① 1970(十九歳・いわき)
#1
急に海が見たくなり 夢中でバスに乗り込んで いつしか夜の浜辺に佇む
星だけが低く輝く
海はやっぱり海さ!
身体のなかをかけぬける風に 私は少し身震いをした
#2
部屋に紛れ込んだ十姉妹 誰が飼っていたのだろう
捕らえようとしても キミは灰色の嘴で精一杯の抵抗を放つ
君が可哀相だから 君が他の鳥とは同じようには暮らしてゆけないから
ボクは捉えようとするのに
けれど… そうか…
死の選択さえ自由の範疇にはいるのか
#3
時計が1時を刻んだころであろうか。私は読みかけの本を閉じ、疲れた眼に手を覆いやる。その手をほどくと、手は書棚にある手鏡を握っている。己の顔を写し覗く。そして眺める。もはや習慣になってしまったことだ。そして毎回同じような不思議さに囚われる。己の身体に付随し確かに己の顔はある。
では、鏡に映る顔は誰だ?
#4
君と俺の仲はもう馴れ合いのものとなった どちらかというと俺の妥協… 人生で言えば老境に入っているかしらん
俺は俺とは別個の君のうちにかつては新鮮をみたっけ この辺で間を設けよう 休息といってもよい
#5
四畳半の狭苦しい部屋に裸電球がぶら下がっている 外は真っ暗闇 虫が集まっている。
#6
その老婆は、といっても歳は定かではなく、或いはそのように感じられるだけかもしれぬが、その日も路地裏の酒場口に在った。日は既にとっぷりと暮れた。なのに、いつものように酒瓶を携え、いつものように口を動かしていた。
ひとつだけいつもと違っているのは、老婆を見やるものが居ないのであった。
何を口ずさんでいたのだろう。
清元の一節か、唱歌か、御詠歌か、それとも念仏か…
眼には何を浮かばせていたのだろう。
故郷か、夫か、子どもか それとも飲み足りぬ酒の味か…
今にも老婆を白く染めてしまいそうな気配の宵であった。