御室仁和寺 旧:御室駅
(おむろにんなじ)
御室仁和寺…世界文化遺産登録で御室御所とも呼ばれている。宇多天皇(867~931)が仁和寺内に御室(住居)を営み、法務の御所としたので、御室御所と呼ばれ、仁和寺の別名になった(888年頃)。境内の中門内の西側一帯に遅咲きで有名な「御室桜」の桜林がある。
駅舎の屋根が可愛く柔らかさがある。反りが内側にあるように見えるせいだろうか。もしかしたら、寺内の大玄関の屋根を模したのかも知れない。反りが外側にあれば、下の山門(「二王門」)のように実に威風堂々とした姿を演じる要素となるようだ。 そして、その山門は、南禅寺や知恩院の三門と合わせ京都の三大門と並び称されている。
仁和寺については、多くの人が中学校での国語で学習した、吉田兼好の随筆「徒然草」にある『仁和寺のある法 師』の話でも馴染みがあるのではないだろうか。
年をとった仁和寺のあるお坊さんが、永年行こうと思っていた石清水八幡宮に、ある時思い立って歩いて行ったものの、案内人をつけなかったものだから、山上にある肝心の本殿を参拝せず帰ってしまったというお話。
当時、近くの双ヶ丘に兼好は住んでいたからか、「これも仁和寺の法師」ということで、ある宴席で興にのったあまり、鼎(かなえ)という青銅製の容器を頭にかぶって踊り出したものの、頭が抜けなくなって、みんなが慌てふためくという話もある。最後には、力任せに引っ張り、首の周りを怪我したけれど抜けたので、滑稽話で済んでいる。
「道理」を説いた「徒然草」。『なるほどなあ』と思わせる文章も多い。
過日、実は僕も、行こうと思いながら果たせなかった石清水八幡宮を初めて訪ねてみた。今は、随所に標識もあり、何よりケーブルカーが山上近くまで連れて行ってくれる。その便利さを実体験すると、「仁和寺のある法師」の早とちりのしたり顔も、決して侮れないなとの思いが不思議に湧いてきた。仁和寺のお坊さんをめぐるふたつの逸話は、なんとも人間臭くて、時代を超えて共感できる。
(石清水八幡宮本殿)
写真では少し分かりづらいが、参拝道路の正面に本殿が向き合っていなくて、少々向きがずれている。何故なんだろうと思い、宮司さんに問うと、参拝を終えて帰る者がお尻を本殿正面に向けることがないようにの造作であるとのこと。合点。
石清水八幡宮は日本の三大八幡宮の一つで、他に九州の宇佐八幡宮、鎌倉の鶴岡八幡宮がある。
仁和寺の裏山には、江戸時代後期に整備された「御室八十八カ所」がある。いわば「四国八十八カ所」のミニチュア版だ。小豆島にもあったように思う。若いころ、体力づくりを兼ねて幾度かその裏山を駆け巡ったことがある。


