● コミュニティの中で生きているという意識〜束縛を選択する自由〜
我々は1人では生きておらず、家族というコミュニティ(共同体)、会社というコミュニティ、ゆるやかな自治体というコミュニティ、マンション内のコミュニティ、趣味のコミュニティ、「なかだ」というコミュニティなど様々なコミュニティで生きています。
まあ、コミュニティ事に色々な臨場感があります。
中国人の一般家庭のコミュニティでしたら、自分の家族しか信頼しない、みたいな習慣もあると聞きました。沖縄では、8人〜12人の中国人観光客の方を結構みましたよね。2~3世帯が一緒に旅行って日本では観ない気がします。
家族全体が凄く仲が良さそうで、今まで抱いていた中国のイメージと全然違うな〜、って思ったものです。笑 僕も過去のTVメディアに洗脳されていましたね。笑
西洋的な文化が切り抜かれて入ってきたり、電化製品を売りたいがために戦後核家族化された今の日本ではなかなか臨場感が湧かない感覚かもしれません!
「なかだ」自身、軍隊より厳しいコミュニティで生きてきた先生に習ったり、軍隊のような気功のコミュニティで生きてきた経験から「コミュニティ意識って重要だよね」って、今年から言い始めました。
コーポレートコーチングという概念には、コミュニティが含まれていますし、
まあ、家族というコミュニティもそうですよね。
そんな中、気功やヒーリング、コーチングに興味を持つ方は自己中心的な考え方をしていて、コミュニティに迷惑をかけても放置するような方が多いような気がしています。
昔でいえば、フィードバックを送ってくださいと書いても送ってこないとか、ですね。
やりたいことだけやって、その後の自己責任の放棄です。
スポーツや会社や集団行動をしていれば、
これはありえません。
何故ならば、自分のせいで、他人に迷惑がかかるからです。
ほんの少しの意識でいいので、コミュニティの中で生きているという意識を持って生きると生きやすくなるんじゃないかな?ということが1点。そうすれば、自分や他人や全体のことも尊重できます。
個人よりも全体!という全体主義的なことを言っているわけではなく、
個人もあって、全体もあるわけです。
あと、自由を誤解しているのかな?とも思いました。
自由にはフリーダムとリバティの2種類があります。
フリーダムとは、以前もブログで書きましたが、束縛からの自由。エンペリカルな定義でいえば、自由になりましょ〜って言っている感じはこちらに思います。解放される感覚ですね。
まずは、束縛に気づかないといけないですからね。
幻想からの覚醒もこれにあたると思います。
束縛の幻に気づくということ。
そして、リバティとは、束縛から自由になって、あえてそこから束縛を選択する自由です。自分をアルゴリズムで縛る感覚です。
ポイントは、自分をアルゴリズムで縛れば縛るほど、情報空間では高く飛べるようになります。
コミュニティのルールを守るとか、ワークを提出するとか、まあ、色々ですね。
自由になったら、自分をアルゴリズムで縛ることが重要になってきます。
好きなときにやればいいや〜だと、
どこにもいけないんですよね。
筋トレには、筋トレの積み重ねられてきた理論や栄養学というルールがあります。
ルールを正確に守るとかも、重要です。
スポーツなどもルール内で限界に挑むから面白いですよね。まあ、ヨーロッパのようにルールを書き換えてきたり、ルール自体が間違っているパターンもあると思いますが、ルールを守る、規律を守るって重要です。
抽象度が上がれば上がるほど、
自分を規則で縛ることになっていくと僕は感覚的にも思っています。
気功やヒーリングの技法も、規則を守るほど、効果が出てくるのは同じです。
今のうちに頭の片隅にいれておいてください!!!
・コミュニティ意識
・束縛を選択する自由(フリーダムとリバティ、抽象度が上がれば上がるほど、
自分を規則で縛ることになります。そうすることで、情報空間で高く飛べるようになります。)