閑谷学校あいうえお論語「の」 | 周南市 東郭の世界

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      閑谷学校 孔子廟と閑谷神社2013.3.31 同級生と訪問した。
 
 
 
 
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論語 泰伯第八
 
【原文】
 
曾子曰以能問於不能以多問於寡有若無
céngzǐyuēyǐnéngwènyúbùnéngyǐduōwènyúguǎyŏuruòwú
有若無實若虚犯而不校昔者吾友嘗從事於斯矣。
shíruòxūfànérbùxiàoxīzhĕwúchángcóngshìyúsīyǐ
 
【読み下し文】
 
曾子曰く、能を以て不能に問い、多きを以て寡きに問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く、犯さるるも校せず。
昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。
 
 
【語句解説】
 
能(のう)・・・才能のある者
不能(ふのう)・・・才能のない者
多(おお)き・・・豊かな(者)
寡(すくな)き・・・貧しきもの
犯(おか)さる・・・害される
校(こう)・・・やりかえす
吾が友・・・顔回
 
 
【東郭解譯】
 
曾子が云いました。能力があっても能力のないものにも、ものを尋ね、豊かであっても
 
貧しい者に尋ね、有っても無いように、充実していても空しいように謙虚にふるまう。
 
人から害されても懲らしめてやろうなんて思わず、昔は私の友達(顔回)にそういう
 
謙虚な人物が居たものだ。曾子(そうし)はWikipediaにつぎのように紹介されています。
 
“曾子(紀元前505 - 没年不詳)は、孔子の弟子で、儒教黎明期の重要人物である。
 
諱は参(しん)。字は子輿(しよ)。父は曾点(子皙)、子に曾申。十三経の一つ『孝経』
 
は、曾子の門人が孔子の言動をしるしたと称されるものである。また、孔子の孫子思は曾子
 
に師事し、子思を通し孟子に教えが伝わったため、孟子を重んじる朱子学が正統とされる
 
と、顔回・曾子・子思・孟子を合わせて「四聖」と呼ぶようになった。“とあります。
 
日本では江戸時代に儒学が盛んになったそうです。理由は封建制度を支える為に有用であっ
 
たとされています。主な学派は朱子学(林羅山・山崎闇斎)、陽明学派(中江藤樹)、古学
 
派(伊藤仁斎・荻生徂徠)があります。時代の変遷で考え方も随分変わってきて、曾子が昔
 
は謙虚で慎ましやかに暮らしている人が居たと云っているのは、いまではそんな人はいない
 
という事ですね。曾子はそういう人や社会にあこがれていただろうことも窺われます。
 
 
                           《2016.3.5 周南市 東郭》