【神社仏閣】春日山不空院(奈良) | 周南市 東郭の世界

周南市 東郭の世界

Yahoo blog経歴10年でアメブロへ移行しました。
一応、貴重な記事・画像は移行成功しているようで、引き続き東郭の世界を楽しんで下さい。令和元年から新しいアメブロで頑張ります。 “ゆうぜんとしてほろ酔へば雑草そよぐ”

時は秋、古都の寺院では特別公開と称して重要文化財秘仏などを拝観させてくれる。

 

祈りの回廊と銘打ってある不空院に参拝した。

 

「不空」とは信じれば必ず願いが叶い空しい思いをさせない、という意味がある。

 

また、人物名でもあり、【不空】ふくう  (705~774) 中国、真言宗付法第六祖。

 

一説に北インドの出身。唐の長安で金剛智に師事。741年セイロン・南インドに渡り竜智から密教を

 

学び帰国。唐朝の尊信を得て密教を広め、「金剛頂経」など多くの密教経典類を翻訳した。

 

門下に恵果などがいる。不空金剛。不空三蔵。と説明している。弘法大師空海が唐に渡って恵果阿

 

闍梨より正統密教の師位を受けたのは、ご存じの通りだが、その恵果阿闍梨の師匠が不空と言うの

 

も誠に感慨深い。由緒といえば、鑑真和上が此処不空院に住まわれたことや空海が八角円堂の

 

建立を提案し、願文を書かれたなど、奥が深い。

 

従って、当時の不空院は国際的が成り立ちの背景があったのだが、現在においても外国人がやって

 

くるので、対応しなければならない。京都や奈良の観光客相手の人々は、英語なども堪能で接客に

 

ついても、支障がないのには驚かされる。欧米人やアジア人が何処まで宗教に惹かれるものがある

 

のかは判らないが、少なくとも接客している日本人の文化度の高さには、恐れ入る。

 

不空院には、朝早くから参拝したのだが、お寺の関係者やボランティアの老人たちの暖かく熱心な

 

説明は、非常に心温まる交流でありました。その節は、大変有難うございました。

 

                                      《2019.10.25 周南市 東郭》

 

不空院(ふくういん)は、奈良県奈良市高畑町にある真言律宗の寺院。山号は春日山(しゅんにちさん)。 本尊は不空羂索観音。かつては「かけこみ寺」であった歴史から縁切り寺として知られる。


 

 

 

 

重要文化財

木造不空羂索観音坐像 - 寄木造、漆箔、玉眼。像高103,9cm。鎌倉時代。興福寺出身の僧円晴が、興福寺南円堂を模して八角円堂を建て、本尊としてこの不空羂索観音像を安置したとの伝承がある。


 

 

 

 

縁 起

「大乗院寺社雑事記」などの歴史文献には、奈良時代(753年・天平勝宝5年)中国より渡来された鑑真和上が、ここ不空院に住まわれたとの記述があります。
また平安前期(810-824 弘仁年間)には、弘法大師(空海)が興福寺・南円堂建立の試みとして、鑑真住房跡であるこの地に雛形の八角円堂の建立を提案して願文を書いたと伝わります。これが不空院の始まりといわれておりますが、定かではありません。ただ八角円堂はこの寺域に確かに建てられ、不空羂索観音が奉安されたのは事実です。(八角円堂は江戸時代・安政の大地震で倒壊しましたが、不空羂索観音は現在も当山に御本尊として御座します。)

 

 

 

 

春日山不空院本堂

 

 

 

                 山号     春日山

                 宗派     真言律宗

                 本尊     不空羂索観音

                 別称     福井之大師

                 札所等    大和北部八十八ヶ所霊場第77番

                 文化財    木造不空羂索観音坐像(重要文化財)

                 御真言    オン・ハンドマダラ・アボキャジャヤニ・ソロソロ・ソワカ

 

                 所在地    奈良県奈良市高畑町1365

 

 

 

 

 

 

 

ご本尊 不空羂索観音菩薩坐像

 

不空羂索観音菩薩坐像

(鎌倉時代 昭和61年重要文化財指定)

「春日山」の山号が表すように、当山と春日大社には深い縁があります。当山本尊の不空羂索観音は春日第一神である武甕槌命変化のお姿であります。このために御前には鏡を配し白鹿が控えております。お身体に鹿皮の衣を纏ったお姿を好んだ藤原氏が厚く信仰したといわれます。古くは広く民衆に親しまれた観音様でしたが、藤原氏の信仰仏とされて後は容易に造立されなかったが故に現存数は極めて少なく、奈良を中心に十体足らずが残るばかりです。なかでも当山の坐像は、東大寺・三月堂(法華堂)の立像 興福寺・南円堂の坐像とともに「三不空羂索観音」と称されております。

『不空羂索神呪心経』には「この観音様を念ずれば、人災天災の難を逃れ優れた利益を享受でき、臨終にあっては阿弥陀浄土へ往生する」と解かれています。
不空とは「空しからず」余すところなく人々に利益を施すという、この仏の本願の言葉です。羂索とは本来、鳥獣魚を捕る道具ですが、仏が手にすると人々を救済する象徴となります。「一面三目八臂」お顔が一つ、眼が三つ、腕は八本のお姿で、額の第三の眼「仏眼」は一切を見通す悟りを開いた者の眼です。
正面の手は合掌し、他の四本に 羂索・払子・蓮華・錫杖 を持ち、外の二本は掌を空に向けて開いておられます。観音は悟りを求める修行の姿といわれますが、不空羂索観音は仏眼を持ち、手にする蓮華も開いております。今まさに悟りを開かれたお姿なのでしょう。《出典:不空院HP》

 

 

 

 

 

えんきりさん・えんむすびさん