「そうでしたか、いや、どこかでお見かけした人だと思っていたんです。」

 

 名前はともかく、先生がぼくの顔を覚えておられたとはとてもうれしい。

 

 「いや、センセ、私も退職してからカゼをひかないようになり、センセのところもすっかりご無沙汰に・・・」

 

 「はあ、それはストレスからの解放効果ですよ。ストレスと病気は深い関係がありますからね」ということだった。

 

 「いや、私も開業してもう28年になりました・・・」と続ける。

 

 そういえば、藤井先生、開業当時と違い、髪の毛もヒゲもすっかり白くなられた。

 

 そろそろ引退を考えておられるのだろう、などと思いつつ、次の心電図コーナーへ。

 

 胸のレントゲンで予定は終わり、付き添ってくれた看護学生ともお別れ。

 

 「おおきに、保健師、がんばってね!」と。

 

 若い人たちの新しい時代が静かに満ちてくるように思えた日。

 

 携帯が鳴った。

 

 画面をみると奥野君からだ。

 

 いつものように「もしもーし、久しぶりっ!」と語りかけたが、何やら様子が違う。

 

「奥野の息子の〇〇ですが・・・」

 

 「エッ」と息をのみ、すぐに察した。

 

 朝、自宅で倒れ、還らぬ人となってしまったとのこと。

 

 奥野君は職場の後輩で、ぼくより10歳近く若い。

 

 ぼくが自宅改装で一時的に転居したとき、交通事故にあってしまい動けず、彼にさんざん助けられたことなど、あれやこれやと思い出す。

 

 仕事でも余暇でもよく共に過ごした、いわば生涯の友の一人だった。

 

 が、不運にも彼は肺がんを患った。

 

 医師からは進行を遅らせることはできても治る見込みはなく、余命は・・・と宣告されてしまったのだ。

 

    

 

 今年のはじめ、ぼくらは暗い面持ちで再会した。

 

 ぼくの身近な人でがんで亡くなった人のことを彼はいろいろ尋ねた。

 

 抗がん剤治療の終息後の緩和ケア、訪問診療の契約、ホスピス入所の準備等々。

 

 遅かれ早かれ彼もホスピスに入ることになるだろうか、そうなったら見舞いに行って話し相手になろうかなどとぼくは考えた。

 

 その日の別れ際、ぼくは両手を差し出し、奥野君の両手を包み込み「これまで、長いこと、おおきにな」と言った。

 

 「余命〇〇」と宣告された人にとって「(治療)がんばって」などという励ましほど戸惑うことはないと聞いていたからだ。

 

 奥野君は急に涙ぐんで「お世話になりました、ありがたかったです」。

 

 ぼくも目頭が熱くなり「いいや、ぼくこそ」。

 

 これがぼくらの交わした別れの言葉になってしまった。

 

 が、訃報に接した今、奥野君への感謝の気持ちを自分の口からじかに伝えておいたこと、それはぼくが彼にできる最良の贈りものだったのかもしれないという気がしてならないのだ。

 

 奥野君、君のことは忘れへん、あらためておおきに、安らかに。

 BSで映画「テルマ&ルイーズ」(1991米国)。

 

 ウェイトレスとして働く中年の独身女性ルイーズと専業主婦テルマが週末ドライブ旅行に出発するも、テルマがレイプされそうになり、ルイーズは護身用ピストルで男を射殺。

 

 ここから二人は自ら強盗を働くなどしながらの逃避行に入るが、最後には警察に追いつめられ、断崖から車で飛び降りて果てるというもの。

 

    

 

 小市民的な感覚からすれば、最初の射殺で逃げずに警察に届け、法の裁きに任せればいいのにと思うところだが、これは一種の「はずみ」のような始まりでもある。

 

 逃避行途上でも彼女らは言葉巧みに言い寄る男に所持金すべてを盗まれたり、色情狂のようなトレーラー運転手の挑発に遭ったり・・・で連続犯行の深みに。

 

 一方、テルマは身勝手な夫との鬱屈した日常にはうんざりしており、ルイーズは過去に被ったレイプ被害に今も精神的に悩んでいた。

 

 二人はそれぞれ過去の日常にはもう戻りたくないとの思いをもっていたわけだ。

 

 が、最後には警察に追い詰められたところで、つかまりたくない、飛び降りようと二人で決意。

 

 キスを交わし、全速力で崖に向かって車をとばす二人、握り合った手、交わす最後の笑顔、そして飛翔。

 

 それは二人がともに生き辛かった過去に決別する瞬間だった。

 

 なんという絶望感だろう。

 

 彼女らの犯罪を肯定するものではないが、映画とはいえ、思わず花を手向けてやりたい気分になってしまった。

 BSでこの映画をみた。

 

 標題から、ふざけた喜劇か?と思ったが、なかなかのもの。

 

 幕末、藩命により長州藩の山形彦九郎を討たんとする会津藩士高坂新左エ門。

 

 二人は抜刀のうえ死闘、そこに落雷、高坂は現代京都の今や斜陽化進む時代劇撮影所にタイムスリップ。

 

 ところが長州藩の山形も先に撮影所にタイムスリップしており、二人は俳優同士として映画撮影で一騎打ちを演じることになる。

 

 高坂は時代劇で本当の武士の立ち合いを残そうと、また維新の恨みをはらすべく山形を斬ろうと、竹光でなく共に真剣で撮影に臨む。

 

 そうして高坂は山形を圧倒するが、しかし刀を落とし自分を「斬れ!」と言う山形をどうしても斬れない・・・そこでカットとなる。

 

 山形は泣き崩れる高坂に「お互い、この国を思って己の信ずる道を精いっぱい生きた、それでよいではないか」と声をかける。

 

 またいずれ武士や時代劇のことも忘れられるだろうとも。

 

 が、高坂は今はまだそのときではないと時代劇撮影の道に戻るというもの。

 

     

 

 いや、この映画の真剣での立ち回りの場面。

 

 監督たちスタッフらは当初は演技だと心得ていたものの、次第に「アドリブだらけ」の異様な熱気に戸惑い始める。

 

 このあたり、ぼく自身もみていて一瞬「このシーン、どうなるんやろ・・・ほんまに斬ってしまうのでは?」と気が気でなかった。

 

 結局、高坂が山形を斬らなかったことにホッとしたのだが・・・。

 

 なるほど。

 

 みる者をそんな気にさせる手法、実にうまい!

 

 この映画、幕末武士の対立が主題のようにみえるが実はそうではない。

 

  斜陽化の時代にあって、なおも時代劇にしがみつくかのように情熱を燃やし続ける映画人たちの熱い心、姿が主題なのだと実感。

 

 いやあ、おもしろかった、拍手。

 ワールドカップの準決勝で、アルゼンチンがイングランドを逆転で下したとのニュース。

 

 サッカーのことはあまり知らないが、メッシ選手の勝負強さには感心する。

 

 さて、試合が終わり、アルゼンチンの選手たちが手書きの旗。

 

 「マルビナスはアルゼンチンのもの」と書かれているらしい。

 

 ニュース解説者によれば、こうした政治的主張を応援に持ち込むことはFIFAが禁じており、問題になろうという。

 

 いや、ぼくには何のことか、「マルビナスって何?」といったところだった。

 

 が、解説を聞いてわかったのは、アルゼンチン側の言うマルビナスとは「フォークランド諸島」のことだということ。

 

 それならわかる。

 

 サッチャー英首相が奪還作戦に成功した1982年のあれだ。

 

 もっともあれ以来、その話は聞かなかったので、もうとっくに終わったことと思い込んでいたところだった。

 

     

 

 ところでその昔、いつだったかのオリンピックの閉会式を見て、若かったぼくはとても心を打たれたことがあった。

 

 それというのも、各国選手団が隊列を崩し、肩を組んだり抱き合ったりと微笑ましい行進風景だったからだ。

 

 人間、一人一人になれば国籍や人種の違いなんて関係ない!、お互い平和に暮らせるはず!と。

 

 が、そうした感動もそのときだけで、世界の戦火は少しもおさまらなかった。

 

 気づかされたのは、人間、いくら音楽やスポーツで一体感が得られてもその暮らす地域での対立が解決されないかぎり、紛争の火種が消えることはないのだということ。

 

 フォークランド諸島をめぐる紛争も、大航海時代にさかのぼり、パナマ運河の建設などいろんな経過がからんでいるようだ。

 

 1982年の戦闘もその長い歴史の中の一事件ということか。

 

 対立や紛争が人間の歴史に避けられない添えものだとしたらこれは哀しいことだ。

 

 が、幻想となってもいい、若いときに見た夢を見続けさせてはくれないものか。