しかし、マナセはユダとエルサレムの住民を迷わせて、主がイスラエル人の前で根絶やしにされた異邦人よりも、さらに悪いことを行なわせた。主はマナセとその民に語られたが、彼らは聞こうともしなかった。そこで、主はアッシリヤの王の配下にある将軍たちを彼らのところに連れて来られた。彼らはマナセを鉤で捕え、青銅の足かせにつないで、バビロンへ引いて行った。しかし、悩みを身に受けたとき、彼はその神、主に嘆願し、その父祖の神の前に大いにへりくだって、神に祈ったので、神は彼の願いを聞き入れ、その切なる求めを聞いて、彼をエルサレムの彼の王国に戻された。こうして、マナセは、主こそ神であることを知った。その後、彼はダビデの町に外側の城壁を築いた。それはギホンの西側の谷の中に、さらには、魚の門の入口に達し、オフェルを取り巻いた。彼はこれを非常に高く築き上げた。そして、彼はすべてのユダの城壁のある町々に将校を置いた。さらに、彼は主の宮から外国の神々と偶像、および、彼が主の宮のある山とエルサレムに築いたすべての祭壇を取り除いて、町の外に投げ捨てた。そして、主の祭壇を築き、その上で和解のいけにえと感謝のいけにえをささげ、ユダに命じてイスラエルの神、主に仕えさせた。                                       ―第二歴代誌33:9~16-

一般的に私たち日本人は、キリスト教徒に対して清く、正しいイメージを抱いていますが、聖書にはそのような人ばかりが登場しているのでしょうか?実際は全くそうではありません。信仰者と言っても救われた罪人です。イエス様の12弟子の筆頭であるペテロもイエス様を裏切る大失敗をしてしまいました。その他にも、イスラエルと後に呼ばれたヤコブのように破天荒な人も大勢登場します。士師サムソンもなかなかに壮絶な人生を送りました。今週取り上げるマナセ王も、旧約聖書の放蕩息子と呼ばれる人です。マナセ王の父は宗教改革を行ったヒゼキヤ王でした。12歳で即位したマナセはヒゼキヤと共同統治を行いました。ヒゼキヤが存命の時は模範的な王様だったと考えられます。ところが父の死後、マナセは急変します。自ら偶像礼拝を行い、神殿に偶像を持ち込み、ありとあらゆる呪術や霊媒、卜占を行いました。伝承によると、イエス様の預言を語った預言者イザヤものこぎり引きにしたとまで言われています。暴虐の限りを尽くしたマナセは神様の懲らしめを受け、アッシリヤ軍に捕らえられ、遠くバビロンに運ばれ、投獄されました。マナセはその時、自らの罪を心から悔い改めて真の神様に立ち返りました。マナセはバビロンの王からも赦免されて、また再びユダ王国の王に返り咲くことができました。マナセは国中と神殿から偶像を一掃し、神殿を修復して、民の信仰を回復させる事に尽力しました。私たちはマナセの姿を見る時に、「本当にこれでいいのだろうか?あまりにも虫が良すぎる話ではないだろうか?」と疑問を抱くのではないでしょうか?しかし、そこに決して赦されない、容赦されない者を赦す神の愛と恵みの豊かさがあらわされているのです。どんな人であっても、神様に赦されて、救われる事ができます。そして変えられて、祝福を受ける事ができるのです。皆さんはマナセの姿の中に何を見出しますか?希望が見えますか?