嵐山本線を、帷子ノ辻駅から西に向かってみます。

 

有栖(ありす)川

 

有栖川…駅近くを流れる有栖川の「有栖」とは、荒瀬の意味であり、祓(はら)いを行うところのことであり、この有栖川は、身体についた汚れをあらい清める川ということである。

 駅より南西方向に斎宮神社がある。斎宮とは伊勢神宮に仕える未婚の皇女のことで、天皇即位に際し選ばれた皇女は、まず宮城内の初斎院で潔斎し、その後、川で禊・祓いを行ったと伝えられている。この神社は有栖川禊の旧跡である。

 

    (茅の輪くぐり)

 

 平安の昔、伊勢神宮に奉仕する斎王が、伊勢に向かう前に潔斎した場所としては、嵯峨

野の野宮(ののみや)神社があまりにも有名であり、多くの観客を集めている。斎宮神社は、もう一つの野宮の旧跡だろう。三条通に面しているが、意識しなければ通り過ぎてしまうほどの、ひっそりしたたたずまいだ。でも、一歩中に入ると、異空間。清々(すがすが)しさの中にも、凜(りん)とした空気を感じる。 斎王への僕の感情移入が強すぎて、そう感じてしまうのだろうか。いつしか大好きな神社のひとつになっている。

 

 (寄り道)

 嵯峨野小学校辺を東西に流れる小川があった。水藻が茂るきれいな流れで、それが西高瀬川であることを知った。鴨川の東、木屋町通り沿いに流れる高瀬川。共に角倉了以が開いたことから同じ呼名の川になったのだろうか。 

 南北に流れる有栖川とはどうなってるのだろうと地図を開くと、確かに十字に交差している。で、地図を頼りにその箇所に行ってみた。

 

 

 有栖川の水面より高い位置にある西高瀬川の流れは、有栖川を挟んでコンクリートの壁でせき止められている。不思議さを感じた。どうなっているのだろう。傍らに「有栖川放流樋門機操作盤」があるのを見つけたが、それは単なる有栖川の放水ポンプであろう。たぶん、暗渠を作って人工的に西高瀬川の流れをつないでいるのだと思う。(調べてみると、サイフォンの原理を利用とあった。)

 サイフォンの原理の利用で思い出したことがある。

 

 

  京都と若狭を結ぶ鯖街道、その途中にある宿場町「朽木(くつき)」。戦国の歴史にも登場する地名である。その町中に入ったときに、写真にあるようなレンガ造りの構造物を随所に見かけた。そして、その説明文を見つけた。

 

 

 立樋(たつどい)というらしい。これもまた、サイフォンの原理を利用している。先人の知恵に敬服。サイフォンって、おいしい珈琲を淹れるためのものとばかり思っていました。