今から期間限定の施術です。アレルギー性鼻炎とのことでした。アレルギー性鼻炎といえば、日曜日にも施術しましたが、、、それはさておき施術時間まで筆を取りますね。
マルクスの資本論について語るのは約1年~2年ぶりです。ダウンロードに時間ががが、、、かかりました。笑 こちらの続きです。

・分厚い資本論を書いたマルクスさん
クライアントさんがマルクスの資本論を読んでいるそうで、数十年暗闇を彷徨うことにならないように書いておきます。古典の名著は色々な読み方ができてしまうものですし、資本論は今も研究されており、一生を捧げるような書籍です。
フランスの経済学者トマピケティの21世紀の資本論が話題になった時も微妙に思い出しましたが、それ以来な気がしています。
我々は大学で習っていたり、聴講したり、どこかで潜っている人はおkですが、大人の教養としてマルクス的な資本や貨幣の定義くらいは覚えておきましょう!

・古い画像ですが、時計の横にある分厚い書籍が21世紀の資本。タイトルの訳がよくないですよね。売れるように編集者がつけたのでしょうが、ピケティはマルクスの資本論を読んでないと言及していますし。 Capital in the Twenty-First Centuryが英題。
21世紀の資本のトマピケティはマルクスの資本論は読んでいないと来日時に言及しています。
21世紀の資本といえば、r(資本収益率)>g(経済成長率)の方程式は統計を取るまでもなく仕事をしている人にとっては当たり前の話で、そして、21世紀の資本自体が大衆に向けたウォールストリートが仕掛けたただのガス抜きであり、我々はただ載せられていただけという噂話もありました。
21世紀の資本は結局最後まで読まなかったですが、、、懐かしいですね。
多分、一字一句飛ばさず読んでいる人って日本中で100人いないんじゃないでしょうか。プロの東大系の経済学者さんのコラムでさえも、サマリー本を読んだだけでピケティについて語っていた現状でしたので。
キッチリ読んで、理解している人はほとんどいないのだと思います。苫米地英人博士と池田信夫さんくらい?
プロの経済学者さんでもピケティは分からないんだーと思ったことを覚えています。東大系の経済学者さんも象牙の塔に籠っただけの机上の空論ではなく、実際経済活動をして、本を書いて欲しいなーとも思いました。
そんな中、学者でもない「なかだ」がマルクスの資本論について書いても仕方がない気もしていますが、実際経済活動をしているとマルクス的な資本の定義とマルクス的なものの観方が参考になることがあります。
資本とは何?貨幣って何?ってことです。
資本とはマルクス的な定義でいえば、資本とは剰余価値の自己増殖する運動体です。2015年は資本=紙幣としてもいいのではないかな?と思いますが、
剰余価値?
自己増殖?
運動体? って概念?とおもいますよね。
厳密に剰余価値を引用すると、産業資本において資本が労働力を用いて商品を生産する過程(生産過程)での労働量は、労働者の生活に必要とする労働(必要労働)と、それを超える剰余労働(不払労働)から構成され、この剰余労働によって生み出された価値が剰余価値であるとなるのですが、21世紀の現代で不払い労働と言われても古いというか、???となりがちですから、貨幣の余りくらいに考えておけばよいと思います。
そう考えると、この剰余労働によって生み出された価値が自己増殖しながら、運動していくというのは現代の金融資本主義の紙幣そのものだなと考えられます。目の前のお金という存在を見たときにアプリオリに存在するお金という物質とみなさないで、剰余価値の自己増殖する運動体という概念としてお金も捉えられるということです。
このものの観方はビジネスなどをしていると結構使えます。というか、知識人にとっては当たり前といえば、当たり前なのかもしれませんが、また、資本の流通の話も参考になるのではないでしょうか。
ある貨幣額が生産手段と労働力に転化することは、資本として機能すべき価値量が踏み出す第一の運動である。それは市場で、流通部面で、おこなわれる。運動の第二段階、生産過程は、生産手段が商品に転化したときに完結するが、この商品の価値はその構成分の価値を超えており、したがって、最初に前貸された資本に剰余価値を加えたものを含んでいる。これらの商品は次に、再び流通部面になげこまれなければならない。これらの商品を売り、それらの価値を貨幣に実現し、この貨幣を新たに資本転化することが重要であり、そしてこれがたえず繰り返される。こういうように、いつも同じ諸段階を次々に通る循環が、資本の流通である。
蓄積の第一条件は、資本家が自分の商品を売り、それで得た貨幣の大部分を、すでに資本に再転化している、ということである。(略)剰余価値を生産する資本家、つまり、不払い労働を直接に労働者からくみ出して商品として定着させる資本家は、たしかにこの剰余価値の最初の取得者ではあるが、けっしてその最後の所有者ではない。 カールマルクス「資本論」1巻第7編
これらの商品を売り、それらの価値を貨幣に実現し、この貨幣を新たに資本転化することが重要であり、そして、これがたえず繰り返される。というのは我々はしばしば忘れがちです。資本転化していきましょう。次への投資ということです。
また、剰余価値を生産する資本家、つまり、不払い労働を直接に労働者からくみ出して商品として定着させる資本家は、たしかにこの剰余価値の最初の取得者ではあるが、けっしてその最後の所有者ではない。という一文が面白いですね。
我々は最後の所有者として振る舞いがちですが、けっしてその最後の所有者ではないということなののです。
マルクス的な資本や貨幣の定義くらいはおさえておいて損はないと思いますね^^また、経済学でしたらアダムスミス、ケインズも面白いですよー。
今日カバンに入れているのは、龍樹の中論(文庫版)ですね。これはチベット仏教のゲルグ派で正式に在宅出家して、僧侶になったからですね。縁起という説明の原理、さらに顕教、密教共に顕密同行のお勉強です。
では、施術へ!
【参考書籍】
資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)/岩波書店

¥907
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21世紀の資本/みすず書房

¥5,940
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龍樹 (講談社学術文庫)/講談社

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ゴール設定・末期ガン・エフィカシー(ゴール達成への能力の自己評価)・趣味・社会貢献・ファイナンス・部下指導・職業・転職・起業・人間関係等に関する内部表現書き換え、働きかけを行っています。
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