今城塚古代歴史館を見学した後、今回の最後の目的地である史跡新池ハニワ工場(はにわこうば)公園に向かった。駐車場がないため路上駐車して傘をさして歩いた。雨は一向にやみそうにない。敷地内に入りその光景に圧倒された。今まで古代の住居を復元したものは何度も見てたが全然趣が違い斜面に復元された登り窯が二本あり、その向こうに復元された巨大な工房がある。その隣にはハニワ工場館という建物があり中に入ると発掘された登り窯がそのままの形で保存されていた。

このハニワ工場の概要と略年表をウィキペディアから引用し掲載させていただきます。

概要

新池埴輪製作遺跡は、五 – 六世紀の遺跡で、埴輪窯一八基と工房、工人集落からなる全国最大級の埴輪工場跡である。一帯は『日本書紀』欽明天皇二十三年条にある「摂津国三嶋郡植廬(ハニイホ)新羅人之先祖也」と考えられている。今城塚古墳(高槻市郡家新町、六世紀前半)の埴輪は当工場で造られた。

遺跡域では一九八八年(昭和六十三年)から調査がはじまり、一九九四年(平成六年)に「ハニワ工場公園」として整備された。

略年

西暦四五〇年頃、太田茶臼山古墳の造営を目的として工場が開かれた。窯三基(A群)と工房三棟、住居七棟の規模。

西暦四八〇年頃、窯五基(B群)と住居七棟を追加。番山古墳などのハニワを生産。

西暦五三〇年頃、窯一〇基(C群)を追加。五棟の工房(住居兼用)。住居一四棟。今城塚古墳向けのハニワを生産。

西暦五五〇年頃、ハニワ作りを終える。

 

この公園も無料で見応え満点でした。止まない雨の中、近くのインターから高速道路に入り帰路につきました。

 

愛知県本部事務局 松川秀康