妙心寺  龍安寺

 

 

 妙心寺…臨済宗妙心寺派大本山の妙心寺は、花園法王(鎌倉末)が妙超(みょうちょう)の弟子関山慧玄(かんざんえげん)を開山として、この地にあった花園離宮を禅寺にしたもので、慧玄が師である妙超の名の一字をいただき、その心を継ぐとの意味で妙心寺と名付けたという。

 

  仁和寺に続き、駅名として寺の名が続く。しかも、世界遺産登録の寺が複数入るのだから、改めて嵐電沿線ってすごいなと思う。

 

 

 

 龍安寺 …世界文化遺産登録の寺院名。枯山水の方丈庭園である「石庭」で有名な龍安寺は、細川勝元が細川家の寺として1450年に開基し、細川家の守護神「石清水八幡宮」のある男山より飛来した神龍の安息所として、龍安寺と名付けられた。

 

 下の写真は、どの歴史の教科書にも載せられており誰もが眼にしている龍安寺の石庭だ。

 

 

 

 実は、永らく京都に住んでいながら、数年前に初めて訪ねてみた。その折に撮った写真なのだが、日本人より外国人観光客の方が多かった。どんな風にその庭が見えるのだろう。見方や感じ方は人それぞれだ。だから、正直に言うと、僕は殊更の感慨も湧かなかった。むしろ、境内の池畔を巡って帰る道すがら、池面に映った木々の枝々にとっても心惹かれた。美を感じることは、主観的、相対的なものであり、人それぞれの気構え、心構えが感じさせるものなんじゃないかなと思う。一瞬の美もあれば、永遠の美もあるのだろう。

 

 龍安寺の石庭の奥に在る茶室の「つくばい」(手を洗う石鉢)は、水戸光圀が寄進したとされているが、謎解きのような文字が刻まれている。水をためる中央の□を偏やつくりとすると、「吾唯足知」と読める。

 「われ、ただ足るを知る」

 解釈の仕方は色々あるだろう。もしかしたら、簡素な方丈石庭の精神につながるものもあるかも知れない。誰の言だったろうか、「足るを知るものは富む」という言葉もある。「幸せ」を考える時の、ひとつのキーワードになろうか。でも、対極にある「ハングリー精神」もまた、人を突き動かす源になるのも確かだ。