あの小さなトラの野良猫は
十字架の下で眠りこけている
真っ白な色の自転車が
こきこきと変てこな音を立てて
バックしてくると
「にゃあ」とも鳴かずに
川のそばまで歩いていく
風がヒゲをぴょおんと押し曲げた
派手な柄のシャツを着た白髪のひとが
日曜日になると野良猫の横に座って
地の底が抜けるほどの大きなため息をつく
このひとはきっと、肩の上に
重いものをのせすぎたのだろう
「にゃあ」と鳴くわけでもなく
野良猫は眠りこけているだけ
赤く燃える空を見上げていた少年が
ゆっくりと駐輪場へ消えていく
ふと陽が落ちて、少年が
自転車を滑らせていくと
かすかな月の匂いは
気づかれぬように追いかける
小さなこの街が寝静まったころ
野良猫はこっそり「にゃあ」と鳴いた
遠くに見える焼き鳥屋の提灯が
明かりを灯すこともなく
静かに風に揺られている
それがまるで自分のようだと
野良猫は思ったのかもしれない
(2003年ごろ作成)