読書感想文90 窪美澄 じっと手を見る  | 恥辱とカタルシス

恥辱とカタルシス

作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

おおお……結構な傑作を見つけてしまったかもしれない。

 

こんばんは、渋谷です。

 

 

 

もう12時が来るって言うのにこんなん書いてますよ。ていうか、この本読むのも止められなくって一気読みしちゃったんですよ。面白かった!窪美澄さんの「じっと手を見る」、そんなに大きな期待はしてなかったんですけどね。

 

以前「ふがいない僕は空を見た」でちょっと変わった感性を持った作家さんなんだなと思っていた窪さん。変な人が好きな私は、この本を図書館で予約していい子で待ってたんです。2か月ぐらい……待ったのかな。で、今日借りに行って開いて一気読みよ。止められなかった!この人は私と同じようなものを見てるのかも知れないと思った。読了後興奮のままに、これを書いているのです。

 

 

 

 

この「じっと手を見る」は短編連作です。

 

そのなかにある、みずうみ

森のゼラチン

水曜の夜のサラバン

暗れ惑う虹彩

柘榴のメルクマーク

じっと手を見る

よるのみずべ

 

の7編から成り立っています。

 

でも、話の流れは全部繋がっているんですね。視点が変わるだけ。

 

主人公は介護士の日奈ちゃんという女の子です。地方都市在住です。1話目では24歳。海斗君という同い年で同じく介護士をしている彼氏がいるんですが、お互い初カレ初カノでなんかうまくいっていません。海斗君ばっかりが日奈ちゃんを好きで、身寄りをすべて亡くし落ち込んでる自分を愛してくれる海斗君に、日奈ちゃんが縋っちゃった形なんですね。だからしんどくなって、日奈ちゃんは海斗君から離れたくなっちゃいます。でも海斗君は日奈ちゃんに未練たらたら。そんな時に東京からやってくるのが、31歳の商業デザイナー、宮澤さんです。

 

宮澤さんがねー、なかなかにいいキャラなのよ!生い立ちが変わってるからか、人を好きになるって気持ちが悪意なく理解できないんです。人恋しくてぬくもりは求めるけれど、踏み込まれると逃げたくなる。……うわ、既視感しかないわ。そんな宮澤さんは日奈ちゃんと深い仲になってしまうんです。身体の相性がいいもんだからか、宮澤さんのことを純粋に好きになってしまう日奈ちゃん。

 

このへんもね、ファンタジーを含んでなくていいのよね。宮澤さんたら実は東京に嫁がいるんですよ。嫁からも仕事からも逃げたくて日奈ちゃんの身体に逃げてるんですね。日奈ちゃんはうっすらそれが分かってるんですが、セックスが気持ちいいもんだからなんだかまあいっか、みたいな気持ちになってしまっています。

 

そうそう、いくら「浮気は害悪だ」と声高に叫んだところで、結局人間って肉体の中に魂を詰めて生きているので、肉体の声から離れることはできないんですよ。私はそう思います。日奈ちゃんは決してセックスだけに没入してる女の子じゃないんですけど。身に沁み込んだ寂しさや苦しみを、セックスで消化させてるってところがあるんだと思う。まあまだ若いし。気持ちいいに越したことはないわな。会社を潰して東京から逃げ出した宮澤さんを追って、日奈ちゃんは生まれ育った町を飛び出します。で、振られちゃった海斗君にも新たな恋がやってくる。

 

でもでも、海斗君が同棲を始める真弓ちゃんがこれまた面白い子で。ほとんど中身は宮澤さんと同じなんですね。寂しいから誰かとセックスしたいけど、ずかずか陣地に入り込まれてくると嫌だっていう。しかも巨乳ちゃんなもんだからやりたい放題のいわゆるビッチ。

 

海斗君は面倒見が良くて独占欲が強い男の子なので、3年も真弓ちゃんと同棲するんです。バツイチ子持ちの真弓ちゃんは、障害を抱えた子供を元夫から引き取らねばならないのに、それを知って真弓ちゃんにプロポーズする海斗君。そこにあるのは優しさとか責任感とかそういうふんわりした気持ちでないんです。海斗君も結構な闇を抱えた青年なので読んでるこっちももうハラハラです。結局真弓ちゃんは海斗君を振っちゃって東京へと引っ越していきます。そして時を同じくして、日奈ちゃんも宮澤さんと別れ町に帰ってくる。

 

さあ、ふたりはどうなるのでしょう。ねえ。どうなるんでしょうね。30歳を超え大人になった二人は、それぞれが抱えてきた人生の重さをもって向き合います。ラストまで、ほんとにいい話だった……!

 

 

 

この話のモチーフになっているのが、「介護」なんですね。

 

このモチーフが、この作品に普通の恋愛小説にない重みを生み出していたように思います。「地方都市でくいっぱぐれないために」選んだ介護という仕事。でも日奈ちゃんも海斗君も真摯に仕事に向き合い、自分に向き合って生きています。淡々と重ねていく毎日の中で、吐しゃ物とも排泄物とも利用者さんの死とも向き合わねばなりません。

 

そんな日々を過ごすうち、日奈ちゃんは自分が求めているものが分からなくなってしまうんですね。家族もいないし趣味もないし夢もないし。そこに気持ちいいセックスをしてくれる男がいたから愛してしまった。でもその男は、結局それ以上のものは何も彼女に見せようとしない男だった。ここでブチ切れずに(嫁と別れろ等)すっと身を引く日奈ちゃん。なんか達観してるんです。そんな彼女が、やっと誰かの手を求めることができるようになるまでのお話です。

 

うーん、良かった。これ、感性が合わない人にはなにが言いたいのかよく分らん話だと思うんですよ。私が「ナラタージュ」が分からんように(しつこい)。でも、分かる人には刺さる話だと思う。「人に踏み込まれることに恐怖を覚える」人間にはテキメンなんじゃないでしょうか。「人に踏み込まれるのが怖い」人が介護の仕事をしているというところもポイントなのかもしれません。重厚にいろんな効果を出している気がします。うん、うまく言えないけど私はこの本すごくいいと思う。

 

窪美澄さん、好きな作家さんのひとりになりそうです。もっといろいろ読んでみようと思います。楽しかった。さあ寝よう。

 

では、おやすみなさい!