東日本大震災の日から一年が経とうとしています。
現場はまだ沢山の傷跡。大地にも人々にも。そして沢山の
心の痛み。失ったものの尊さや、やるせない思い。
復興って、とてもエネルギー要るし理解や協力も必要。
自分は目先の生活に追われて、被災者の方々に会うこともせず
何も出来ていない。申し訳ない思いにかられます。
瓦礫の片付けとかにいくべきなんだよと思うけれど
出来ていません。
私は、絆とかたいそうな発言できないけど
絆の先に立ち憚ってくる「覚悟」は感じながら生きていきたいと
思います。
私の家内がことのほか大きな病にかかったときに思った事は
一緒に生きていくという覚悟でした。
自分に何が出来るか判らないけど、傍にいて、できるだけの
手助けをしたいという覚悟でした。
同じ国に一緒に暮らしてきた方々に思いすら行けないのは
言行不一致、偽善かもしれません。でも片時も忘れずにはいたいのです。
でも覚悟はあるつもり。北海道でも瓦礫の処理受け入れを
考えていかないと、いけないと思うよなぁ。
そのうえで初めて絆という言葉、口に出せるようになるんじゃ
ないかなぁ。言葉って重いから。人を立ち上がらせるのも
うちひしがしてしまうのも言葉。
だから容易くない。自分の発言だって正直、怖くなる。
でも発信はしたい。
心は寄せているつもりですから。
あの日から一年…、これからもずっと、一緒にいますよ。
覚悟、感じてこれからも、そばにいますからね。